12.
「神よりも俺を選んでくれて嬉しいよ」
ペカーっと後光が差すような笑みを向けてきたオーウェンに、満足いくまで幻の三種のチーズケーキを味わった口元を拭う。
美味しかった。絶品だった。
あれを一生味わえないなんて、ほんと無理。
神様ごめんなさい。
オーウェンに屈したけれど、仕方ないと思えるほどだった。
けれど失敗したからと言って、諦める私じゃなくってよ!
私は気を取り直して、しょげていた頭をクイっと上げると、オーウェンを見据えた。
「オーウェン様……あの様な形で申し込みをしてしまった私がいけないのですけれど……私、貴方様に相応しいとは思えませんの」
「気にしなくていい。元王族の婚約者として教育されたアデレイズに難癖をつけられる奴はいないさ」
「破棄された疵者ですわ」
「その疵は俺にとって、なんの問題にもならない。アデレイズの献身は周知の事実だ」
……まぁ、それはそうなんだけど。
ハイデリウス殿下に問題ありとして、再教育目的で離宮へと移られ、殿下の問題行動を幇助し関わっていた者、そしてその一族がスピード捕縛されて罰を受けたと聞くし。
「破棄宣言を受けた時の態度が悪かったでしょう?
面白おかしく言われたり、後ろ指を指されるかもしれませんわ…」
「王妃陛下の覚えもめでたく、殿下の尻拭いに奔走しながらも公務をこなし、王家であろうと悪行をきちんと諌めることが出来ると、高評価だそうだよ?」
「………………それは……どうも…?
いえ、でも恥ずかしながらこんな性格では、殿方は敬遠しますでしょう?」
「むしろ要らぬ虫が寄らないなら好都合。俺はその性格に忌避感はないな」
「こ、攻撃的ですし」
「辺境からすれば可愛いもんだ」
どうしよう、何一つ通用しないんだけれども。
そもそも今まで受けてきた淑女教育を始めとするマナー教育って、不快さを与えず万人から好かれるためのものであって、嫌われるためのものではない。
つまり嫌われ方がわからない。
あっれー?詰んでない?私。
経緯はどうあれ私から申し込んだもので、お父様が承諾してしまって覆しようがない。個人的に嫌われようにも、何一つ効果が見られない上に嫌われ方が分からないなんて。
「わ、私、王都以外はちょっと……辺境の水が合わないかと」
「今や第二の王都と名高い辺境領なのだが……もっと発展させてほしいと言うことか?」
「いえいえいえ、それ以上は」
既に移住者が多くて、陛下も気にされているはず。
あまりやりすぎると、独立を目論んでいるとか変に思われて敵視されかねないからね?!
「違うのか?」と小首を傾げて眉を寄せたオーウェンが考え込みながら口を開く。
「水……。清廉な水を運ばせれば」
「結構ですわ。というかそういう事じゃ」
「俺が辺境伯を継がずに、王都に腰を据えれば」
「ちっっっがーーーう!なんで辺境伯家から後継をなくしちゃうのよー!!空気読みなさいよー!!分かるでしょ?!!オーウェン様に嫁ぎたくないって言ってるのーーーー!!」
あまりの話の通じなさに、思わず立ち上がって本音をぶちまけてしまった。ハッと口を押さえた時には既に遅く、目の前に座る男は、愕然とした面持ちで立ち上がった私を見つめていた。
ど……どうしよう。でもそれは紛れもない本心で。
オロオロしていると、ややあってオーウェンが口を開いた。
「お………………俺に嫁ぎたく…………ない。そ、それじゃ誰に………………まさか他に好きなやつが………………?」
カクカクとした変な動きで、そう言ったオーウェンの言葉尻に乗ろうかと、目を伏せて眉を下げ、申し訳なさそうな顔を作ってモジモジしてみると、息を飲んだ音がした。
私、女優になれる気がするわ。
「……誰、なんだ」
ここへ来てやっと狼狽えた姿を見せたオーウェンに、内心ニヤリとほくそ笑む。
「それは───」
って、誰の名を出せば良いかしら?
仲のいい男性………………?居ないわよね。私。
お父様……は「馬鹿を言うな」と本人から一蹴されてしまいそう。
お兄様……?は、ブラコン気味ではあるけど、それはちょっと。
元婚約者……は信憑性が無いわね。公衆の面前であんなに罵ってしまったのだし。
私が他に知っているのって、王族の皆様とお仕事で関わりがあった数人だけだ。
あ、あの人がいたわっ!財務部秘書官の……
「べ、ベルk」
その瞬間、ガタタっと音を立ててオーウェンは立ち上がった。
「オーウェン様?どうし」
「──……だ。今すぐ。いや、宣言して……」
「え?」
「今すぐ決闘だっっっっっ!!」
はーーーーーーー?!!?!何言っちゃってんのこの人ーー?!!
「ちょっと待って、何でそんな」
「俺の婚約者の想い人と決闘は、不思議な事じゃない」
「いや、不思議だわ。想っただけで決闘とか」
「早速殴りこ……いや、決闘を申し込みに」
「いやちょっ、ちょっっっっ待って待って、待ってってばーー!!」
その場凌ぎで言った言葉でベルクが死ぬかも知れないなんて、予想できるはずもなく。
そのまま部屋を出て行こうとするオーウェンに、咄嗟に抱きついて、必死に止めようとしているのにズルズルと引きずられて若干進みが遅くなっただけで止まりそうにない。
文官ばかりが行き交う中で仕事をしながら過ごしていた私には、武の名門の出であるオーウェンの体力や力強さは想定外すぎた。
血の気の引いた私は、オーウェンのがっしりとした体に真正面から抱きついて踏ん張りながら、涙目で見上げて口を開いた。
「うそぉぉぉ、、、、嘘ですわっっ!
想い人なんていませんわ~!」
その瞬間、ピタリと動きが止まった。あんなに抵抗しても動かなかったのに。全くブレない体幹と筋肉が恨めしい。
「何……?本当か?!」
「本当、本当だから、殺しに行かないでー!」
再発進されても困るから、抱きついたままそう続けていると、背後で「お嬢様っ」と聞き慣れた声が聞こえた。
顔だけそちらに向けると、シェリが扉のドアノブを持ったまま固まっていた。その顔に浮かぶのはまさに「驚愕」で。
「……?」
サッと顔を伏せて体勢を整え、一つ咳払いをしたシェリはスーーーーっと後退して去って行った。
何なのかしら。と思っていると、「アデレイズ」と名を呼ばれてまたそちらを見ると、至近距離にオーウェンの顔があって。
頬を赤く染めて、視線を逸らしたオーウェンに、胸がソワッとしていると、背中に温もりを感じた。
「なんだ……誤解されてしまった様だな」
え……?
私はやっと今の状況に思い至って、声にならない悲鳴を上げた。
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★シェリ視点
「殺し」などと不穏なワードの叫び声が聞こえて、流石に薄ぅーーく開いたままにしていた部屋の扉を開け入ると、お嬢様がオーウェン様の胸に縋り付く様な形でギュギューっと抱きついていました。
私はできる侍女です。
主人の艶事に一瞬動揺したものの、即座に立て直し、空気を壊さない様に物音を立てずに細心の注意を払いながら素早く下がりました。
さて……。では辺境領へ持っていく荷物の算段を頭の中でつけるとしましょう。
隣国の最先端ファッション、各国の情報も集まる辺境領に思いを馳せながら、私は廊下で待機をするのでした。




