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1.

 元々王家側からの婚約打診。


 末っ子王子に、兄王子達の邪魔にならない程度でそこそこの後ろ盾と、潤沢な資金をつけたいが為の婚約だった。


 ゆくゆくは公爵家を興して、王家と王子を支えていってくれ。という無茶な要求も上乗せされた。



 え、待って、それって荷が勝ちすぎていない?



 優秀で紳士的、陛下に一目置かれている第二王子とかならまだしも、末っ子の側妃の子供で?甘えん坊ちゃんと名高い我儘王子様デスヨネ?



 ……勿論、否と言えるはずもなく、中立も中立でそこまで権力もない我が侯爵家は、明らかな貧乏くじを断りたい気持ちを、何とか飲み込んで首を垂れて受けた── のが殿下が9歳で私が6歳の頃だったかしら。





「バーミライト侯爵アデレイズ嬢!貴女との婚約は、この場を以て破棄する!」





 そしてそれから11年。そこそこ長い年月が流れた。


 そうは言っても王命。歩み寄る努力はしたわ。

 月数回の茶会や、デートのお誘いもしてみた。誕生日にはプレゼントをわざわざ届けたりもした。

 だけど奴からはお返しもなし、お誘いも一向に来なかったけれどね。


 降り積もっていく苛立ちに「顔は良いんだし……何とか?」と拳を握っては折り合いをつけて、言い聞かせるように何度「奴は婚約者…奴は王家」と奥歯を噛み締めながら呟いたかしれない。





「私、第三王子ハイデリウスは、真実の愛の相手である、愛しきヘザーとの婚約を宣言する!」





 最初の対面は最悪だったな~。

 拙いながらに私が披露した淑女の礼に、まともに挨拶返しもできないのを棚に上げ、私の顔を指差して「オニババー!」って言ったのだったかしら。


 年下の子供に向かって何言ってんだって話よね。


 立ち合いでいらっしゃった両陛下は青ざめて焦り、私の両親は柔かな笑顔のまま顔色だけ憤怒で赤く染めるという荒技で耐えた。


 私は……6歳だもの、イラッときて指された指をペッチーーーンって叩き落としたわよ。


 それからの関係は推して知るべし。ってやつね。





「おい、聞いているのかアデレイズ!」




 現実逃避していた頭に、苛立ちの募った声がぶつけられて、逃避もここまでかと階段上で踏ん反り返る奴へと意識を向ける。



「はいはい、聞いておりますわよ。破棄ですか?喜んでお受けいたしますわ。諸手続きはそちらで速やかに行ってくださいませね?」

「またそのように虚勢を張って、本当に可愛げのない…。負け惜しみもそこまで来るといっそ哀れだな!」



 王宮、それも多くの文官や騎士が行き交うホールの大階段で、まるで舞台役者の如く見せつけるように横に並んだ小柄な少女─あれが真実の愛のお相手のヘザーなる女性なのだろう─を胸に抱き寄せて、勝ち誇ったように階段の上から嘲笑とともに見下してくる、殿下。


 なぜこんな場所かというと、私が奴の婚約者だから。仕事に明け暮れていた私を捕まえるのに都合が良かったのだろう。



 しかし、いかんせん通行の邪魔である。



 ── いや、そもそも私、殊勝なタイプでも何でもないから。どっちかっていうと、すぐ「ぺチーン」しちゃうくらいだし。


 だからイラッとして、寝不足も相まって言語フィルターが故障中の頭でつい口に出してしまった。



「負け惜しみって何なんですか?私、殿下を慕ってたとか、そんな勘違いされてましたの?ちゃんちゃらおかしいですわ。

 全てにおいて良くて下の中。常に遊び呆け、散財しすぎで個人の私財も殆どない、残るは将来私を娶る事を条件で賜れる一代限りの爵位と顔立ちだけではありませんか!」



 軽くキレた私は、溜め込みすぎた鬱憤が堰を切ったように流れ出して止まらなかった。


 いやーもー、ホント、溜めすぎ良くないという典型的な見本だわ。


 でもこの暴露で、殿下の腕の中のヘザーはドン引きでうっとりと擦り寄せていた顔を上げて離れようとしてるわよ。


 お馬鹿すぎる事知らなかったのかしら?それとも金がないことの方かしら??




「なっ!不敬な!!」




 怒りで真っ赤に顔を染めた殿下が叫んで、私を憎々しげに睨みつけた。



「敬うべきは陛下方!役目を果たされるために日々奮闘なさっている王太子殿下始め王家の方々であり、公務を押し付けて遊びだ浮気だのと、享楽に走るボンクラにではございませんわっ!」



「えっ、じゃぁ今まで誰が…」って声が周りから聞こえてきたので、「よく見ろこの手荷物を!」とキッと睨んで返答しておく。



「ぐぅっっ!貴様っ!!……はっはーん?

 さてはそうやって僕の気を引こうって魂胆か?喚き立ててもお前なんか要らないんだよっ。それに、そんな顔と性格じゃ、お相手なんて一生見つからないだろうしなっ!」



 何をどう思ったのか、別れたくないばかりの暴言と捉えた殿下がそう言った。


 キレていた頭が一層キレた瞬間だった。



「あんたの童顔ペチャパイ好きを、この世の基準と思ってんじゃないわよ!!」



 一瞬の静寂が辺りを包み、皆の視線が殿下の横の女性に集中して頭からススーーっっと下へと下がっていく。


 キレた私はそんな事もお構いなしで怒りで染まった頭のまま、目についた観衆の中の男にズンズンと近寄った。



「貴方、私と婚約してくださるかしら?!」



 ポカーーーーン としていたその男性は、フッと不敵な笑みを浮かべると、私の片方の手の荷物をさっと奪い取り、空いた手に恭しく口付けた。



「喜んで。我が愛しの君」



 寝不足の頭が思わぬカウンター攻撃に一瞬ショートしたけれど、直ぐに起動し直すと殿下にフフンと勝ち誇るような笑みを向けてやったわ。



「ですって。もう次が見つかってしまいましたわ。オホホ…ご機嫌よう、元婚約者様?」




 協力してくれた男のエスコートを受けて、スタスタと階段を登っていく。

 後ろでキャンキャン騒いでいたけれど丸っと無視して進み、元々の目的地であった財務部事務官室へと入る。






「付き合ってくださってありがとうございます。もう良いですわ」



 ここまで来れば、流石の殿下達も追って来ないだろう。本当にあの場で咄嗟に合わせて協力してくれたどこぞの彼には感謝しかない。


 エスコートのために握られていた手をそっと離そうとしたら、逃がさないとばかりにキュッと力を込められて目を丸くしてしまったわ。



「こちらこそありがとう。また挨拶に伺おう」



 再び手の甲に口付けを落とすと、彼の亜麻色の髪がサラリと揺れて、切長の目から美しく煌めく紺碧の瞳が覗く。ポカンとその様を眺めていると、彼がフッと微笑んで目元が優しく緩む。

 私がまだ呆けているうちに、手荷物を事務官室の机にドサリと置いてくれると、一礼をして颯爽と踵を返して去っていった。



 なかなかキザな男だわね~。



 挨拶……挨拶か。もう婚約は破棄らしいから、挨拶に来られても、執務室に私は居ないわよー……?まぁいいか。


 寝不足の頭の片隅で、既に扉の向こうへと消えた背中を見つめたまま、そんな事を思った。



 それはさて置き。


 机に置かれた書類を財務部の官僚に渡していく。予算書、仕様書、提案書などなど。



「今日もすごい量ですねぇ」



 のんびりと感想を口にしたのは、いそいそと近寄ってきた財務部の秘書官である男、ベルクだ。



「これで明日の会議にも間に合うでしょう。他に急ぎはなかったはずだし……」



 ベルクは書類の束をテキパキと仕分けて、近くの文官へと指示を出していきながら、私にも意識を向ける器用な男だ。



「毎回殿下の代わりに申し訳ないです。助かります」

「いぃえ~。ま、それも今日で最後だけれどね」

「へ?」

「さっき婚約破棄されたから、私。やむ無しのお手伝いもこれで最後。みんな、元気でね!」



 スッキリ晴れ晴れとした顔で手を振って、財務部の部屋を後にすると、後ろからバターン ドターンとなんだか騒がしい音が聞こえたけれど、捕まってなるものかと足を早く進めた。





 自邸に帰ると、久しぶりに晩餐の席に顔を出した私に両親が感動していた。


 随分と心配をかけていたらしい。



「大丈夫よ、お父様、お母様。婚約破棄されましたの。もう手伝わされて遅くに帰るとか、徹夜するなんて事ありませんわ」



 ニコーっとくまの濃いやつれ顔で言うと、両親ともに「はっ?!」と言って固まった。



「文官棟のホールで宣言されましたから、目撃者や証言してくれる方は山ほどおりますわ。

 お手数ですけれどお父様、早々に手続きしてくださいます?」



 食後のお茶を嗜みながらそう言うと、両親は「どういうことだ?!」と言って席を立ち上がって詰め寄ってくる。



「真実の愛?なる物を見つけたみたいですわ。お相手は……フェザー?ヘズ……とか言ったかしら。そっちが良いんですって。あぁ、侮辱もされましたわ。私の顔と性格では誰にも相手にされないとか何とか?もう破棄一択で宜しいですわよねぇ?」



 散々止めどなく言い返したことは、横に置いて説明したら、お父様はワナワナと震えてお怒りでした。お母様もですけれど。仲良し夫婦、良いですわ。



「ぁんのクソガキィィィィ」



 なんだか地を這うようなお声で、お父様が何か呟きましたがスルーして、口元をナプキンでチョチョンと拭う。



「流石に連日の超過勤務で寝不足ですので、ゆっくりと休ませていただきますわ。後のことはお願いいたしますわ」



 「あぁ、任せなさい」と悪魔の如く微笑むお父様を横目に、カタンと無作法な音を鳴らしてしまいながら立ち上がると、自室へと戻る。




「シェリ、明日以降は用事はないわ。早くに起こさなくて良いから」

「畏まりました」




 目覚まし侍女機能をOFFにして、寝支度の済んだ私は、シルクのアイマスクをきっちりはめて布団に潜り込むと、夢の国へと旅に出た。




 ぜぇったいに明日まで起きないんだからねっ!






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