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そうそう、これは僕の独り言なんだけどね


 ジョー・マーカスは茶髪、黒目で印象の薄い顔立ちの少年だ。


 彼は雰囲気イケメンで切れ長の黒曜石の瞳は磨き抜かれたかのようにきらめき、その塩顔はよくよくみれば整っている。だが人々の印象に強くは残らない。そんな顔立ちをしている。


 というのも、彼の家は代々諜報ちょうほう部隊として王家にも精通し、軽やかな身のこなしに見て取れるずば抜けた身体能力、相手の注意を逸らす会話術、自在に変化できる演技力と諜報にふさわしい要素を脈々と受け継いでいるのだ。


 そんな家に生まれたジョー・マーカスは、今、幼馴染のルカ・ハニエルに遊びに来たという名目で屋敷に押しかけられている真っ最中だ。


「今日はマーカス伯爵は留守なの?」


 にこりとほほ笑むルカの顔色を見て、ジョーはその表情の先を読み取る。

 前回の人生でもルカの大親友のジョーは、ルカにとって分厚い仮面が通じない数少ない人物だった。


「留守ということになっている。けれど、何か用事でもあるの?」


 今のルカからは金ならいくらでも出すといった類の客と同じ匂いがする。


 とにかく不穏ふおんだ。


 目の前のルカの笑顔は、人を一人消す前の犯罪者と同じ表情をしている。


「ううん、依頼じゃないよ。しいていうなら耳寄りな情報を提供しにきただけかな」


 そういってルカはごそごそとポケットを探り、古ぼけた一枚の折りたたまれた紙を取り出す。


「ああ、この前家を探検していたら、偶然、ああ偶然にもこんなものを見つけてしまってね」


 わざとらしい感嘆とともに手渡される折りたたまれた紙を開いてジョーは目をいた。


「これは……」


 ルカの叔父にあたる、アイン・ハニエルの後ろ暗い犯罪の証拠を示す書類の、しかも一番重要なところだ。この一枚で彼の叔父の人生を左右することができるだろう。身内をためらいなく売る友人の姿に空恐ろしいものがこみあげる。


「マーカス伯爵は探し物があったように思ってたんだけど、違ったかなあ」


 ジョーの父親が今一番探しているものがこれだ。アイン・ハニエルの屋敷中探しても、周到に分けて隠されていて手がかりがつかめないとぼやいている。


「父に渡しておきますね……」


 目の前のルカの笑顔が恐ろしい。


 ついこの前までは年相応にぶっきらぼうだったはずのその顔は今や、老獪ろうかいな狸親父たちの厚い面と同じだ。一体彼の中でどんな変化が起きたらそんな人生の荒波にもまれてり切れた笑顔ができるのだろう。


「そうそう、これは僕の独り言なんだけどね」


 マーカス伯爵に一方的に恩を売りつけておきながらいけしゃあしゃあとルカは笑顔で言った。


 ジョーはわずかに感じる父親の気配に、彼の父親、ジョン・マーカスが先ほどまで行っていた執務の用事をすでに終えており、今日は留守ということになってるため二人の死角からそば耳をたてていることを察した。


 そして、全然これっぽっちも独り言などではないことをルカ自身ももちろんわかっているのだろう。


「マリグレット侯爵家のお嬢さんが最近しつこくてね。僕としてはギルベルト伯爵家のところのレオ・ギルベルトとの方がお似合いだと常々思っているんだ。二人をくっつけるにはどうしたらいいと思う? ああ。婚約したら最高だね。家格も釣り合うし、両家の利益にもなる」


 せきを切るように他人の恋愛を語るルカはまるで自動仲人装置のようだった。


 目の前の友人の奇行にジョーは背筋が震えた。彼のくらよどんだ瞳はとても他人の幸福を祈っているようには見えないのだ。


 彼はこう言っている。マリグレット侯爵家の令嬢とギルベルト伯爵家の令息を無理やり婚約させろと。


 そんなことを第三者の我が家に言いに来るなんて正気の沙汰ではない。


 そして恐ろしいことにうちにはそれができてしまうのだ。


 マリグレット侯爵家と、我がマーカス伯爵家は遠縁で面識もあり、我が家は仲人業も手掛けている。


 しかしそんなこと目の前のルカが知るよしもない。


 そして父親はたぶんやってのけるだろう。


 ジョーは冷やりと背後の父親の気配が消えたのを察する。


 ハニエル家は恐ろしい。代々受け継がれるハニエル家のその狂気は、ひとたび敵に回すと相手の一族郎党断絶させてきたという歴史があるのだ。


 

…………



(……ふう)


 ルカはジョーの私室に通されながら、心の中で安堵あんどした。


 ちょっと面倒だったが、叔父の失脚とレオの婚約は解決したも同然だ。


 ルカは以前の人生で叔父の身辺調査を行ったときにこれでもかというくらい叔父の悪事を暴いたためいまさら胸など痛まなかった。


 レオ・ギルベルトも可愛い婚約者ができておとなしくなってくれたらいいなと思う。


 ルカはジョーの部屋に飾られたカレンダーに流し目を送った。


 彼の長いまつげに縁どられたみどりの瞳は澄んだ湖のような色できらめいた。


 これで馬車が襲撃されることはなくなったが、以前馬車が襲撃された日にはメアリに出会った場所で待っていようと思う。


 今度こそ会えたならば嬉しくてルカはどうかしてしまいそうだった。


 (可愛い可愛い僕のメアリ。早く会いたいよ)


 薄くほほ笑みながらジョーとチェスをたしなむルカは、ひど搦手からめてでジョーのこまの数を次々と減らしていく。


 ジョーはただただ恐怖した。


 この友人には敵わない。絶対に敵にまわしてはいけないのだと。


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