いつかの世界
不定期連載
ズレてるんだ。
俺の正しいはいつもどこかズレていて。
その差は生きてるだけで勝手に広がって行く。
そんな生き方を、俺はしたくない。
「おつかれ!」
流れで入った運動部はいつも俺を蝕んでいる、らしい。
別に特段そんなことはない。
ただ疲れる、楽しいは楽しい。
この街に100人は同じような人間がいるかもしれない。
「あ、おつかれー」
「でもあれだな。この練習じゃ本番までに間に合わない」
かもしれない、けれど。
だからなんだ?
「特訓だぁ!!なぁ!いいと思わないか?!」
そうだな、とひとり嘯いた。
友人、確かにみんな友人。
「なぁ?キャプテンのノリついていけるか?」
「ぶっちゃけキツイ」
さっきまで賛成の口が反対に天秤を傾けた。
だよなぁ、と呟く彼の目はそんなに敵意も悪意もなかった。
それが酷く理解できなかった。
俺は無理解なことが多すぎる。
だからなんだ、という話だけどな。
下校中、CDショップの前で三人組のアイドルがライブを行っていた。
知らないグループの知らない曲。
興味は一ミリも、湧かなかった。
「なぁ!この曲、聞いてみてくれないか?」
「お、おう。いいぞ」
けたたましい剣幕で俺にイヤホンと動画サイトの画面のついたスマホを見せてきた友人におはようという前に先制パンチを喰らった。
その曲は、悪くなかった。
「な?悪くないよな」
「おう、で。これは誰の曲なんだ?」
なんとなく声は聞き覚えがあるものの想像がつかない。
「最近売り出し中のアイドル!」
「アイドルとな」
いままで全くと言っていい程触れてこなかったジャンルである。
「アイドルはー、あんまり詳しくないなぁ」
「だとおもってパンフ持ってきたんだよ!」
そういって彼は見開き一枚の映画館で貰うようなパンフレットを渡してきた。
【スターウィッシュ】
それが彼女らの名前、そして昨日見かけたアイドルの子達だった。
「俺この人たちCDショップのライブで見かけたぞ」
「うらやまし!ゲリラライブだから間に合わなかったんだよなぁ」
「そいつはまた、残念だったな」
「まったくだよ!」
けれど、俺の少しいい日々はそこから始まった。
登校中のバスで曲を聴き、なんとなくグッズを買ってみたりした。
日々の戯れだけど、そんな小さなことが俺には必要だった。
相変わらず練習は吐くほど大変である。
「よし!まだいけそうだな!」
はは。
「……なぁ?キャプテンの横暴、お前が止めないで誰が止めんだよ」
部員の一人が俺に聞いてきた。
出来たらやってる、けど、もうどーでもいい。
アイドルというものに触れてみて、案外自分の内向性に気づいた。
己を見つめ直すこと、それは案外性にあっていた。
俺は、無力なのだった。
これが、俺の評価だ。
けど、悪いとは思わない。
力が必要だと思ったことはないから。
だから、彼にはこう返す。
切り返す。
「あー、まぁ、しかたねーよ」
少しはにかんで、また練習へ戻った。
諦めることが得意になってからの日々はさらに気楽だった。
独りでいる間は。
自分は、恋という行為をする存在であったんだと気づいたきっかけはなんだっただろうか、忘れた。思い出そうとは思わない、無理だろうから。
何にも執着しきれない甘い男は、恋で終わった。
ズレている。
届かない、手は。
対岸に望みがあって、届かない。
けど、だからなんだというんだ。
それを諦めることが特技だろ?
ポップなアイドルソングとは裏腹に、腹黒な心は熱暴走と鎮静を繰り返した。
そのうち、いわゆる【推し】の子が活動を休止した。
「なあ、美空さん。しばらく活動休止だっけ?」
「ああ、あー!残念だ」
「心配だよなぁ」
「ほんんとにな」
実際かなり心配である。
嘘とまではいわないか。
「早く良くなるといいな」
彼の予想は病気による休養らしい。
しかし、美空さんは最近ソロでの出演があったり、振り付けの担当をする勉強を始めたりと、忙しくしているのを知っていた。
心労、過労。
それはつまり、我々ファンが追いやったということにはならないだろうか?
そう思ってしまったからにはもう止まらない。
柱を失うこと、変化すること。
いつしか俺が一番恐れていたことだ。
山岸美空、俺の推し。
凛とした表情にどこか香る女らしさ。
常に誰かをたて、穏やか。
不変、それが彼女の在り方であった。
それは、活動再開ライブで、一変する。
推しの大事なライブと知っていた俺は珍しく会場に足を運んでいた。
「人、すげぇな」
人気が増してきた今日この頃。
それは俺にはとても嬉しいことだった。
けれど、復帰ライブというのには一抹の不安が残っている。
なんとなく落ち着かない俺は、一口。水を含んだ。
出てきた美空さんはショートパンツに茶色のショートカット。あの黒髪ストレートの穏やかな雰囲気は霧散していた。
「ブッ!」
水を噴き出さなかった事を褒めて欲しい。
「な、なんだ?」
「どうゆうことだ?」
「イメチェン?それにしたって」
「なんだこれ、帰ろうかな」
周りから聞こえる声はまちまちだが、なにとはなしになんとなく、否定的な声が目立った。
「仕方ない、か」
諦める。
結局人は変化を嫌うのだ。
その声が、始まるまで。
「みなさん、今日は僕の復帰ライブにお越し頂きありがとうございます!」
僕!?
「今日はみなさんにお話しすることがあります。僕は、実は男なんです」
何を言っているのだろうか、いやどうみたって女性だ、間違いない。
そんなファンの動揺をよそに美空さんは話を続けた。
「性同一性障害って言った方がいいかな、それでも僕はずっと女の子でいなければ、と思っていいこともちょっと悪いことも色々してきました。けれど、それも今日で終わり。私は、僕は今日から自分らしく生きていくことにしました。」
明るく、不穏な話に当惑しつつ話しは続く。けれど、この先はあれだろう。
「引退、かな」
俺はなんとなく悟ってしまった。
「アイドルは、辞めないけどね?」
ごくり、唾を飲む。
足ががたついた、この先がなにもわからない。
「僕はアイドルを始める時、アイドルにでもなれば女の子の気持ちが解ると思って始めました。でも、なぜだか女性ファンもの方も嬉しいことにとっても増えていくなかで」
「僕は、男であることを実感しました。」
それはどんな苦労だっただろうか、推しであるということを引いても涙が止まらなかった。
「それなら辞めればいいのに」
「なんだよそれ」
「もう山岸美空は居ないんだな」
うるさい、うるさい!
しかし、あまりにも無力な俺はなにも出来なかった。
「だから、なんですか?僕は僕です。それは変わらない。だから僕はやりたいことをやることにしました。」
「ついて来てなんて言わないわ、ただそこで見てなさい?」
俺はその日、人の輝きを知った。
美空さんはそのあと、珍しいアイドルとして話題になりニュースや番組にも引っ張りだこであった。
世間の意見とやらは賛美一辺倒であったり罵詈雑言であったり。
それでも、美空さんは折れなかった。
ある日のインタビュー、この美空さんの言葉を俺は忘れないだろう。
「アイドルという人目を引く仕事を例の発表をしてからも続けているわけですが、それについてはどう思っていますか?」
「そうですね、僕は僕です。何度か言ったのですが、性別や心の持ちようでは山岸美空というアイドルは変わりません」
「し、しかし世の中では人気取りに嘘をつくななど言われることもあると思うのですが」
「嘘をつく必要があるんですか?」
「世間のなかでは風当たりが強いこともあると思います、このままアイドルを続けていくことは本当に可能なのでしょうか?」
怒りを感じた。こんなのまるで、世間はお前が嫌いだ早く辞めろと言っている様なものではないか。
けれど、彼は諦めなかった。
「むり、出来ない、やめた。それは本当はこう言うべきなんです。無理だった!出来なかった!やめるしかなーい!」
「へ?」
「やる前から、知る前から諦めることはきっと、未来を捨てることだと思うんです」
「……」
「未来をみれる人なんてそんなにいないから、僕は真っ暗な所にがむしゃらで走っていく、それが、それだけが僕、山岸美空に出来ることだから。それに?男らしい生き方かなって?」
「なるほど、なるほど……ありがとうございました。」
殴られた、一撃だ。こんなの勝てない。
諦めるという選択肢は、山岸美空の中にはない。こんな、かっこいい男に、憧れないわけにはいかなかった。
「な、なぁ。キャプテンのことどうにかしてくれない?」
何時も通り友だちが愚痴を吐く。
それに何時も通り返す。
「まあ、しゃーないかなって」
でも、心の中でこう呟く。
やってみて、できるかもしれないならやらないとな!っ
三人組のアイドルのお話。