覚悟
同じような日が一週間程続いた。
ノエルは変わらず俺に対して友好的で、いつも明るく笑っている。
意地悪な事を言って、それに対してノエルがちょっと怒ったように言い返してきて。
なんとか引き離そうとするが、あいつはそれに気づいているのかいないのかタイミング悪く話題を変えたり、何かが起きたりと逃してしまう。
この状況が続くのはまずい。
今日こそはなんとしても……と思っていた俺の所に1つの手紙が届いた。
内容を確認し、準備を始めた。この時間ならギリギリあいつと会わずに村に行くことができるかもしれない。
そうやってすれ違いの日々が続けば、関係を断ち切れることだってできるはず。
そう考え外に出た時だった──
「わっ、びっくりした」
「……な、お前……いつもより早くねぇか」
なんでこいつがいるんだ。
今まさにすれ違いを願ったばかりなのに、またこのタイミングの悪さだ。
「なんか今日は早く来ちゃって。
それよりも……私を置いてどこに行くつもり?あなたのことだから私を迎えに行こうとした訳じゃなさそうだし」
「……仕事だ。
邪魔だからお前は──」
「私にも詳しく聞かせて」
「あのなぁ、今からする仕事は普段の見回りとは違うんだ。
俺の『本来』の仕事なんだよ。これ以上は危険だから終わりな。
ちゃんと金ははら──」
「人を怒らせたいの?
お金なんて今はどうでもいい。危険ならアオトが私を守ってよ」
「怒らせたいの、じゃねーよ。
いいか、お前より俺の方が立場が上なんだぞ」
「その言い方はずるい。けど……!」
「あぁ〜、ちゃんと言わねぇと分かんねぇのか!?
危ねーし足でまといになるって言ってんだよ。だからとっとと消えろ」
「………」
ノエルはむっとした顔をし、俺の事を睨みつける。
「……そんな顔で見たって無駄だぞ」
「…………」
「はぁ……じゃあなっ」
俺はノエルから離れ、走り去ろうとした。
が、ローブを掴み決して離れようとしないノエル。
「や、やめろって……!」
ノエルを引きずりながら、ゆっくりとだが歩いていく。
「やっぱりあなた、私のこと避けてるでしょ!」
「気づいてたんだな……だからいつもタイミング悪く……」
「タイミング悪く……?何のこと?」
「とぼけなくていいから……さっさと離れろって……!」
「嫌よ!私絶対諦めないから。
この仕事も……アオトのことも」
足を止め、足元に縋りつくノエルを見る。
「俺に執着して何の意味がある?」
「前にも言ったよね。この村が好きって。この村を守ってくれてる人がどんな人か知りたかったって。
……私、何も取り柄がないの。勉強とか運動は人並みに出来る程度。
みんな得意なものとか好きなもの……夢中になれるものってあるでしょ?
……そういうの私には無いの」
「………それが今の話に関係あるのか?」
「私が思いつく好きなものはやっぱり村なの。みんな優しくて、いい人たちばかり。
そして半年間アオトが仕事している姿を見てね、思ったんだ。私も……アオトがしてる仕事したいなって。
多分私、あなたに憧れてるんだと思う。どうしようもないくらい。
最初はちょっと憧れるぐらいだったのに、一度芽生えた気持ちが消えるどころかどんどん大きくなっていって」
ノエルの純粋な気持ちを前に聞いてしまったから、今言ってることも嘘じゃないって改めて確信できる。
一度芽生えた気持ちがどんどん大きくなることだって……俺も似たような気持ちを抱いた事があるから……理解ってしまう。
あぁ……ダメだ、感情移入し始めてる。恐れていたことが……今。
ノエルの仕事に対する気持ちや……俺に対する気持ちを知ってしまった以上、見知らぬ振りをした所で余計に仕事に集中できなくなる。
そうなっては人間と一緒にいた事が上にバレるのも時間の問題。
俺は…………俺は………………………………………………。
「………ノエル、本気で言ってるんだよな?」
「……え?それはもちろ──」
「お前がこれ以上踏み込むというのなら言っておく。
それ相応の覚悟はしとけよ」
* * *
急に彼の雰囲気が変わった。周りの空気もピリッとして、風の音さえ無くなった。
いつになく真剣で、私はとんでもない仕事に興味を抱いてしまったんだなって。
だとしても、この気持ちは止められない。
「それ、相応の覚悟って……?」
「お前がやりたいのは村を守る仕事だろ?
だが、俺の……俺たちの仕事は村を護ることだけが仕事じゃない。
今からやろうとしてる仕事こそが本来の仕事だ。村を護るのも一応俺たちの仕事だが、それをメインに活動している訳じゃない」
「でも毎日見回りしてたじゃない。時間帯はバラバラだったけど」
「……言ったろ、村を護ることも仕事だって。
でも、他の目的があって見回りしてたこともあった」
「他の目的……?」
「……いいか、ノエルが踏み込もうとしているのは人間と亜人の関係だ。
学校で習ったり、親に教えてもらったりしなかったのか?」
「……学校では何となく教えてもらっただけで詳しくは知らない。
親に聞いたこともあるけど、知らなくていいって。
だから私が知ってることは本当に少ないの。人間と亜人の関係が悪いってだけで、それ以上は知らない。
きっと、私ぐらいの年齢やそれより下の子たちも知らないと思う」
「……だったら尚更覚悟がいる。人間と亜人に関することをほぼ知らないって聞かされてたが、まさかこれほどだったとはな。
人間と亜人の関係を知った後じゃ遅い。今、ここでノエルが決めろ。
踏み込み過ぎれば、もしかしたら村に居られなくなる可能性だってある。
……この世界に関わることに踏み入れる覚悟はあるのか?」
「世界に関わること……?ちょっと何言って──」
「大袈裟に聞こえるだろうが全然大袈裟じゃないぞ。
お前が知らないだけで、人間と亜人の歴史なんてみんな知ってて当然。ここは田舎の島で、亜人より人間が圧倒的に多い国。大昔、無知無能と言われていた国だ。
だから知らなくても仕方ねぇかもしれねーな」
「わ、私は……」
「……それ相応の覚悟が本当にあるのなら、今度こそ正式にパートナーだと認めてやってもいい」
「……………」
踏み込みすぎると、村に居られなくなるかもしれない。
この世界に大きく関わること……人間と亜人の関係はそれ程までに悪いっていうこと?
私が惹かれたのは村を守る仕事。
……だけど、彼の仕事はそれだけじゃない。主に人間と亜人に関わるような仕事。
人間と亜人に何があったか知ることができれば、話を聞いてどうするか判断できたけど、それすら許されない。
今、私がどうしたいか決めなければならない。この決断で私の未来が決まる。
知りたくないことを知ってしまうかもしれない。知ろうとすればよかったと嘆くかもしれない。
どちらを選んだって後悔する可能性があるんだ。
だったら私は………………!
* * *
しばらくノエルは黙った後、顔を上げた。
「……覚悟は決まったわ」
「色々知ってしまえば、知らなかったことには出来ないぞ」
「分かってる。その上で言ってるの」
彼女の目は今までに無い程真剣で、鋭いものだった。
この目は、本当に覚悟が決まった奴にしかできないもの。
どれだけのリスクを背負うか理解した上での決断。
「………」
俺はしゃがみ込み、手を差し伸べた。
「……よろしくな」
「──!う、うん」
ノエルは驚いた後笑顔になり、俺の手を握った。




