勿忘草は想い続ける
はっとして目が覚めた。
時刻は午前6時半。
私は家を飛び出してアオトの元まで走った。
寝巻きのままだとか、息が苦しいだとかそんなことは構いなく。ただひたすらに彼の元へ走った。
こうしている間にも、アオトがどこか遠くに行ってしまいそうで───
「アオト……!!」
小屋の扉を乱暴に開けた。
チラッと私の方を見たアオトはすぐに目を逸らし、忘れ物が無いかを確認しているようだった。
部屋はすっかり物が減り、本当に出ていってしまうのだという現実が襲ってくる。
「…………アオト……私も連れて行って」
「…………しつこいぞ」
「わ、分かってる……迷惑だってことも、足でまといだってことも………。
それとも……何か連れていけない事情でも、あるの?」
「………………」
「……ねぇ、どうしても離れたくないの。
だって──」
「もしも本当に行く気なら、荷物ぐらい持ってきてもおかしくねぇんじゃねぇの?」
「そ、それは………さっき起きて…………もちろん準備はしてたけど、それよりも早くここに来なきゃアオトが……アオトがどこかに行っちゃいそう、だったから……」
「………そうかよ」
後ろから足音が近づき、数人の影が現れた。
恐る恐る振り向くと、1週間前にここに来た副リーダーの人と知らない人が2人程立っていた。
「アオト君、時間だ」
「……じゃあな」
「──待って……!」
私はアオトに抱きつき、引き止めようとした。
出会った頃、アオトに仕事を手伝わせてと必死に引き止めようとしたのと同じように。
「やだ……やだよ!
わ、私も………私も連れて行ってよ!!」
もしこの手を離してしまえば、きっと………きっと後悔する。
ずっと……もう、会えなくなってしまうような。
それだけは───絶対に──────
「アオト………!!」
涙が視界全体を歪ませて、前が全然見えなかった。
私は引き止めるのに必死で、縋り付くように泣き叫んだ。
「私を……」
それでもアオトは歩みを止めようとしない。
「私………を……」
私の事を、どうか──
「置いていかないで」
「───っ」
アオトの動きが一瞬止まった。
けれど、すぐにまた歩みを進める。
その一瞬見えた横顔はとても辛そうな表情のように思えて──
「あっ………」
マントを握りしめていた手が離れてしまった。
正確にはアオトがマントを外したのだ。
私はバランスを崩し、マントを握りしめたままその場に崩れ落ちた。
「や、やだ………やだ………!………こ、こんなの……こんなのって………………」
最後に私が見た彼の姿は、ローブを羽織り振り返りもせず小屋を出ていくものだった。
* * *
「うわぁぁぁぁ…………あぁ…………ぁぁぁ─────」
小屋から聞こえてくるのは、ノエルの悲痛な泣き叫ぶ声だった。
「……………」
誰一人として話すことなく、集合場所へと歩いていく。
もう二度と、彼女と会うことは無い。
まさか、本当に。嫌な予感が当たってしまうなんて。
「……………っ」
唇をギュッと噛み、拳を握りしめる。
ノエルとの思い出が、頭をよぎっていた。
最初会った時のこと、一緒に仕事をしたこと……学校に侵入して、洞窟に行って、儀式もして、弱気になった時にはノエルが俺のことを受け止めてくれ───
……あれ?
俯いて歩いていた目から、雫がこぼれ落ちた。
なんだよ、これ……。
それは一度こぼれたら止まらなくて。
………ずっと、ずっと、堪えていたものなのに………………!
「…………っ………………」
フードを深く被り、声を押し殺した。
こんなの誰にも見られたくなかった。
気づかれていたとしても、決して。
そうして俺は、一年中曇り空が広がり続ける島を発った。




