二人の秘密
着替えを済ませ髪も乾かし終わり扉を開けると、俺は一瞬頭が真っ白になった。
何故ならば、目の前に少女が立っていたからだ。
身長は俺よりほんの少し低く、まだ幼さが残る可愛らしい顔。桃色の長い髪に真紅の瞳。エプロン付きのワンピースを着ている。
間違いなく俺を引き止めたあの少女だった。油断していたせいか、入ってきたことにさえ気づかなかった。
鞘に収めたままの刀を手に取ると、床を蹴り少女の首元にそれを突きつけた。
* * *
驚いて動けない私は彼のことをまじまじと見ていた。
花紺青色の髪は長く、頭の後ろで結び三つ編みにしている。
目付きが悪いけど、澄んだ紫色の瞳。顔も整っていて『美しい』という言葉以外表しようもない。
服装はシンプルなもので、多分部屋着なのだろう。
そして、私には無い獣のふさふさした耳と尻尾があった。
「お前、どうやって入った」
「ど、どうやってって鍵かかってたからちょっとした道具を使って開けた……けど」
「俺の後をつけて来たのか?」
「つけたら絶対バレると思ったから、あなたが向かった方を確認だけして、姿が見えなくなってから来たの」
「自分が何やったのか、分かってるのか?」
「勝手に入ったことはその……ごめんなさい」
私よりもほんの少し背の高い彼。
さっきからそんなことばかり考えてしまう。
「俺が何か、見れば分かるよな?」
「な、何って……」
不意に扉を開けて外に出ようとした時、鍵を閉められてしまった。
「さ、さっきから思ってたけど……か、顔近い」
「へ?」
私から離れ、刀を置くと別の物を持って私の元に近づいてくる。
彼の頬はほんのり赤く、多分誤魔化す意味もあっての行動なのかなとじっと見ていた。
腕を引っ張られ椅子に座らせられる。
「え、ちょ、ちょっと待って……え?」
彼は私を椅子ごと縄で縛り、私の向かい側に乱暴に座った。
「んで、さっきの質問の答えは?」
「え、えーっと……あなたが何者かってこと?
……………?」
「本気で言ってるのか?亜人だよ、亜人」
「あぁ、そういうことね。
……だからってここまでしなくても」
「はぁ……人ん家勝手に入っといてよく言うよな」
体が動かせないぐらいに縛られているけど、不思議と痛くはない。
やっぱりこの人──
* * *
さっきからこの女の反応が気に食わなかった。
返す言葉一つ一つに腹が立つ。
「俺は仕事でお前たちの村を護ってる。それも亜人であることが知られずにという条件付きでだ」
「私、誰にも言わないよ。嘘じゃない」
「仮にお前が──」
「お前じゃなくて、ノエル。私の名前。
お話するのにお互い名前が知らないままってのもおかしいじゃない」
「ほんとムカつくから余計なこと喋んな。
それにしたところで意味ねぇし」
「それってどういう……」
「後から話す。
で──」
「あなたの名前は?」
「だから、話したところで」
「名前は?」
「あぁ〜もう分かったよ!アオト。これが俺の名前だ。いい加減話を戻すぞ。
仮にお前が……ノエルが誰に言わずとも、亜人であることを『知られた』時点で終わりってことだ」
「私……1人だけにでも知られたから?誰にも言わないとか関係なく……?」
「そういうことだ。
だから俺はこの事を報告して、他の誰かに変わってもらうつもりだ」
「ま、待ってよ。村の人はみんな、あなたに感謝してるんだよ?私だって。
それに、私は女の子を助けてくれたお礼がしたくてここに──」
「女の子を助けたのも仕事だ。仕事じゃなかったらあんなの……」
「嘘よ」
他の人に変わるという話をしてからこいつの雰囲気、周りの空気が変わった。
「あなたの目を見れば分かるわ。そんなことを思う人じゃないって。
私ちゃんと見てたのよ。女の子を見た瞬間、考えるよりも先に動いてたじゃない」
「──っ」
何も言い返せない自分にも腹が立った。
彼女の目は鋭く、俺の心を見透かすようにじっと見てくる。
「……名乗っても意味無いって、他の誰かに変わるからってことなのね」
「ついでに言うと、来るとしてもそいつは亜人ではなく人間だ。この村を守れるぐらいの強さはあるから安心して──」
「私が言いたいのはそういうことじゃない。
あなたこそ腹が立つわ。なんで分からないのよ?」
「なら何が言いたいんだよ!」
「この村には『アオト』、あなたが必要なの!あなたじゃなきゃダメなの。
あなただからみんな感謝してるの。分かる?」
「………っ、んなの誰でもいいだろ。
俺がここの担当じゃなくて、別のやつが担当でも同じこと言ってたくせに」
「いいえ、言わないわ。あなた以外なんてありえない。
そんなもしもの話、してないし。
アオトって意外と素直じゃないのね。そういうとこ可愛くない」
てっきり口篭るかと思っていたが、ここまで断言されるとどこからその自信が湧いてくるのかが不思議で仕方ない。
「は?別にお前に可愛いなんて思われたくねーっての」
そう言って顔を逸らした。
この女と話していると調子が狂う。
「一番辛いのは……私が原因ってことよ。
私が感謝の気持ちの品を渡したくても、あなたは絶対受け取らないでしょ?
そう思って勝手に開けたの。ほんのイタズラの気持ちもあったけど……まさかこんなことになるなんて」
俺はあえて、意地悪な言い方で返した。
「つまりは、自分が原因で他人の仕事を奪ったことが辛いと」
「──っ!」
次の瞬間、どうやってか彼女は縄を解き俺の方へずかずかと歩いてきた。
予想外すぎる行動に、思わず立ち上がり逃げようとするも彼女に両手を握られ、バランスを崩し椅子に座ってしまう。
なんと彼女は俺の上に乗ってきたのだ。
「わざとそんな言い方したでしょ。……分かったわ。あなたがその気なら私もよ。
この責任はちゃんと取る。取りたいの。あなたがいなくなれば村のみんなが悲しむわ。もちろん私もよ。
無愛想で怪しいけど、優しくて頼りになるってみんな言ってるんだから」
褒められているようで、一部貶すような言葉があったように思うのだがそれを突っ込む暇などなく彼女の顔が近づいてくる。
「──だから、私をあなたの元で働かせて。アオトの手伝いをさせてほしいの。
それに、本当に村の人に言わないかの監視にもなるでしょ?」
「……そんなの認められる訳が」
「なら、このまま動かない。あなたが良いって言うまで」
「本気で言ってるのか?
お前を動かすことなんて亜人の俺なら──」
「無理よ。あなたは私を傷つけられない。
そういう人でしょ」
俺は彼女から目を逸らすが、彼女は俺のことをじっと見つめていた。一度も逸らすことなく真っ直ぐに。
握った両手を離す様子もない。
しばしの沈黙が続き、俺は彼女の……ノエルの目を見つめて口を開いた。
「……分かったよ、認めればいいんだろ」
「うん!そういうと思ってた」
ノエルは笑顔で言うと手を離し、扉へと歩いていく。
「籠の中にたくさんフルーツとか入ってるから、食べてね」
籠を机の上に置き、明日のことを手短に伝えるとノエルは嬉しそうに帰っていった。
「はぁ……本当に面倒なことになっちまったな」




