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TS少女ノアは王女様に仕えたい  作者: 音里雨衣
7/25

ノアとルナ 6

 私がルナ様のメイドに着任してから、七日になる。


 屋敷を大掃除した以降、モヤモヤも悪魔も一切現れなくなった。全部排除できた、と言っていいのかもしれない。


 私はルナ様の手となり足となるため、基本的な業務以外は、可能な限りずっとお側にいた。


 ルナ様は……一日を経るごとに、身体の具合を悪くしている。


 今では歩くだけでも私の補助が必要で、ほとんどの時間をベッドの上で過ごしている。


 食事も残すことが多く、無理して食べれば、戻してしまう。みるみるうちに痩せていった。目の隈も初日よりも大きくなっていて、素人目からみても……危険な状態だ。

 

 ルナ様の命の光が、少しずつ陰っていくようで……焦燥感が募る。


 体調不良の原因を質問してみても、無言で、回答は得られない。焦りのあまり、食い下がってしつこく訊いたこともあったけれど……やはり、ルナ様は無言を貫いた。


 せめて、お医者さんに看てもらおうと提案したが、首を振り続けた。一回だけ、強引に連れだそうと試みたけど、なにもするなと、強く命令を受けた。


 私では、ルナ様の側にいることしかできない。何も、力になれない。


 辛い修行を乗り越えて、力をつけたはずなのに……結局、無力ではないか。


 ルナ様の状態で考えられるのは、何らかの病気だ。病気だと、私では、手の施しようがない。医学には明るくなく、ごく簡単な薬……外傷の塗り薬くらいしか作ることができない。内服薬など何の知識もない。医者に、頼るしか術がない。


 一番考えたくないのは……呪いだろうか? 呪いは肌に刻印と呼ばれるものが浮き出て、呪いの状態が進行すると身体全体に拡がっていく。素肌を見ればがすぐに分かるが、ルナ様の肌を許可なく見るのは気が引ける。お風呂の手伝いも断られているし、常に肌を全て覆い隠すパジャマを着ている。確認などできない。


 ……呪い。


 ふと考えてしまったが、呪いは、ない、はずだ。師匠から少し聞いたことがあり、呪いは確実に発動するということもなく、失敗すれば呪いをかけようとした人が呪われる。デメリットの方が多く、割に合わない。呪殺を達成するのにも何年もかかるし、それこそ、暗殺でもした方が手っ取り早い。


 あり得ない。呪いは、あり得ない。


 そもそも、知られている成功例も、そこまで多くない……。


 でも……。確認は、一応、念のため、しておいた方が良いかもしれない。


 そんなはず、ない。


 内心で、浮かんだ最悪の事態をすぐに打ち消した。


 呪いは、絶対に、ない。


 ない、はずだ……。


 何度も何度も自分に言い聞かせる。


 ベッドで身体を起こしているルナ様を見た。


 ルナ様は、ぼうっとしていることが増えた。心を、ここではない、別の所に、飛ばしているような……。


「ルナ様……」


「……。……。……なあに?」


 虚ろな目で私を見上げた。人の熱を感じない無表情。それは病的に人形で、触れてしまえば壊れてしまいそうな程に儚い。


「ルナ様。……素肌を、少しだけ、見せてもらっても、良いでしょうか? お腹で、いいんです」


「……どうして?」


「その、私の考えすぎ、かもしれないのですが……確認したいことが……」


「……………………そっか。あなたなら、それを知ってるし、気づくよね。わたし、不自然な行動、多かったし……」


 身体が浮わついた。自身の視点が一つ高くなり、俯瞰で部屋を見ているような感覚。もう、その先は、聞きたくなかった。

 

「わたし……」


 ルナ様の暗い瞳に、理性の灯火がほんの少しきらめいて、ゆらゆらと揺れ動く。人形は崩れ、本来のルナ様が、顔を出す。


「わたし……は……っ」


 ルナ様に罪はないはずなのに、それは、罪を告白するような、弱々しく、苦しい声で……。


「わたしはね……呪われているの。もう、刻印が、身体全体に、ひろがっているの……」


「ああ……」


 天と地がひっくり返ったように、視界がぐるぐると目が回り、吐き気を催した。気が遠くなった。


 刻印が身体全体を蝕むのは……。


 呪いの、最終段階。


 呪いの、成就目前。


 そこまで進行してしまうと……もう……。


 それだけはあって欲しくないと、きっと無意識に、目を背けていた。


 観測しなければ、確定しない事実。


 だから、ずっと、直視しなかった。


 無駄な思考をめぐらせてきた。


 遠回りしてきた。


 サインは、たくさんあったのに。


 そんなはずないって、知らないふりをして……。


 約束された死から……目を背けた。


「だからね……見せたく、ないの」


「ごめん、ね」

 

「もうね……手遅れ、なんだって」


「どうしようも、ないんだって」


「……し、死ぬ、のを……待つ、だけ、なんだって……」


 私は、泣いていた。奥歯を強く噛み締めて嗚咽を堪えるのが精一杯で、口を開くことができない。ルナ様の顔も直視できなくて、俯いた。


 ルナ様はゆっくりと、まるで、残りのいのちを振り絞るように、言葉を紡ぐ。


「ねぇ、ノアさん……きいて?」


「あの、ね……? わたしね? 一面の、花畑を、みたかったの」


「それで、ね? そこで、走り回って……味のする、ご飯を、食べて」


「……きっと、お花の、甘い匂いが、いっぱい、するんだろうなぁ……」


「あと、ね……ヒマワリが、見たかったの」


「この国には、ないから……」


「太陽みたいな……」


「ねぇ……ノア、さん……」


「はい」


「わたしね」


「はい」


「恋を、してみたかったの」


「……」


「初恋も、まだで……」


「ぽかぽか、どきどき、するんだって……」


「そわそわ、するんだって……」


「すきなひとの、ことを、おもうと……」


「ねむれなく、なるんだって」


「すてきな、ものなんだって」


「じんせいの、たからものなんだって」


「ねぇ……ノアさん……」


「……ッ……はい」


「もっと、走りたかったなぁ、って……」


「もっと、笑いたかったなぁ、って……」


「もっと、もっと……」


「もっと……」


「生きて、いたかった、なぁ、って……」


「こんな、欲張りな、王女、だけど……」


「ノアさんが、わたしの、ことを、覚えていて、くれたら……」


「わたしは、産まれた意味が、あるって……」


「そう、思えるから……」


「ねぇ……ノアさん」


「最期に、わたしに、仕えて、くれて」


「ほんとうに、ありがとう、ね?」


「こんな……役を、押し付けて、しまって」


「ごめん、なさい……」


「こんな、こんな、つもりじゃ、なかったのに……」


「わたし、わたしが、よわくて……よわくてっ……!」


「ルナ、さま……」


 ルナ様は嗚咽を堪えて……でも、耐えきれなくなったように、か細い声で……泣いた。


 大粒の涙が頬を伝い、ポロポロと落ちていく。


 私は、それを拭うこともできずに、震えていた。それが悲しみからくるものなのか、怒りからくるものなのか、絶望からくるものなのか、わからない。全てが混じっている気もするし、全然違うかもしれない。バラバラだ。心が引き裂かれたように自己の焦点を定めることができない。私は私なのか? 全く別の存在に成り果てているのか?


 夢想する。私とルナ様が、ひまわりの咲く花畑で、笑顔で手を繋いで、他愛もない話題で盛り上がっている光景を。


 羨望する。私はとルナ様が、一緒に歩き、一緒に走り、一緒に泣き、一緒に笑い、一緒に、生きることを。


 絶望する。どうして、もっと早くルナ様のメイドになれなかったのか。呪いが進行する前に着任できていれば、打つ手はあったのに。


 ……私は、私は……。


 こんな……結末……。


 ………………。


 …………。

 

 ……。






 あきらめたく、ない。


 本当に、私は最大の努力をしたのか?


 本当に、打つ手はないのか?


 ……己の命を賭す覚悟は、持っているのか?


 魂を、燃やせ。


 私の、初めて好きになったひとを救うために。


 命を燃やせ!


 こんな結末は、私は、絶対に認めない!


 私は、私の全てをかけて。

 

 運命を、変えてみせる。


 常識から逸脱して、


 結末をねじ曲げて、


 完全な形で、


 このひとを救ってみせる。


 そのために。今。私は。


 ここにいるんだ。

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