ノアとルナ 4
黒モヤモヤを右ストレートで散らしたあとは何の妨害もなく進めた。無事にルナ様の寝室まで到着、トレーを片手にルナ様の寝室にノックした。
ノック音がうるさくならないように、だけどルナ様が気づかない程小さくならないようにする力加減が結構難しい。
……これは私の気にしすぎかもしれない。けれど、使用人は主人の好みに合わせて日常生活の細々とした事柄、ノックもそうだし、朝起きた時に最初に飲むものなど、を調整していくイメージを勝手に持っている。
しばらくしてから扉が開き、ルナ様が寝室から顔を出した。服装は既にフリルがたくさん咲いている淡いパステルカラーのパジャマに変わっていた。勿論、可愛い。可憐さのあまり、尊さのあまり、一瞬、気を失っていた。
「ルナ様、お食事の準備ができました」
ルナ様は目を白黒して、不思議な生物を見るかのように私の全身を見渡した。もしかしてさっきのゴタゴタでメイド服が乱れてる……?
「えっと……あなた、吐き気とか、頭痛とか、ない?」
「? はい、何一つとして体調は問題ありません。私はいつでも、いつだって元気です!」
満面の笑みでにっこりする。トレーを持っていなかったら力こぶを盛り上げるポーズをとっていたかもしれない。
「えっと、何か……起きなかった? 急に物が落ちたり、何もない所で転んだり、とか」
「何にもありませんでしたよ?」
「……?」
ルナ様は頭にハテナマークを浮かべて首を傾げた。誰も寄せ付けない、超然としていたルナ様だったけれど、初めて、年相応な女の子の一面を見ることができた気がする。
「ルナ様、お食事の準備をするために入室の許可をいただいてもよろしいですか?」
「あ、えっと、うん。……どうぞ」
ルナ様の許可をいただいて部屋内に入る。部屋の中央にある白を基調とした丸テーブルを入念に拭いてからトレーを置き、食事の準備を整える。
ささっと椅子を引いて、ルナ様をエスコート。銀製の蓋を取った。
「あ……サンドウィッチだ……」
ふふふー。サンドウィッチは私の得意料理の一つなんですよ! ルナ様の声音に嫌悪感はない。結構好印象かも? スープも美味しいですよ!
ルナ様はスプーンを持ってスープを飲もうとしたけれど、途中でその手を止めて、後ろに控えていた私に振り返った。
「ごめんなさい。食べるところを見られるの、恥ずかしいから、席を外してくれる? 食べ終わったら、食器は部屋の外に置いておくから」
「はい。承りました」
主人の意を汲むのがメイド。言われた通りに退出しよう。
けど、その前に……。
「ルナ様、こちらを」
手作りのハンドベルを左手に召喚し、テーブルの隅にそっと置いた。
「え、今どこから出したの?」
「平行した、閉じられた小さな空間からです」
「? ? ? そんなこと、できるの?」
「メイドの嗜みです」
「……。ところで、これは?」
「はい。このハンドベルを鳴らすと、その音が私に届く仕組みになっています。私が必要な時、いつでも鳴らしてください」
「……門に備え付けるチャイムはあるけれど……ハンドベルで特定の人に知らせることができるものなんて、市場にあったっけ?」
「いえ。ないので、お屋敷に来る前に作りました」
「………………えっ? あなた、魔法道具、作れるの?」
「嗜む程度ですが、一応、作ることができます」
「……」
「それでは、失礼します」
部屋を退出し、外でルナ様の食事が終わるまで待機することにする。しかし、手持ちぶさただ。
ふと、高い天井にくっついてる、光の弱々しいシャンデリアを見上げる。ずっと手入れされていないのか、埃まみれだし、魔力の残量も少なそうだ。まずはこれのメンテナンスをしてしまおう。
長箒を召喚して、魔力を込める。すると、長箒は床に平行するように、ひとりでに浮かんだ。浮遊魔法だ。
長箒に跨がらないようにして座り、そのまま浮上する。魔女っ子によっては跨がって飛ぶ人もいるけど、痛くなるので私はその方法を不採用にした。
天井近くまで高度を上げ、ぐるぐるとシャンデリアの周りを旋回して構造を確認する。お金がいくらあれば買えるのか想像がつかない魔法道具だ。
魔法道具の構造には、魔方陣、魔石、その他の三つに分類できる。
魔方陣は人の手で魔法の命令文を描いたもの。定期的に魔力を補充することで長い期間利用できる。
魔石は使いきり。なくなったら魔石ごと交換することで再利用可能。
その他は、アーティファクトと呼ばれる、古代技術で造られたもの。その技術は既に失われていて、何を原理に動いているのかさっぱりわからない。とっても貴重。
このシャンデリアは陣……魔方陣タイプ。電灯の側面に基本的な魔方陣で、光を、放つ、という命令が描かれている。少し消えかかっているので、一応補修もしておこう。
人差し指に光属性の魔力を込めて、魔方陣の上からなぞる。なぞった箇所は光が浮かび、結構眩しい。陣を構成する文字列に魔力効率が無駄になる部分があったので、そこは削る。
全て描きあげ、仕上げに、陣に光の魔力を込める。電池の充電みたいなものだ。
全ての工程を終えて、自分の仕事に満足していると、
「翔んでるし……明るくなってる……」
ルナ様の声が聞こえた!
「ルナ様、少々お待ちを」
すぐさま下降して、着地。箒を消してルナ様からトレーを受けとる。
「あなた……翔べるの?」
「はい! メイドの嗜みです!」
「あなた……魔方陣の修復できるの?」
「はい! メイドの嗜みです!」
「……メイドって、なんだっけ……」