いつか、花開く時 13
翌日。私は幸せに包まれて目覚めた。ルナ様にぎゅーっと抱きつかれていて、私は抱き枕の擬人化状態だった。私の数ある夢の一つ……ルナ様の抱き枕になりたいが、こんなにも早く叶うとは。
ルナ様を起こさないようにそっと引き剥がそうとする。けれど、足までがっしりと絡んでいるので、起こさずに離すのは難しいかもしれない。案の定……ルナ様天国から現実へ帰郷した時、寝ぼけ眼で私の名前を呼ぶくらいには目覚めかけていた。むにゃむにゃとしていて大変可愛らしい。
ふわふわの毛布をそっとかけて、流れるような銀髪を撫でた。まどろみがとても気持ち良いからだろう、ルナ様は幸せそうに静かな寝息を立てた。昨日は遅かったから、午前中は起こさないでおこう。
私は足音を殺して退室し、自室で日課の訓練をした後、身支度を整えた。アマリスからもらった予備の夏用メイド服をパッと手もとに出現させて、袖を通す。今日も一日がんばるぞー。
メイドの業務に励む。日だまりのような、緩やかな時間。人によっては退屈とも思える日常。私はこれも大好きだ。胸が躍る冒険やお宝は当然好きだけど、日常だって、大切だ。
ルナ様はお寝坊したので朝昼兼用の食事、をとってからしばらく後。ルナ様からハンドベルで呼び出しがあったので寝室へと向かう。昨日と同じく、椅子に座るルナ様から手紙を預かった。
「ノアさん。これは……お父様へのお手紙」
ルナ様は柔らかくはにかんで、椅子から立ち上がり、窓際へ行く。私も追従するように窓際へと近づいた。換気のために開放された窓から、花の甘い匂いが部屋に流れ込んでくる。
「お手紙は……近々、直接あって話したいって、お父様にお願いしている内容なの。お忙しい人だから……すぐに取り付けられるかどうかはまだ分からないけれど」
きっと、すぐに会える。だって、国王だって直接ルナ様と会いたいんだから。無理やり時間を作ることだろう。なんていったって、可愛い愛娘の頼みごとなのだから。
「お母様やお姉様、お兄様方とも、いずれは顔をあわせることができたら、いいなぁ……」
「はい! 実現できるよう、私も、私ができる最大限のことをがんばります!」
「ほんと? だったら……また、甘えさせてね?」
「えと……それくらいでしたら……はい……」
ルナ様から目をそらして弱々しく返事した。今の私は顔が真っ赤になっているだろう。逃げるようにお辞儀をしてから退室し、街へと向かう。空を見上げると、快晴。遠くの空を見ても、雨の予感は全くない。ささやかな風がとても心地よい。
鼻歌まじりに王城へ。今日も今日とてげっそりとしている執事長に手紙を渡す。国王の返信がまだなのに、また手紙か、と驚いていたけど、私は特に説明せずに退城した。ルナ様が伝えたいことは、全て手紙に集約されている。私の余計な言葉など、一切不要だ。
賑わう王城前の広場。昨日の強い雨の影響か、レンガが整然と敷き詰められている地面は少しだけ濡れている。明日には乾くだろうか。
と。そこに、キョロキョロと視線をあちこちに動かしている兄妹がいた。私は彼らに近づく。
「ジーマさん、テリアさん。こんにちは」
「あ! ノアさんいたー! あえて良かった!」
「よっ! まさか本当にここで見つかるとはな……」
「ね! って、そうだ! ノアさん、護衛料受け取ってないでしょ!」
そう言えば、昨日は三人ともくたくたで、その辺のことを話す余裕もなく、宿屋に着いたら流れるように解散していた。護衛料のことなんて今の今まですっかり忘れていた。
「はい! 昨日は、本当にありがとう。上乗せしといたからねっ!」
テリアは私の目の前に、ぱんぱんに膨らんだ大きな麻袋を差し出した。その辺の森を護衛……イレギュラーはあったけれど、それだけのことで、こんな大金は受け取れない。いや、そもそも、友人から護衛料を受け取りたくない。
私は満面の笑みを作るように、にっこりと笑った。
「それは、何の袋でしょうか?」
「え? だ、だから、護衛料だって……」
「護衛料。それは、おかしな話ですね。昨日は森のお散歩をしただけなのに。はて、私は誰を護衛したのでしょうか?」
わざとらしくあごに指を当てて、明後日の方向に視線を向けた。これ見よがしに首も傾げて、すっとぼける。……これから行うことは、ぶりっ子ではない。決して。多分。
二人は困惑したように顔を見合わせた。大きな袋もテリアの手の中で困惑しているように揺れている。
「ノアさん! あんたはあんな危険な奴から、俺らを……」
「私は、この通り、メイドです。どの角度から見ても、完璧にメイドです」
私は道化のように、彼らの喜歌劇のように。大袈裟に、手を広げる。後々羞恥で悶えると思うけど、今は突っ走る。
「確かに、昨日は、戦いました。でも、その理由は冒険者や傭兵のように、依頼主を護ったのではありませんよ。何か、不測の事態があった時、友人を護るのは……」
くるっとその場で一回転。パチンと、ウインク。
「メイドの嗜みなんですよ?」
ジーマはため息を大きく吐き、テリアは手で顔を覆って。同時に、やられた、と一言呟いた。
「あー、ちくしょう。やられた。かんっぜんに、やられた。……友人、か……。……仕方ねぇ……今度……。あぁ、今度、だ。これは、約束だ。今度、友人として……友人として、だ。何か、奢らせてくれよ」
「あたしも何かスイーツをご馳走するわ。それくらいなら、良いでしょう? 友達にお世話になったんだから、そのお礼よ」
「ええ。ごちそうになっちゃいます」
三人で馬鹿みたい大笑いした。きっと、近くにいた人たちからは怪訝な目で見られていただろう。
話が一段落して、ジーマは照れくさそうに頬を掻いて切り出した。
「なぁ、ノアさん。俺たちは……一度、家に帰ろとう思う」
ハンティング帽を外し、背負っている大きな鞄にしまった。それはきっと、長い旅の終わりの合図。
「親父と向き合って、俺たちの本当のしたいことを、話してみるぜ」
「あたしも。ママに……決められた道を歩くのは嫌だって、ちゃんと目を見て言うつもり。もう逃げたりしないわ」
「後腐れなく、自分たちの夢を叶えてやるぜ!」
「その通りよ! 結婚する人は自分で決めるし、なりたいものは自分の力でつかみとるっ!」
「昨日、少し語ったろ? 店をやりたいんだ」
「宿屋で兄貴と話し合ったんだけどね。ここで。リザリオで店を開きたいわ」
「だからよ、俺たちは必ず、ここに戻ってくる。その時は、さっきの約束、守ってもらうぞ」
「ええ、もちろんです。……。ううん。私、二人のこと、待ってるよ!」
「……! おう!」
「うん! うん! 絶対よ!」
「だから、二人の用事を早く終わらして、ここに……リザリオに帰ってきてね!」
「へへっ! 了解だ! よーし! あれをしようぜ!」
ジーマは少年のような笑顔で拳を前に突きだした。テリアも、私も、童心に帰ったように拳を合わせ、とん、とぶつけた。
私たちは笑顔で別れた。近い未来、再会を約束して。二人は故郷までの護衛を雇うために冒険者ギルドの方面へと歩いて行った。
私は、二人が雑踏に姿を消すまで、その背中を見送った。また会えるその時を楽しみにして、屋敷に向かう。
その途中の、大通りで。
「お、ノアじゃん」
「アマリス」
「へへ! ミニスカメイド服、ちゃんと着てんね!」
「うん。涼しくて、快適だよ。ありがとう」
「気にすんなって」
通りの端で、アマリスと軽く世間話をする。こうも立て続けに友人たちと会えるなんて、とても佳き日だ。そうだ、アマリスに……。
「アマリス」
「ん?」
「私。少しは……前に、進めたと思う」
「そう。良かったじゃん」
「アマリスが相談にのってくれたからだよ。ありがとう」
彼女はにししと笑う。私も、笑う。
「んじゃ。ミニスカの新作、近いうちに着てよね」
「うん」
手を振って別れた。私は通りの端っこから、大通りの人々に目を向ける。買い物をしている人。いそいそと早歩きで進む人。同じく通りの端で、談笑している人。
いろんな人がいて、みんなそれぞれ、その人の人生がある。
その長い道のりで、人は、壁から目を背けたくなる時、逃げ出したくなるほどに苦しい時は、絶対にある。そんな時は……取り敢えず逃げてもいいんじゃないかなと、私は思う。その時はまだ、準備ができていないから、自棄になって挑んでも、上手くいかないかもしれない。言ってしまえば、まだ心が種の状態なのだ。
きっかけは必ずある。誰にでも、必ず。それを養分として頑張る気持ちが育ち、そして、いつか、大きな花を咲かせて……前に進めるから。
人が咲かせた花は……私でも、魅力的って。
嘘偽りなく、そう思える。
私はミニスカートをひらりと翻して、屋敷に向かった。




