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TS少女ノアは王女様に仕えたい  作者: 音里雨衣
22/25

いつか、花開く時 10

 巨大な駆動人形は挨拶と言わんばかりに巨腕を私目掛けて横に振るう。大きすぎる図体にはこの作られた広場は狭く、地面すれすれに振るわれた拳は木々を巻き込み、ことごとくなぎ倒す。


 真上に跳躍し、巨腕を回避する。すぐさま空中でくるりと縦に回転して通り過ぎる巨腕を斬るが、甲高い音を立てるだけで両断することは叶わない。見かけ倒しではなく、相当硬い。


 着地と同時に、もう片方の巨腕が頭上から振り下ろされる。最小限の横ステップで回避。地面はえぐれ、土が派手に飛び散る。駆動人形は攻撃の影響で硬直する。その隙に、左脚の細い部分を一閃。ほんの少しだけ傷がついた。


 仕込み刀を構えて、相手の出方を窺う。駆動人形の動きは、図体が大きいからだろうか、高速ではない。人間大の駆動人形は、もっと俊敏に動ける。それに比べると、半分以下の速度だろうか。


 速くはないけれど……決して鈍いわけではない。巨躯と質量を利用した単調な攻撃で、回避は容易いが、油断していれば被弾する可能性は十分にあり得る。そして、一発でも攻撃をモロに受けてしまえば、たちまち戦闘不能になるだろう。


 平常時……。昼間で、天気が良ければ、この駆動人形の攻撃をかわし続けることは造作もない。


 しかし……今は、強雨の夜。状況があまりにも、悪すぎる。


 視界はたいまつの光を頼りにしなくてはならず、距離感が少しだけ掴みづらい。また、強い雨も容赦なく降り注ぎ、少ない視界を遮ろうとする。加えて、離れた位置ではあるけれど、背後にいる二人に駆動人形と私の攻撃が及ばないようにしなくてはならない。


 駆動人形は無機物だ。だから私たちの目的……魔法道具の構築に気づくとは思えないから、私を無視して兄妹を狙うことはないはず。ひたすらに目の前の私を排除しようとするだろう。


 制限が多いが、駆動人形を今の位置に縫い付けることが私の役目だ。


「あ、兄貴! なにしてんの!? こっちの部品じゃないの!?」


「わ、わかっているッ! くそッ! 落ち着け落ち着け落ち着け……!」


 二人の切羽詰まった声音が背中に届く。死の緊張感で、組み立てに苦戦しているのかもしれない。雨で、手が滑ることも影響しているかもしれない。


 最悪、長期戦になることを覚悟しなくてはならない。


 ……不気味な、機械音。


 駆動人形はこちらの事情なんてお構い無しに猛攻を仕掛けてくる。右腕、左腕。交互に、地団駄を手で踏んでいるように、何度も叩きつけてくる。後ろに回避はできない。奴を前に進ませるわけにはいかない。ギリギリの所で反復横飛びの要領で回避し続ける。


 両腕のコンビネーションの間隙を縫うように、不恰好な蹴りが私を強襲する。それを仕込み刀で受け止め、衝撃を相殺。弾いて、その場に縫い付ける。そして、一瞬の隙を狙って、左脚の細い部分につけた傷をもう一度斬る。


 一手、何か間違えれば命を落とす、極限の戦い。


 脳がスーッとする。


 血液が凍っているみたいに冷たい。


 まばたきを忘れる。


 この感覚は、久しぶりだなぁ、と。どこか、他人事のように思う。


 けれど、それがスイッチとなり、集中力が高まる。


 世界は、スローモーションになる。


 駆動人形のコアを見る。大きい。あんなでかいコアは見たことがない。


 人間と同じくらいの駆動人形のコアは、人の拳よりも小さいが、それでもとんでもなく硬く、生半可な攻撃では傷一つつかない。駆動人形の身体を壊して戦闘不能にする方が手っ取り早いし、それが基本的な対処法だ。


 ……はたして、ジーマの持つ魔法銃は巨大なコアを破壊することができるのだろうか?


 魔法銃は知識としては頭に入っている。しかし、実際に稼働しているのを見たことがないので、どれ程高威力なのかは不明。


 もし、壊せなかった場合は……ゴーレムの両脚を切断し、撤退すると決める。……両脚の切断は、簡単なことではない。長い時間を要する。先に力尽きるかもしれない。


 けれど、不幸にも駆動人形が起動してしまったからには、完全なる破壊は無理でも、せめて……行動不能にはしたい。


 ここで逃げたら……これは、街を侵略するかもしれない。いとも簡単に蹂躙するだろう。私の、大好きな街を。


 怒りで、頭に血がのぼ……。


 思考を中断する。


 雨の中の死闘は続く。


 私は駆動人形の攻撃をギリギリで避けては左脚の細い部分を、同じ箇所を執拗に、念入りに、病的に斬る。斬る。斬る。傷つける。


 攻撃の過程で、異変に気づく。身体が重くなっている。服だ。服が重い。


 濡れている理由が、雨なのか、汗なのか、もう判然としない。メイド服は鉛のように重い。けれど、これでもマシな方だろう。夏服の、半袖とミニスカート仕様が功を奏している。


 横なぎ。跳躍して避けようとして、足元がぬかるんでいた。跳べない。転換。踏ん張り、仕込み刀で受け止める。身体に走る衝撃。沈む靴。身体のどこかで、みしりと音がした。


 度重なる重撃で、身体が悲鳴をあげている。


 腕も脚も疲労し、今にも倒れてしまいたい。


 だけど、二人を信じて待つ。心を奮い起たせる。


 ジーマは、逃げずに、立ち向かうと言った。


 そして、私は約束した。時間を稼ぐと。それを反故にするつもりは毛頭ない。私はその瞬間が来るまで耐え続け、トドメを手助けするのが仕事だ。


 巨大な腕を弾き、お互い睨み合う。たいまつは雨風でゆらゆらと揺らめき、私を中心として光も揺らめく。周辺の地面は既にでこぼこで、水溜まりがたくさん出来ていた。倒木も多い。ひどい有り様だ。


 駆動人形は格闘技のような構えでこちらの様子を窺う。その構えは、随分と人間臭い。外部から遠隔操作をしている? そんなこと、あり得るのか?


 奴の一ツ目が、交戦中の私でなく、私の後ろを捉えた気がした。 


 背後で何かしていることに気づいたかのように、構えを解いて脚を前へ踏み出す。私は慌てて踏み出した脚が地面に着く前に攻撃して、押し返す。


 駆動人形は焦りなのか、癇癪を起こしたように攻撃がデタラメになる。品のない攻撃ではあるが、一線を護らなければいけない立場からしたら厄介極まりない。乱打を全て受け止め、弾く。弾く。弾く。私の立つ地面が沈む、沈む、沈む。


 デタラメな乱打はやまない。


 激しくなる猛攻。


 いつまで続くかわからない攻防。


 私の体力が尽きるか、仕込み刀が折れるか。


 ……耐え続ける。ただ、耐える。


 その時が来るのを、待つ。


「ノアさんッ! 遅れてすまないッ!」


 私は自然と笑みがこぼれた。機は熟した。


 さぁ、ここから形成逆転だ。


 私は攻撃を紙一重で回避。地面を蹴るように踏み込み、たいまつを駆動人形の近くになるよう、投げ捨てる。両手で仕込み刀を構え、駆動人形の左脚の細い部分を、今まで執拗に傷つけていた部分を、全力で、斬る!


 キィン、と残響が雨に吸い込まれて、脚と胴体をつなぐ細い部分が分離した。


 駆動人形はバランスを失い、どすんと体勢を崩す。自重で前に傾きそうになるのを回し蹴りで止めて、そのまま押し返した。コアが、たいまつの光で、無防備にさらされる。


 そして、私は二人の直線上にならないよう退避する。


「今です!」


 兄妹が二人で抱えるように構えていた魔法道具は、魔方陣のような幾何学模様に包まれた巨大な長銃身で、装飾過多だった。ゴテゴテとしていて全く実戦向けでない。しかしその装飾こそ魔法銃たらしめるものであり、不要と外すことができない。


 そして、その照準は、既にコアへと向いている。


「くらっとけやぁあああああああああああ!」


 ジーマは獣ような咆哮で奮起し、トリガーを引いた。


 銃口に眩しい光が高速で収束し、丸い光を生み出す。それがどんどんと大きくなる度、装飾がはぜるように壊れていく。光の球体はやがて、バチバチと雷を伴う。


 光の弾は最大の大きさになったのか、次の瞬間には目にも止まらぬ超速度で放たれた。


 まん丸い大きな光の弾は駆動人形のコアへと直撃し、落雷したかのようなけたたましい音が、衝撃が、私たちを襲う。辺りは真っ昼間のように明るくなり、白の世界へと様相を変えた。


 光の弾は少しずつコアに進入し、その度にひびが入る。ぴしりぴしりと音を立てる。そして、ガラスが割れたような大きな音を最後に、コアは粉々になった。


 赤い欠片がはらはらと、舞い散る。花吹雪のように、粉雪のように、はらはらと。駆動人形の目は少しずつ消え、機械音も小さくなっていく。やがて、完全に、停止する。


「勝った……のか?」


「……はい。私たちの、完全勝利です」


 私たち三人は、その場に情けなくへたりこんだ。


 ざぁざぁとした雨の音だけが、静かに、静かに……私たちを祝福した。

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― 新着の感想 ―
[一言] かなりの苦戦らしいですね。 駆動人形は遠隔操作されたでしょう?明らかなフラグですので。。。今回の敵に対してノアさん現在の実力では荷が重いかも?
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