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TS少女ノアは王女様に仕えたい  作者: 音里雨衣
19/25

いつか、花開く時 7

 二人の目的地は、リザリオの近くにある森だった。


 街から徒歩でも小一時間あればたどり着けるその森は、規模があまり大きくない。既に先人達により探索し尽くされた森でもある。舗装された道はないが、ある程度開拓されていて歩きやすい。


 薬草やきのこ、天然の果物、元気な小動物など、自然の恵みに溢れている。森の危険度も難度も低いこともあり、依頼で薬草などを採取する冒険者達や、狩りを生業にする人達も訪れることが多い。


 危険度の高い森になると、毒を持つような危険な生物や人を食べる巨大な植物が生息しているのも当たり前で、獰猛な魔物も多く発生する。森を歩くだけで命の危機に陥る。その分、貴重な宝物があったりするのだけど。


 まだ太陽は高めの位置ではあるが、森を探索している間に日が暮れてしまいそうだ。夜の森は明かりがなければ深い黒に包まれ、何も見えなくなってしまう。


 森の探索は明るいうちに……日の出から開始するのが無難ではあるけれど、これはお宝探し。一瞬でも早くお宝を見つけなければならない。太陽の都合に合わせていられない。


 森の空気は透き通るように新鮮で、肺が綺麗に循環されるよう。どこからか小動物の走る音、鳴き声が生命の息吹を感じさせる。


 そして、木々の葉擦れの音。そういえば、今日は風が少しだけ強かった。


 森を行く隊列は、私が先頭だ。後にテリア、ジーマと続く。二人から進む方向の指示がないので、取り敢えず森の奥へと歩いている。


 こんなにも適当に進んで大丈夫なのか不安になるけど、口には出さず、愛用の改造モップを片手に小枝を踏みしめる。


「いやぁ、しかしモップが武器とは、メイドさんらしいというべきか、常識外れというべきかねぇ……」


 ジーマはため息まじりにしみじみと呟いた。確かに、メイドの七つ道具であり、聖なる道具の一つであるモップを武器にしているのは私くらいのものだろう。ちゃんと整備して大事にしているけれど、周囲の目から見れば道具を雑に扱うメイドに映るかもしれない……。冒涜的なメイドである。


「しかもそれでちゃんと危険な動物を追い払えてるんだからな。世界は、まったく、広いぜ」


「ほんとよね。ノアさんって本当にメイドさんなの?」


 進行方向を意識しながらも、背後の二人に振り向いて応える。


「はい。正真正銘、メイドですよ」


「そうなの……? リザリオのメイドって……兵士も兼ねているとか? 街での体術といい……どう考えても一般的なメイドじゃない気がするけど……」


 愛想笑いで流した。体術や剣術で師匠に褒められたことは一度もないので、彼らの、護衛の人に対するお世辞な気がする。真に受けて天狗になったらどこかで痛い目に遭うだろう。


「ところで、どんなお宝なのか、目星はついているのですか?」


 話を変えるための質問に、兄弟は顔を合わせてから、少し気まずそうに笑った。


「まぁ、一応は……ね」


「護衛を受けてくれたから隠すことなく話すが、さる筋から入手した目撃証言で、この森のどこかに大きな魔石があったらしい。それはもう、大人でも抱えきれないんじゃないかってくらい大きいそうだ」


「一人で抱えきれないくらい大きな魔石……それは、とても興味深いですね」


 魔石は人工的に精製するのが難しく、基本的には天然物を遺跡や迷宮などで入手する。どのような仕組みで魔石が自然に作られているかは解明されていない。


 そして、魔石は大抵、欠けた状態で見つかるため、路傍の石ころのように小さい。それでも魔力を帯びていて、様々な恩恵をもたらす。大きくて傷一つない球体もごく稀に発見されることもあるけど、それは本当に希少で、だからこそ価値が高い。それこそ、お宝だ。是非とも見てみたい。


「でしょ!? ただ、人伝だから、細かい場所までは把握していないし、確証もないのよ……」


「ああ。だが、本当にある可能性だってあるわけだ。逃す手はねぇ」


 その通りだ。トレジャーハンターは噂レベルでも足しげく冒険する。コツコツとした努力がいつか、実を結ぶ。


「なーに、安心してくれ。何もなくとも、護衛料は確実に払う。なんなら、無駄骨を折った迷惑料を上乗せしてもいい」


「いえ、迷惑料なんていらないです。ここに護衛で来たことは、間違いなく私の意志ですから」


「ははは! そう言ってくれると俺達も気が楽になるってもんだ!」


「ねー! ……ところで、ノアさんはどうしてメイドになったのさ? あなたならメイド以外にもたくさんの道がありそうだけど。……無数の道が、選択肢が」


 この森は安全だと判断したのか、テリアがとことこと前に出て私に振り向き、後ろ足で歩く。危険な森なら隊列を乱すのは危険だが、この森ならとやかくいう必要はない。ハイキングみたいなものである。


「そうですね……。理由を全て伝えることは難しいのですが……メイドが、私にとっての天啓だったのです」


「天啓……? これはまた、すんごい言葉使うね。うーん、だったら、メイドは天職、ってやつになるのかな?」


「はっはっはっ! そりゃ、良いじゃあねぇか! 自分がなりたいものになるのが、一番良い! それが、理想だ! それが一番楽しく、どこまでも幸せだろう!」


 ジーマの言う通りだ。今の私が、まさにそうであるのだから。


 私は今、ルナ様の近くにいて、満たされている。私は、私の、一番正しい道を選択をした。そこに疑いはない。


「二人は、どうしてトレジャーハンターになったのですか?」


 二人は私の質問に、同時に言葉を失った。静かな間が生まれ、鳥の鳴き声がどこからともなく聞こえてくる。あれ……? 何か、おかしな質問をしてしまったのだろうか……?


「はっはっはっ……。んなの、ロマンに決まってんだろ! 男たるもの、ロマンを追いかけなくてなにを追いかけんだよ! 女か!? それもまたロマンっ!」


「ちょっと、女の子追いかけるのは勝手だけど、トラブルは起こさないでよね! まぁ、ロマン自体は否定しないけどさっ!」


 二人は何かを誤魔化すように、取り繕うように笑う。テリアは手をパンと叩き、くるっと身体を一回転させた。それはどこか演劇染みていて、舞台が森であることがどうしようもなく、異質だった。


「仕事と言えば……。あたし、リザリオでご飯の店を開くのもアリだと思うなぁ! うん! これは夢だよ! こうなりたい! っていう、夢!」


「テリア、そりゃいい! それなら俺が料理を振るおうじゃないか! はっはっはっ! それが俺の夢になるな!」


「ええぇ……兄貴に料理人は荷が重いんじゃない?」


「どうとでもなるさ! ああ! 何せ、夢だからな! 夢は、素晴らしい! どこまでも、心が、広がる! 人の可能性をどこまでも広げてくれる、偉大なものだ!」


 先程のテリアを追いかけるように、演劇役者のように、彼も大袈裟に手を広げ、空を抱いた。


「おれたちゃトレジャーハンターである前に夢追い人! ようし、テリア! 歌うぞ!」


 二人は不意に、歌いだした。


 歩きながらスキップをしてはくるくると踊り、それはさながら、喜歌劇のようで、森の陰鬱さを吹き飛ばすように、とこまでも呑気で陽気だった。


 木々の声を、森の声を楽器代わりに、彼らは良く通る美声で明るい夢を紡ぐ。


 我らは夢追い人。夢を追う限り、無敵だ。誰にも邪魔なんてさせない。叶うその時まで、走り続ける……。


 普通の探索では、まず、あり得ぬ所業。敵に自分達の居場所を伝える愚行。師匠がこの場にいれば間違いなくぶち切れて、二人は燃やされてしまうだろう。


 でも、私は、構わないと思う。そんな冒険もあって良いのではないだろうか。


 どうせ、危険もないのだから。


 それなら、いっそ、楽しい方が良い。


 二人の希望に溢れた歌に、私もつられて笑顔になる。


 私たちは呆れるほど陽気に、森を進み続けた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] モップを武装にしていますとは、流石は完璧なメイドさんですね!これこそロマンの一つだと思いますw
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