いつか、花開く時 6
トレジャーハンターの女性に案内された場所は、飲食店が多く集まっている通りにある、フルーツジュースが美味しいと評判のお店だった。
ジュースだけでなく、パンや菓子などの軽食も取り揃えているのが特徴で、店内、外にあるテラス、どちらでも飲食を楽しめる。
内装は新築のように綺麗で、テーブルやイスも上品な意匠で作られている。雰囲気が素敵と、女子から評価が高いお店だ。アマリスも贔屓にしている。
店の努力が功を奏し、店内の客層はほとんどが女性だ。複数でテーブルを囲み、それぞれ世間話で盛り上がっている。トレジャーハンターの男性は自分が異端者のようだと居心地が悪そうに苦笑していた。
私たちはテラスの一番隅っこにあるテーブルを確保する。三人ともジュースだけを注文し、腰を落ち着かせてから改めて自己紹介をした。
彼らの名前はジーマとテリア。兄妹だ。二人とも大人びた顔立ちをしていたが、年齢は一七と十六だった。私と歳が近いことを知って親近感が湧く。
兄がジーマ。彼がハンティング帽を外すと、隣の妹と全く同じ茶髪だった。落ち着いた場所で二人の顔を見比べてみると、確かに、目鼻立ちが良く似ている。ジーマは常に軽薄な笑みを浮かべているが、世に憂いているような、何かを諦めているような……達観したような笑みにも見えた。
妹のテリアはつり目で気が強そうな女性だ。旅人にしては華奢な体つきで、肉体労働とは縁が遠く、戦いが得意そうには見えない。目を惹くのは彼女の耳にあるピアス。宝石で拵えたであろう、緑色の小さなピアスは気高い品がある。
彼らは自己紹介の延長で、二人のトレジャーハンターとしての武勇伝を私に聞かせてくれた。トレジャーハンター歴はまだ浅いそうだが、大きな渓谷の険しい道、迷宮の迫り来る罠、その先にあるお宝……。彼らの冒険譚はどれもわくわくで、今すぐにでも冒険に出掛けたくなるほど胸を熱くさせた。
洞窟で苦労して見つけた宝箱が空っぽだった話を最後に、彼らは冒険譚の幕を下ろした。そこで話は一区切り。場も十分に暖まった。
私は、醸し出すお宝の匂いにそわそわとする心を落ち着かせて、言葉が前のめりにならないよう、本題を切り出した。
「それで……私にお願いとは、なんでしょうか?」
お願いという名の情報交換だろう。彼らは地元民ならではの情報が欲しいに違いない。その観点からではメイドに話を聞くのは妙手だ。
メイドはその職業柄、やんごとなき身分の人に仕えるため、庶民では知り得ない情報を掴んでいる場合がある。……特に、男性主人の寵愛を受けているメイドは、深くておぞましい情報を知っている場合もある。私は関係ないけどね。
ふっふっふっ。私は確かにメイドだけど、簡単には情報を漏らさない! むしろ返り討ちにして、お宝の情報を引き出してしまうかも!?
テリアは小さな木樽を一口あおり、唇を舐めた。ここからは仕事の話だと線引きするように、真剣な眼差しへと変えた。
情報戦の火蓋を……。
「うん。それはね……あなたを護衛として雇いたいの!」
「……。……。ご、護衛……ですか?」
切らなかった。
そう言えば、確かに、彼らは体術を見込んで、と言っていた。お茶に誘う建前みたいなものかと流していたが……護衛は想定していなかった。
「うん。あたし達二人とも、トレジャーハンターなのに、腕っぷしが弱くてね。危険な場所にたくさん行く職業なのに……ほんっと、情けないんだけど」
「ああ。そんでな……ノアさんのさっきの洗練された動きをみてよ。この女の子は、もしかすると護衛できるだけの能力があるんじゃないかと思ったんだ。で、どうだい? 実際、護衛できるのかい?」
「はい、簡単な護衛はできますが……。探索するのは、この辺りですか?」
「それくらいの情報は開示してもいいか。そうだ、ここから近い場所だ。だから、長時間拘束することはない。早ければ今日中にも帰れる距離だ」
「相当近場ですね。……あの。お誘いはとても光栄ですが、この辺を探索するなら、護衛なんて、大袈裟に構えなくても大丈夫ですよ?」
リザリオ近辺で獰猛な魔物は確認されていない。野盗には注意しなければならないが、街の周辺を警備している人もいるので、大体はお縄になっている。探索は比較的安全に行えるだろう。
……危険はないけど、この辺りを探索する旨味もない。それは彼らも理解していた。……しかし、何か、新鮮なお宝の情報を掴んだのかもしれない。だからこそ、探索をするのだろうけど。
「そりゃあ……まぁ……な。だけどな、俺達、戦闘がまるで駄目なんだ。正直、猪や野犬すら厳しい。一応武器は持っているが……いや、それはいいか。とにかく、危険が少ないとわかっていても、君を護衛として雇いたい。君の都合が悪いなら、冒険者ギルドで別の人を雇うつもりだ」
「そうそう。だから、無理にとは言わないわ。あなたも、メイドという本業があるでしょうしね。声をかけたのは、正直、フィーリングかな。あなたが暇だったらー、って感じ。むさ苦しい冒険者に任せるよりも、ずっとずっと華があるものね」
「なるほど……」
簡単な護衛だったら私でも可能だ。
……ただ、私は今、職務中だ。それを放棄することはあり得ない。
けれど……彼らの依頼を受けて、お宝をこの目で見たい気持ちも強かった。
「日を改めることは……できませんよね」
「当然。ノアさんが今日無理なら、このお願いはなかったことにするわ」
トレジャーハンターは競争だ。他の人より、一瞬でも早く宝に到達しなければならない。日を改めるなんてことは、よっぽどのことがなければしないだろう。
……ルナ様に……相談してみようかな……?
駄メイドとお叱りを受けるだろうか……?
でも、優しいルナ様だったら……。
「……少しだけ、席を外しても?」
二人が頷いたのを確認し、お店のお手洗いに向かった。個室に入り、エプロンから小さな丸い水晶を取り出して、両手で強めに握る。これでルナ様の部屋にある水晶が震えて光る。ルナ様が気づいてくれれば通話できるが……。
『こんにちは、ノアさん。どうしたの?』
すぐにルナ様に繋がった。天使の美声のようなルナ様の声が水晶から流れる。ルナ様の声を自動的に延々と流れる仕様にしたらヒーリング効果がありそうだ。妄想は置いておいて……。
『こんにちは、ルナ様。実は……』
兄妹からの依頼など、詳細を全て隠すことなく、小声で伝える。それから、職務中でもあるにも関わらず、私はこの依頼を受けたいと、お宝を見てみたいと、正直に伝えた。
『ふふっ……ノアさん、あなた……お宝って……。えっとね、わたしの許可は取る必要ないよ。ノアさんはいつも……一日も休むことなく頑張ってくれてるんだから、いつでも息抜きしていいんだよ。変に難しく考えないで欲しいな』
ルナ様の心の広さに、私は感動で震えた。業務中のメイドの蛮行を許してくれるなんて……。そんな主人、きっとルナ様以外には存在しないだろう。やはり天使か。大天使ルナ様だ。
『はい。本当にありがとうございます。夜が深くなる前に……戻れるとは思うのですが』
最悪、探索に時間を要して遅くなっても……合鍵は持っている。ルナ様を起こさなくても屋敷内には入れる。
『うん。わかった。夕飯とかも、気にしなくていいからね? わたしだって少しは料理できるもん。屋敷に戻ったら、宝物のお話、聞かせてね?』
ルナ様に改めてお礼を告げ、水晶にかけていた圧力を弛め、通話を切る。
ルナ様、私の衝動的なわがままを受け入れてくれて、ありがとうございます。
私は清々しい心持ちでテラスのテーブルに戻る。心の中は既にメイドから冒険モードである。
「お待たせして申し訳ないです。改めて質問する必要はないと思いますが、探索するのは、お宝目的なんですよね?」
「そりゃな。おれたちゃ、トレジャーハンターだ」
「はい。では、護衛任務にあたり、一つだけ条件を付けてもいいでしょうか? 当然、お宝は一欠片も、いりません。ただ、差し支えなければ……見つけたお宝を見せてほしいのです」
私がお宝が好きなのは、単純に知的好奇心を満たすためだ。富には興味がない。それが、どんな形の、どんな機能を持った、どんな意味のある宝なのか、知ることができればいい。
「うん。見るだけなら、いくらでも構わないわ。って、そんなことでいいの?」
「はい。それで良いのです」
「オッケーよ! 合意ってことで良いかしら?」
笑顔でしっかりと頷く。対面の二人もニッと笑った。
「交渉成立ねっ! ノアさん、よろしく!」
二人と強く握手した。