いつか、花開く時 5
中心街の通りを歩いている今の私は……夏用の、ミニスカートのメイド服だ。
いつもより多くの視線を感じる……気がする。いや、きっと、気のせいだ。露出が多いから落ち着かないだけなのだ。
それにしてもミニスカートとは、なんたる低防御だ。ちょっとした動作でも気を遣うし、風が吹けばスカートをつい押さえてしまう。一説にはスカートの裾に鉄板を埋め込み、風で捲れないようにする方法を取った女性もいるとか。わかる。
スカートの丈は膝と同じくらいの位置だけど、これでも長い方らしい。……お洒落とは並々ならぬ努力の上に成り立っているものなのだろう。羞恥心や視線に耐え、行動も一つひとつ意識しなければならない。私には無理だ。もう心折れた。
……今の私は、スカート丈で憂鬱になれるくらいには……アマリスのお陰で気分が軽くなっている。
私がルナ様と国王の親子関係に何かできることは少ないと思うけれど、私のできる範囲で可能なことを手探りで見つけたい。
せっかく幼なじみから元気をわけてもらったのに、いつまでもどんよりとへこたれていられない。気分を上げて、明るくだ。アマリスの言葉を借りて、笑顔笑顔、だ。
さて、まずは今日の夕飯を決めよう。
先程買った食材と、屋敷に残ってる食材を頭に浮かべて、何を作るか考える。どうしようかなぁ……。今日は何か新しい料理でも挑戦してみようかなぁ。でも失敗したらルナ様に申し訳ないし……うむむ……。
作る料理に想いを馳せていると、地元の青年が小さな木箱をたくさん積み、抱えるように運んでいた。その量は彼自身の身長を越えていて、前が見えているのか怪しい。安定して持てていないのか、ふらふらとしている。非常に危なっかしく、周囲の人々も遠巻きに、怪訝そうに眺めている。
「あああ……うーん、ちょっとだけ積みすぎちゃったかなぁ……ぎゃっ!?」
案の定、バランスを崩した青年は勢い良く転び、持っていた木箱は無慈悲にも高く、宙を舞う。木箱の中身が何かは不明だが、数瞬後には大惨事は避けられない。
私はすぐに宙に散らばる木箱の中心へと足を踏み出し、両手を広げた。箱を回収するためにその場でくるくると回る。木箱はどんどん両手に積み上がる。しかし、最後の一つだけ、距離が足りない。スカートが捲れない角度で右足を上げ、ブーツの先端で、衝撃を吸収しながら受け止めた。
全ての木箱を間一髪で受け止めることに成功し、安堵の息を吐いた。上手くいって良かった。これで失敗したらメイド失格である。
「ハッハッハッ! こりゃあ、凄い身のこなしだ!」
「ほんとね! すごいっ、すごいっ! 武術の達人みたいっ!」
近くにいた若い男女の二人組はショーを観た客のように歓声を上げ、手を叩いた。見せ物みたいになってしまい、私は顔が急に熱くなった。
この羞恥から早く逃れるために、荷物をこぼした青年に木箱を少しずつ渡す。しかし、全ての木箱を一人で持ったらまた転んでしまうのではないかと心配したが、まぁ、なんとかなるよ、と本人は楽観的だった。
いくらなんでも荷物が多すぎるので、私と観客の男女で木箱を分散して運んだ。男女二人は快く手伝ってくれた気の良い人たちだった。
「ありがとう! このお礼は今度、必ずするからね!」
青年の目的地である青果店へと荷物を運ぶと、彼は忙しなく店内へと消えた。私はそれを見届けて、男女二人に頭を下げた。
「ごめんなさい。旅の方に手伝わせてしまって。ありがとうございます」
「ハッハッハッ! 気にすんなって。ところで、俺たちってやっぱり、旅の人間ってわかりやすいのかい?」
「この街にはトレジャーハンターを生業にしている方はそういないので。十中八九、旅の方かと思いました」
彼らの着用する薄いブラウンの服はトレジャーハンター御用達の服だ。見た目よりも機能性を重視した服で、遺跡探索などに最適化されている。メイドがメイド服を着るように、トレジャーハンターの制服は彼らの着ている服とも言える。
「あらま。あたし達レアだね。あたし達がお宝だったのか」
……トレジャーハンター。その名の通り、宝を探す人だ。そして、不安定な収入を代表する職業だ。
なにせ、同じ不安定な職業である冒険者よりも、収入の振れ幅が大きい。冒険者であれば一定数の仕事をギルドからもらえるが、トレジャーハンターは自主的に遺跡や迷宮に潜ってお宝を回収して稼がなければならない。成果がなければ収入はいつまで経ってもゼロだ。
その不安定さからトレジャーハンターという職業は、リザリオでは全く人気がない。未踏遺跡も、旨味のある迷宮もないリザリオでは、食っていけるだけの収入を稼ぐことは困難を極めるためだ。
しかし、リザリオから出れば、それなりに人気がある職業だったりする。不安定なのに、何故、一定数トレジャーハンターがいるのか。
それは。
ロマン!
一攫千金! 未踏の場所! 謎のアーティファクト! 迷宮探索!
なんと心が躍ることか!
トレジャーハンターは私も好きな職業だ。もしメイドになることがどうしても無理であれば、私はトレジャーハンターになっていた気がする。
「トレジャーハンターがこの街にいるのは本当に珍しいですよ。この辺りは未踏遺跡とか、旨味のある迷宮は少ないですからね」
「まぁな。実際、俺達がここに来たのは観光って意味合いが強い。なんだ……この街は、平和でいいな」
「あたしもそう思う。余生を過ごすなら絶対にここで過ごすわ。安らかに逝けそうよ」
「はい。リザリオはとても良い街ですので、宝探しはいったん休憩して、ゆっくりと観光してくださいね」
一礼をして会話を切り上げる。太陽はまだまだ高い位置にあるけど、そろそろ屋敷に戻ろう。
「あー、待って。ちょっと待って、メイドさん。あなた……少し時間ある?」
トレジャーハンターの女性は茶色の短髪をポリポリとかき、ばつが悪そうに笑った。私は首を傾げて次の言葉を待つ。
「さっきの、あなたの体術を見込んで、お願いがあってさ。そうねぇ……ここだと人通りも多いし、立ち話もなんだから、ちょっとお茶しない? 奢るからさ。さっき気になるお店見つけたのよ」
普段であれば、初対面の人の誘いなど絶対に受けない。
だけど、トレジャーハンターからのお願い。
もしかして……。これは、まさか……!
お宝関連の可能性あり!?
これは気になる! 気になる! 気になってしまう!
心の中の私は、はしたなくぴょんぴょん跳ねている。瞳もきらきらとさせているだろう。心の中だったらスカートも捲れる心配もないのだ。
お宝の気配! これは、ロマンですよ!
時間の余裕はまだある。少しくらいは寄り道しても大丈夫だろう。私はすぐに頷いて、二人の後を追いかけた。