いつか、花開く時 4
頭の中がもやもやしていた。かけ間違えたボタンをいつまでも直せないような……居心地の悪い不快感。人が多い通りを歩いているのに、時々放心したように上の空になる。通行人とぶつかりそうになる度にハッと我にかえる。
……気重の原因は間違いなく、国王との談話。自分の回答、行動。
私は、ルナ様のメイドとして、一番正しい選択をしたはず。
……したはずだ。
それなのに……心のどこかで、納得できていない。正しい答えのはずなのに、確信を持てないでいる。霧が立ち込めたように、こたえが霞ゆく。
……時は否応なしに進む。いつまでも思考の迷宮を探索していられない。
私は中心街で、屋敷で使う食材を買い揃え、実家に寄って両親に軽く挨拶。その足でアマリスとの約束通りに、夏服のメイド服を受け取るために彼女の店に寄った。
アマリス家は服飾店だ。店舗と家が一体となっている構造で、一階が店、二階が居住空間に分かれている。
一階の入口を開けると、からんからんとドアチャイムが鳴る。アマリスの店はオーダーメイド専門店なので、店内に完成品の見本は数点あるが、ほとんどは布地が整然と並べられているだけだ。
お店のカウンターには、アマリスをそのまま大人へと成長させた女性が書き物をしていた。アマリスの母だ。十四歳の一人娘を持っているとは思えない程に若々しい。
「あれ、ノアちゃんじゃない。ちょっと待ってね。アマリスー! ノアちゃんきたわよー!」
アマリスが二階から降りてくるのを待つ間、彼女と談笑する。落ち着きのある、柔和な女性だ。幼い頃からお世話になっているので、頭が上がらない。
しばらくして、アマリスがドタドタと大きな音を立てて二階から降りてきた。
「おー、ちゃんと来たねぇ。ん? んんー?」
アマリスは私の顔を見るなり腕を組み、眉を潜めて首を傾げた。うめき声のような、納得がいかないような声を出し続けている。
「アマリス? どうしたの? 私の顔になんかついてる?」
なんとなしに顔をぺたぺたしてしまう。ゴミでもついているのだろうか? それだと恥ずかしい……。
「んー……。とりあえず、部屋に来てよ」
踵を返して足早に二階へ向かうアマリスを追いかけ、幼い頃からあまり変わらない見慣れた部屋に入る。服飾に関するたくさんの本に、製作途中の服。カラフルな大量の布。散らかっているドレッサー。
相変わらず雑然としているなぁと、変わらない風景に何故か安堵していると、アマリスはどこからともなくメイド服を取り出していた。
肌を全て覆ってくれる長袖とロングスカート。そこは変わらない。でも、生地は薄く作られているだろうから、今のメイド服よりも断然涼しく、快適になるはずだ。ありがたい。
私はアマリスに感謝を告げて、メイド服を受け取るために手を伸ばした。
「ちょーっとタンマぁ!」
「? アマリス……?」
アマリスは大声で私を静止させると、ひらりとメイド服をどかす。そこには、もう一着メイド服があった。ミニスカートの。
「じゃーん! ミニスカバージョンっ!」
「ええ!?」
ミニスカ!? な、なんで!? なんでミニスカ!?
わたわたと混乱していると、ミニスカのメイド服を押しつけられ、半ば強制的に着替えることになった。
姿見の前では毎日鏡で見ている、長い亜麻色の髪をした私が、信じられないことにミニスカートのメイド服を着用していた。スカートの丈は膝ぐらいしかなく、全く頼りない。
「言っておくけど、これでも長めなんだからね。いいじゃん、可愛いじゃん」
「うう……心もとない……」
せめてタイツを着用したい。ないかな。あったら貰おう。キョロキョロとしていると、背中をぐいぐいと押され、ドレッサーの前に座らされた。
「でさー。何があったの?」
アマリスは私のヘッドドレスを外し、髪に櫛を通しながら、鏡越しに私の目を見る。私は気が抜けたように変な声が出ていた。彼女はくすくすと笑う。
「だからさ。なんか、あったんでしょ?」
「えと……」
「あたしじゃ力になれることは少ないけどさ。話してみ? それでスッキリすることもあるじゃん」
「ん……」
彼女の言う通り……誰かに、話したい気分だった。一人で悩み続けるのは、辛かった。
私は国王との談話を限りなくぼかして話した。名前は当然匿名にして、とある親子の軋轢として。それに関する相談を受けたと説明した。
……そして、私は、相談相手が求めていた言葉がなんとなくわかっていたのに、その言葉を拒否した。
私の説明はたどたどしく、幾度もつっかえた。だけどアマリスはせかすこともなく、説明が終わるまでの間、私の髪を優しくすいて、ずっと聞いてくれた。
「それで、頭がもやもやしちゃって。これで、良かったのかなぁ、って。後悔……とは少し、ニュアンスが違うと思うんだけど……」
アマリスに話して、整理が少しだけできた気がする。
私は……立場は違えど、国王と同じく……ルナ様のメイドだからって逃げ口上で、目を背けたのかもしれない。
「……うん、そっか。私は……結局、逃げたのかなぁって。自分の中で大義名分を掲げて、器じゃないって、言い訳を並べて、それを盾にして。きっと、責任を負いたくなくて、見てみぬ振りをしちゃったのかなぁ、って……」
「言葉って、責任を伴うからねぇ。重たいんだよね」
「うん……。でも、もう、今さら気づいても遅いよね……逃げちゃった後だし……」
「んー。ま、逃げたのは、別にいいんじゃない?」
「え?」
心が沈んで俯きかけた時、そんな言葉が聞こえて、鏡越しにアマリスを見た。彼女は、普段見せない、大人びた顔で微笑んでいた。
「だって、そもそも、その人だって逃げてるわけじゃん? ノアが逃げちゃいけないって、そんな不公平はないよ。あたしは、そう思う。もちろん、あたしはノア寄りだけどね。つらけりゃ、一旦、とりあえず逃げるの」
アマリスは続ける。
「全員が全員、すべてのことに立ち向かえたら苦労しないって。人ってそんな強くないじゃん。あたしがノアでも、同じく逃走するよ。悲しい顔作って、適当言って、切り抜けるね。だってさ、簡単なことじゃ……ないじゃん。ものすっごく大袈裟に言えば、二人分の人生を背負うことになるもん」
「それは……うん」
「ノアは真面目すぎんのよ。もちろん、大前提として、真摯に受け止めることは大切だよ? でもね、考えすぎると、ノアが潰れちゃうじゃん。少しぐらいさ、悪い意味じゃなく……適当に考えるぐらいが、丁度良い時もあるよ」
「うん」
「それでも、気がかりになるなら、納得いかないなら。ノアなりに、ノアのできることを無理なく、してみるといいかもよ? その相談相手に真っ正面から説教かます、とかじゃなくてさ。別の方法で。縁の下から、支える感じでさ」
「私なりに、別の方法で……縁の下から……」
「そ。ほら、元気出して! 笑顔笑顔!」
幼なじみはケタケタと笑い、私の背中をそっと叩いた。私のもやもやは、どこかへと吹き飛んだ。
「うん。ありがと、アマリス。すこし、道が見えてきたかも」
「あは! いいってことよ! 今度あたしの作った服着てくれればね! ノアが着ると良い宣伝になるんだよね」
「うん。それくらい、いつでもお安いご用だよ」
どこの道が一番の正解かなんて、全然わからないけど。
私も、顔を上げて、迷いながらでも前に進もう。
私なりにできることを探して。
私は……やっぱり、ルナ様のメイドだから。それは絶対に変わらないから。
だから、ルナ様のメイドらしく進もう。