私はノア、メイドになる女
私は転生者だ。
前世は今世と違う、いわゆる現代だった。そこで私は男性として生きていて、そして何歳の頃かは全く覚えてないけれど、何らかの事情で命を落とし、そして今世の、ファンタジーのような世界へと転生した、と思われる。
何故記憶が曖昧かと言うと、前世の世界の知識や自分が男性であったという感覚は残っているものの、思い出が何一つ残っていないのだ。車や飛行機、ゲーム、スマホなど、今世には存在しない物の知識はあるが、それを自身がどれ程利用していたのか、イマイチ判然としないのだ。
前世の自身の名前も思い出せない。家族構成も、友人も。善人だったのか悪人だったのかも。イケメンだったのかブサメンだったのかも。
もしも神様という存在が魂の循環、生まれ変わりを担当しているとしたら、私の魂の、前世の記憶にあった知識だけうっかり消し忘れた、そんな感じなのだろうか?
現代の知識をなんとなく覚えてるだけなら、前世の知識がある不思議ちゃんで済んだのだが、問題はそこではない。
私は、前世が男性だった影響なのか、今世では女性でありながら男性の感覚の持ち主なのだ。現代で言えば性同一性障害になるのかな?
端的に言うと、身体は女の子だが、私が好きなものは自身以外の女体なのだ! 太もも! ミニスカ! お胸様ぁ!! お付き合いしたいのも結婚したいのも女の子なのだ! 男性なんて絶対絶対お断りだ! しかも、女体を求める欲求がとんでもなく強い。つまり、エロエロなのだ。
そんなんだから、今世の名前はノア、として生きていくのは苦労しそうだなぁ。と六歳になった私は幼い子どもを演じながら過ごしていた。もちろん、前世の話など両親にもしたことがない。そんな話をしたら引かれるか医者に連れていかれるかだからね。ふふふ。私は既に心は大人だから自分が起こした行動の結果を予想できるのだ。
ありふれた庶民家庭の、何の才能も力もない、ありふれた少女。それが今の私だけれど、家族と参加した、王国主催の祭りで大きな転機が訪れる。
それは、一目惚れだった。
祭りの目玉であった王様の演説。その後ろに行儀よく控える、王妃、王子二人、王女三人。
その中の、第三王女、ルナ・クラルス=リザリオ様。
自分と同い年くらいの少女を見て、身体全体に電撃が走った。
長い銀色の髪は太陽に反射して眩しく、キラキラしていて。
ルビーのように真っ赤な瞳は吸い込まれそうな程美しくて。
新雪のように白い肌はシミ一つ、傷一つなくて。
全ての要素が、属性が、ドストライクゾーンだった。昂る恋心、興奮を隠せなくて、私は鼻血を吹いた。
心配する両親の声や王様の演説なんて耳にも入らず、ただただルナ様だけに意識を向けて、ハァハァしていた。
ルナ様は、この世界の奇跡だ!
私がこの世界に生を受けたのは、ルナ様に会うためだったのだ!
それは天啓。
それは情熱。
それは、恋。 恋!
初恋だ!!
私は、生きる意味を、今日この日、この瞬間に見つけたのだ!
ドキドキする心が止まらない。寝ても覚めても、ルナ様のことばかり考えるようになった。恋煩いに苦悩していた。
どうしたらルナ様に近づける?
どうしたらルナ様とお話できる?
どうしたらルナ様の裸を拝める?
……相手は王族。庶民がおいそれと近づける存在ではない。正攻法では、お話しすることすら叶わないだろう。
悶々とベッドでくまさん人形を抱いて転がっていると、ピーンと閃いた。
メイドだ。
それも、ルナ様付きの、専属メイド。
メイドなら、ルナ様のお着替えの手伝いもするだろう。メイドなら、お風呂で髪を洗ったり、背中だけでなく、それはもうそれはもう……。
この、圧倒的な閃き!
私は、天才だったのか?
私は、私は! メイドに、なるのだっ!!
……そこから私の日々は、目まぐるしく動いた。
彼女に相応しい専属メイドを目指すため、ひょんなことから出逢った師匠に弟子入りして。
師匠の試練や修行に、何度も何度も命を落としそうになったけれど、それを全て乗り越えて。
私は、十四歳にしてようやく師匠のお墨付きをいただいて、ルナ様付きのメイドになるために就活して。
ルナ様の専属メイドの切符を手に入れた。
修行に明け暮れた八年間は一度もルナ様のお姿を見ることができなかったけれど……。それが、モチベーションになったのかもしれない。この修行の果てに、ルナ様の裸見放題の権利があると思えば、私の情熱、魂は燃え盛るばかりだったのだから。
そして。
今日が。
初出勤だ。
ルナ様は私の一個上の年齢だから、今年で十五歳か。
王国の国宝級に美しく、可憐になられているだろう。
大きな屋敷の門の前で私は一つ、頷いた。
私、ノアの、エロエロで、ドキドキで、ワクワクな物語はここからはじまる。