ヌィアールの油断
「キュルェェェェェェ!!!!!!」
この世の何者とも思えない奇妙な雄叫びが、グランドストーン駅舎に谺する。
崩壊した天井、三階建てであった駅舎は今や崩落し、その片翼からもうもうと熱い蒸気と砂埃が立ち込めていた。
「状況はッ!?」
瓦礫でほとんど足場を覆い尽くされた中、そこに山の如く崛起し暴れ回る白いヤギのような生物を見上げながら、ヌィアールは近場の騎士に尋ねた。
体高、角合わせて約二十メートル、体長はそのタコのような複数の尾を含めれば、優に七十は下らない大きさ。
それがここにいるにしては、あまりにも巨大すぎた。
「ハッ!
こちら側の死者はまだ出ておりません。
しかし重傷を負ったものが何人も……」
騎士の話から、どうやら死者が出たのは民間人だったことが判明し、苦い顔を作るヌィアール。
周囲を見渡せば、負傷者を回収できるほどの余地もなく、その場にいた戦闘員が皆何かしらのダメージを負っているように見えた。
瓦礫に飛びついた血飛沫。
地面に転がるスチームポッドの空管。
方々から聞こえる、痛みに苦しみ悶える声。
まさに、地獄絵図という言葉が異様に似合っていた。
(もう戦えるのは私だけ、か)
心の中で呟いて、腰のホルスターから、黒く長いライフル状のタリスマンを抜き払った。
長い銃床。
細長いフォルム。
鋭利、かつ重く、凶器としての本性をオーラのように黒く身に纏っている。
アップルティー社製、BA-75e。
1875年に製造された焼き林檎シリーズの5番目。
その砲身に組み込まれた霊圧アンプの性能は群を抜いて高く、個人で利用するにはあまりに反動が大きすぎるとして販売中止になった、伝説のタリスマン。
「あとは全て私に任せ給え。
残りの動ける奴は、全員負傷者を連れて後方へ退避せよ!!!!」
怒声と共に、銃口を天井に向けて一発打ち放った。
──ダァァン!!
ガシュゥ……とタリスマンが蒸気を上げながら、空になったスチームポッドが空薬莢のように排出する。
発されたウル・ジャベリンの術式が放った衝撃波が大気を震わせ、天井の崩れかかった瓦礫をボロボロと落とした。
超音波の弾丸。
力属性の魔力によって指定された方向へと、その強烈な音の嵐を収束させ、放ち、爆発させる。
「キュルェェェェェェ!!!!!!」
怪物のヘイトが、全てヌィアールへと向く。
その雄叫びは怒りか、はたまた恐怖か。
あるいはそれらがミックスされた、全く別の感情か。
ヌィアールには、その全てであると感じ取れた。
「大人しく寝てろ」
──ジャキッ。
BA-75eを構え、怪物に照準する。
威嚇かどうか、前脚を上げて今にも踏み潰しにかからんとするそれを、真正面から撃ち抜いた。
──ダァァン!!ガシュゥ……。
怪物の重心に着弾、ヤギの体が後ろにのけぞって、やや停滞した。
──ダァァン!!ガシュゥ……。
二発目。
怪物の下顎に着弾。
さらに逸れてその数百トンはあろう巨体が、やや宙に浮く。
──ダァァン!!ガシュゥ……。
三発目。
タコのような尾についた吸盤が地面から離れ、巨体は数メートル吹き飛んだ。
──ダァァン!!ガシュゥ……。
四発目。
それは駅舎の壁をさらに打ち破り、魔導列車の停まるホームへと、瓦礫の嵐を伴って弾き出された。
ガシャァァ……。
レンガ、鉄、そしてガラスの何もかもが、その魔法の威力とヤギの怪物によって破壊され、転がっていく。
見た目軽々しくこのようなことをやってのけたこのヌィアールという人間は、本当に人間なのだろうかと全ての騎士が思ったに違いなかった。
なぜならその一撃は大砲の一撃の様に重く、生身の体では絶対に耐えられないことを知っていたから。
あの巨体が、実際の重さ以上に重く、そして厄介なことに身動きの取りづらい市街地にいたから。
仮に、ここが市街地ではなく、街の結界の外だったならば、幾らかはこの騎士たちにも勝ち目はあっただろう。
その条件であれば、本来設置されている筈の魔導列車の列車砲が使えたはずだし、市民を危険に晒す必要もないことから、存分に兵器を駆使できたはずであった。
しかしそんな言い訳を抜きにしても、彼女がその結果を、たった一人で遂行して見せたというこの事実こそが、彼らにとって、彼女という存在を英雄せしめた。
そう。
たった一人で。
たった四発の魔法で。
「キュルルルルルルル……」
いまだかつて受けたことのない衝撃に困惑し、受けたダメージの悉くが内臓へと浸透していた怪物は、力なく吠え、よろよろと身をおこした。
しかし驚くことに、その姿は最初に対峙していた際の大きさの、ほぼ半分ほどにまで縮んでしまっていたことが明らかになった。
ヌィアールはそれについてこう推測した。
おそらくこれは、一般の動物たちが警戒の際に体を大きく見せるという本能的な威嚇行為と同じものだったのだろう。
魔物は倒したところで姿を消したりしない。
威嚇することで体内の魔力を操って体を本能的に大きく見せる。
それはつまり逆に言えば、怯んだり恐怖したりすれば、元のサイズに戻るか、あるいは縮む。
そう。
この怪物は今、まさにヌィアールという異常な人間を恐怖していたのだ。
しかしここで抵抗しないわけにはいかないと、体を大きく見せているのである。
であれば。
──ジャキッ。
殺意を込めて、ヌィアールが目の前で銃口の魔法陣をヤギの怪物に向けた。
ヌィアールは、こうすればこの魔獣も降参して捕まってくれるに違いないとそう考えたのである。
──しかし、その考えはどうやら早計だった。
「──ッ!?」
なんとヤギの怪物は急に体を一メートル程まで縮小させると、決死の威勢を持って突撃し、懐に潜り込むや否や、再び巨大化して見せたのである。
「ぐぅ……ッ!?」
ヤギの角がヌィアールの腹部にめり込──ませまいと、瞬時に銃身を持ち替え、タリスマンの一番装甲の厚い箇所で辛うじて防ぐ。
しかしそれでも勢いは殺しきれない。
そのまま彼女の体は、巨大化した勢いで宙へと放り出され、勢いよく対岸の崩れた線路内のホームの角に背中を強打させた。
「はぁ……っ……ッ!?」
全身鞭打ちになり、頭がホームの床に強打。
危うく意識を持っていかれそうになるが、持ち前の頑丈さでなんとか耐える。
「はぁ……はぁ……なかなかやるじゃないか」
ボロボロとレンガブロックを崩しながら、高低差二メートルの線路の上に着地する。
完全な油断だった。
まさか魔獣にこのような、戦略と言ってもいい知恵が存在したとは思わなかったからだ。
手元のBA-75eは、基部が無残にも破砕されており、このままでは使い物にならない状態となっていた。
「仕方ない、か」
ヌィアールは腰から肉厚のナイフを引き抜くと、ヤギの怪物がいる対岸のホームへと移動した。
「キュルェェェェ……」
警戒しているのか。
後ろ足を蹴りながら、こちらを注意深く観察していることがわかる。
そんな魔獣に対して、ヌィアールはナイフの切っ先を向け、言った。
「次は油断しないからな」
⚪⚫○●⚪⚫○●
「時間稼ぎの方は順調……とは、言い難くなったッスね……」
一方その頃。
そんなヤギの怪物とヌィアールの戦闘を監視する一人の男がいた。
肩口まである長いプラチナ色のウェーブのかかった長髪をセンターで分け、広く平らな額を露出させた、全体的に強面な青年。
鷲鼻鋭い鼻梁に、逆半月型の目、そこに覗く青灰色の三白眼は双眼鏡に隠れている。
大柄な体を隠しきれない黒いスーツに白いシャツ、薄い水色と白のストライプのネクタイ。
その首元にはチョーカーのような形をしたタリスマン。
彼がいるのは、騎士団詰所とは真逆にある塔。
その最上階の櫓であった。
真下の駅舎の棟は、投入した人造の魔獣《緋角音叉》が破壊したせいで、地上まで丸見えである。
尤も、その《緋角音叉》はたった今、唐突に現れた一人の人間によって制圧されかけているわけだが。
あの金髪の騎士か着ていた黒いコートの肩に描かれた白い十字は、冒険者上がりの騎士であることを示したマークである。
騎士は基本、冒険者からは成ることができない。
冒険者は基本荒くれ者の集団であり、金で動く傭兵で、金銭さえ積めばいくらでも靡く。
故にそう言った傾向のある冒険者らは、基本的に市民の安全を守る騎士には成ることができないのである。
しかし、それは基本的にという話であって、もちろん例外があった。
それがあのヌィアールという女だった。
冒険者が騎士になるには、条件があった。
まず、冒険者ギルドが測定する信用スコアが一京点以上であること。
そして、冒険者ランクがA級以上であること。
この二つが満たされて、初めて冒険者は騎士になる資格を得る。
冒険者ランクがどう言ったものかは、おそらくなんとなくわかるだろう。
これは、冒険者各々の依頼の達成率や戦闘能力などから規定される、いわば冒険者としての強さと信頼の証明。
最低ランクのFから始まり、F+、E、E+……といった風に上がっていき、最高ランクのS+までの十四段階がある。
このランクによって、受けられる依頼の難易度や報酬金額などが変動する。
そして、このランクを上げるには、一定数以上の依頼の達成、一定以上の戦闘能力、そして一定数以上の信用スコアの獲得が必要になる。
この信用スコアというのは、依頼を達成するたびに加点されるポイントである。
逆に言えば、失敗すればするたびに減るポイントでもある。
要するにレート制と呼ばれるものだ。
このレートを一京点集めることが、騎士に転職するには不可欠な要素なのだ。
では、この点数を集めるのがどれだけ大変か。
普通の薬草採取依頼ならば、相場で1pt〜5ptほど稼げる。
簡単な魔物の討伐依頼なら2pt〜20pt。
探し物の依頼であれば10pt〜25pt。
アルバイト系ならば更に効率高く50pt〜70ptを稼ぐことができる。
これを見れば分かる通り、普通の人間が普通のやり方でスコアを稼いで一京点など集まるはずがないのである。
さらにランク昇格には戦闘能力や責任問題などを取り扱う様々なテストまであり、普通に考えてそのやり方で冒険者から騎士に転職できるはずがないのだ。
それをあの若さで達成してみせるということは、すなわちどういうことか。
不正を働いた?
いや違う。
彼女は活躍したのだ、あの暗黒時代で。
魔王軍との戦いに。
それくらいしか、この男──十番には想像することができなかった。
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございますm(_ _)m
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