通院
この世界は、街から街への移動には命の危険を伴う。
なぜなら外には魔物と呼ばれる敵性生物が存在し、人と見れば襲ってくるからだ。
「そろそろかしら」
「え?」
汽車の中、マリアが呟くその言葉に首を傾げていると、先ほど車掌が出てきた床の蓋が開いて六人ほどの人たちが現れた。
先ほど行き先を聞いてきた車掌とは違って、前世で見た学ランのようなデザインではなく、短い黒のレザーコートにパンツ、白のシャツ、その上から軽装の金属製のフリューテッドアーマー。
さらに手にはリボルバー式のライフル──いや、ライフルの形をした黒い魔道具が抱えられている。
あの形状は、たしかアップルティー社のBA-98aだ。
いつだったかウィニスさんに冒険者用のカタログを見せてもらった時に、『カッコいいフォルムだなぁ』って思ったのを覚えてる。
すらりとした長い銃身をしていて、既存では見られない、普通なら外に出ているI型ハートコアの霊圧アンプを銃身内部に閉じ込めたことで取り回しやすくしている。
銃身が長いのは、内部に細長い霊圧アンプが仕組まれているせいだ。
ちなみに型番のBA-98aのBAとは、焼き林檎のノタリコンらしい。
記憶が確かなら、一丁のお値段、なんと百三十二万五千ギル。
俺の小遣いが一年貯め続けて十二万ギル、見習いの給金が月額平均十二万ギル、正社員の平均月収二十二万ギル、スヴィンの平均月収が六十三万ギル。
上の情報を参考にしてみても、この魔道具がどれほど高い代物なのかが分かるはずである。
そんな高い魔道具を持った竜騎士風の人たちは、半数に分かれて車両のベランダに出て、銃口を空中に向けた。
あるいは魔術砲台の首の向きを変えて、何やら狙いをつけた。
どうやら、外にこちらを襲いにきているらしい魔物がいるらしい。
窓の外を眺めながら、彼らの動きを観察する。
「目標、射程距離に入りました!」
「撃て!」
汽車の車輪の音に紛れて、わずかにそんなやりとりが聞こえてきたかと思えば、銃口から魔法が空へ向けて放たれていった。
今の魔法は、単純な力属性の攻撃魔法、ジャベリンだ。
圧縮した力属性の魔力を射出することで、見えない弾丸として敵に攻撃する魔法。
もっともよく知られた魔法の一つだ。
自力で使えるようになるには少しコツのいる難しめの魔法だが、魔道具を用いればそんなものは必要ない。
ただ引き金を引けばいい。
そうすれば装填されたスチームポッドから射出された高圧の蒸気がタービンを回して発電し、その電気が魔力オイルを分解して魔力を抽出し、霊圧アンプを通って銃口の魔法陣に押し流されて魔法が発動する。
しばらくそんな軽い攻防が続いた。
ここではこういうことが茶飯事なのか、車内の中の誰も騒ぎ立てたりする様子もなく、俺も次第に飽きてきてしまった。
「はぁ」
それに、窓際はカニスに占領されて、近づいてよく見る事とかできないし。
魔術砲台も、別段面白い仕組みがあったわけでもない。
これくらいの構造体なら、材料と施設さえ整えば俺でも作れる。
技術停滞、ってやつだろうか?
いや、単に知らないだけかもしれない。
期待外れな戦闘。
もっと派手なアクションが見られたかと思ったけど、現実なんてそんなもんだよな。
これをさらに進化させてやるのが俺の役目──なのかもしれない。
必死に戦ってる人にはちょっと申し訳ないけどさ。
今のような魔道具がない時代。
魔法を使える人はごく限られていた。
簡単な魔法なら、あるいは誰でも使えたかもしれない。
しかし魔法というのはそう簡単に使えるものではなく、自身の魔力を知覚するところから始まり、魔力の扱いを覚え、魔力を練るという作業ができるようになって初めて使えるようになる。
それが今では魔道具の出現によって、魔法陣さえセットすればどんな魔法でも簡単に発動できるようになった。
引き金を引くだけで簡単に、習得するのが困難な魔法も素早く発動できるようになった。
魔法使いの腕の良し悪しがそれまで魔力錬成の速度だとか正確さだとかで決められていた個人の技能は、時代とともに魔法陣の選択の才能へと変化した。
魔道具を操る人の練度へと変化した。
それによって新しく生まれるロマンもあるが、同時に失われたものもある。
諸行無常とはよく言ったものだ。
……そういえば。
レコードの交換を自動でやってる魔道具を見たことがないな。
あったとしても、事前にセットされてる魔法陣を、ハンドルを回して変更してるくらいだし……。
……これはもしかすると、できるのでは?
そうだな、例えば俺のあのリュックに使ってる位相を切り替える魔道具を応用して。
んや、この仕組みはそうか、以前考えてた一瞬で装備を切り替える魔道具と同じ考えか。
なるほどなるほど。
……帰ったらメモしておこう。
そんなことを考えていると、やがて大きな湖──いや、ダムが車窓に現れ始めた。
「きれい」
思わず呟く。
するといつの間にか向かいの席でうたた寝していたらしいマリアが目蓋を開いて、窓の外へと視線をやった。
「あぁ、フルベルト・ダムね。
ということは、そろそろ着く頃かしら」
セリフを言い終わるや否や、汽車が減速し始め、外の戦闘音が若干激しくなり始め──たかと思えばピタリと止んだ。
結界に入ったらしい。
汽車はダムの縁を、汽笛を上げながら走っていた。
午前の太陽がダムの水面を輝かせているのが窓に映る。
汽車の護衛が徐々に車内に戻っていくのをみれば、傷一つない上着が風に揺れていた。
⚪⚫○●⚪⚫○●
フルベルト駅に着いた。
やはり汽車は街と街をつなげるための重要な設備であるためか、駅は豪奢で広く、構内には様々な店がショッピングモールのようにぎっしりと詰まっていた。
そんな駅の中を、今度は逸れてしまわないようにしっかりと手を繋いでメインホールから外に抜ける。
灰色の煉瓦と石灰岩による、どこかローマを彷彿とさせる造りの駅の大きなガラス扉を抜ければ、そこは特に故郷グランドストーンとほぼ変わらない景観が広がっていた。
違う点があると言えば、グランドストーンは駅を出てすぐ巨大な逆丁字路だったのに対し、広い広場と乗合馬車の駅があるくらいだろうか。
「それには乗らないわよ」
乗合馬車──と言っても、牽いているのは馬ではなく首のない馬型のオートマトンなのだが──を眺めていると、マリアが声をかけてきた。
「どうして?」
「予約しないと乗れないからよ」
指差す方向を見れば、確かに『予約制』の文字が印刷された看板が立てかけられてあるのがわかった。
それに下の説明書きをよく読んでみれば、これはどうやら乗合馬車と言うよりも辻馬車に近いものらしい。
……駅伝馬車の派生物だろうか。
(魔導列車ができたから、代わりに市街地を運行するようになった……のかな?)
一度乗ってみたいと思いはしたが、どうやらそれはまたの機会に回すしかないようだ。
公園から真っ直ぐ前方へと伸びるメインストリートを二人並んで歩く。
道路脇には様々な店が並んでおり、駅近くは主に食事処や宿屋が多かったが、進むにつれて武具店に服飾店、それから魔法屋や錬金屋、小規模な冒険者クランの拠点になっているアパートが増え始めていた。
そんな商店街を観察していると、不意に覗いた錬金屋の中に、幻惑魔法で顔を変えているらしい人物が見えた。
「木炭と硫黄、それから硝石をそれぞれ二キロずつ用意してくれないか?」
「すみません、その組み合わせでの販売は法律で禁じられているので──」
木炭と硫黄と硝石……。
黒色火薬の材料か。
懐かしいなぁ、黒色火薬。
学校の授業での実験でやった記憶がある。
グラウンドに出て調合したんだっけ……。
それにしても、購入する物質の組み合わせによっては法律で禁止されてるものまであったんだなぁ。
知らなかったや。
やりとりを小耳に聞いてそんな感想を覚えながら、やがて大きな十字路に出る。
十字路は広く、中心には巨大な噴水が設置されている。
「アリス、もし迷子になったら、この噴水のところまで来なさい。
ここなら人通りも多いし、安全だわ」
「わかった」
噴水を横目に、雑貨屋の角を曲がる。
そうやって進んでいくつかの角を曲がったところで、巨大な建造物が姿を現した。
「ついたわ」
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