DI魔法
「もしかして、私の心臓のこと?」
「そうよ。
あなたは二回、既に死んでるの」
「……ッ!?」
淡々と告げられる、あまりの衝撃の事実に思わず息を呑んだ。
正直、彼女の言葉を信じることができなかった。
なぜならば、生きている中で死んだことがあるという記憶は、前世の最後、猫を助けて死んだ、あの日以外にないからだ。
それ以外で──つまり今生で既に二回も死んだことがあるだなんて。
到底、信じられるものではなかった。
「……あれは、まだアリスが私のお腹にいる頃だったわ。
たしかあれは十一年前くらいだったかしらね。
お腹の張りが強すぎるものだから、医者から四回目の死産を覚悟するよう言われてたわ──。
⚪⚫○●⚪⚫○●
──十一年前/ティル・ナ・ノーグ連邦北部/オルト・アガレト/旧アガレト皇国中央教会付属総合病院/二階二十四号室
「奥様、これ以上お腹の張りが強くなるのであれば、点滴をし続けてもおそらくは死産の可能性はほぼ間違いなく八割を上回るかと」
「そう……」
窓から背の高い精霊樹の見える、中庭に面した病室の一つ。
マリア・トルソンはベッドに背を預けながら、中庭を駆ける子供達の声に耳を傾けながら返事をした。
「また、諦めなければいけないかしらね」
この世界では母体の死亡率は低かった。
現代の地球のように医療技術が発達しておらず、また十五歳の頃には結婚し、十六歳で出産を経験することが多かったのにも関わらずである。
その理由は単純で、出産には回復魔法を使うことができる医者が最低二人立ち会い、母体の生命力をコントロールするからである。
故に、比較的体の小さな彼女が何度死産を経験してもその体に負担は──完全にとはいえないが──無く、こうして四回目の出産を迎えようとしていた。
しかし、そんな母体の健康に反して、新生児の出生率は異常なまでに低かった。
というのも、死んでしまっては蘇生ができないからである。
もし仮に瀕死で生まれることに成功したとしても、生まれたばかりの赤ん坊への回復魔法の行使は難しいため、よく失敗する。
あるいはエルフが作る霊薬のエリクサーを用いれば可能だったかもしれない。
しかしそれはあまりにも高価で、貴族でもない彼女には手を出すことができない代物でもあった。
「それについてなのですが、提案がございます」
白髪の多くなった黒髪をオールバックにした、背の高いメガネの医者がボードを彼女に見せながら口を開いた。
「奥様の旦那様でいらっしゃるスヴィン・トルソン宮廷魔術師様が、以前から研究しておられたDI魔法が遂に完成したとの報告を受けております。
つきましては、被験体としてご息女を──アリス嬢を推薦させていただきたく」
Death intervention Magick ──略してDI魔法。
通称、死亡保険魔法とも呼ばれるそれは、事前に掛けておくことによって、死亡することを条件に生命力を復活させて完全な死亡を回避するというものである。
これまで不可能とされてきたこの魔術こそが、夫スヴィンの研究対象であったのである。
ドクターはこの魔法の治験に参加すれば、あるいは彼女の娘を生きてその胸に抱かせてあげることができるのではと考えたのである。
「しかし、まだこの魔術も完全なものではありません。
もしかすると失敗の可能性も十分にあります」
しかし、これはあくまで提案。
宮内庁からの指示で被験体を集めるよう言われてはいるが、その選抜は院に一任されていた。
だからもし彼女が断るならばそれまでだと思っていたのだが。
「……そうね。
いい加減産んであげられないのも可哀想だし……お願いしようかしら?」
それから、準備は急ピッチで進められた。
死産の危険があったため、なるだけ速く、しかし焦らず。
車輪付きのベッドで施術室まで運ばれる。
お腹に刺激を与えないよう、浮遊の魔法が掛けられる。
「マリア、気分は?」
「良いとは言えないわ」
「そうか。
これに関しては残念ながら俺も手をつけられない。
生まれてくるまで耐えてくれ」
施術を担当したのは彼女の夫にしてDI魔法研究の第一人者、そして心霊科医(魔法関連の医者のこと)でもあるスヴィン・トルソンだった。
金属製のゴーグル、エチルアルコールで消毒し、レッドスキンスライムの皮でコーティングされた布のマスクを口元に巻いた、若き日のスヴィンである。
他にも数名、同じ装備をした宮廷魔術師と医者の助手がついて、プラーナコントロールなどを担当する。
「これより、マリア・トルソン婦人の胎児・アリス・トルソンに対するDI魔法の施術を開始する。
プラーナコントロール、マナコントロール用意いいか?」
「プラーナコントロールA、アクティブです」
「プラーナコントロールB、アクティブです」
「マナコントロールA、アクティブです」
「マナコントロールB、アクティブです」
「プラーナコントロール、およびマナコントロールのアクティブを確認した。
これより術式シークエンスを開始する。
ゴーグル」
「はい」
スヴィンの指示に従って、助手が彼のゴーグルのゼンマイを回す。
透視の魔法が発動して、彼の視界にマリアの胎内、そこで頭を出口に向けて手足を動かして運動する胎児の姿が映った。
胎児は人の形をしていた。
もうちゃんと心臓も動いていたし、全身に血管が行き渡り、血が巡り、丹田のあたりにある魔臓と呼ばれる器官もちゃんと機能していた。
魔臓は体内で魔素を魔力に変換し、蓄積しておく器官である。
体表面の側線と呼ばれる器官から経絡を介して魔素が魔臓におくられ、そこで魔力に変換される。
魔法は魔臓から伸びる魔術回路が精神体を経過し、そこで対応する魔力に錬成され発動するのだ。
そして今回DI魔法を使うに当たって、被験体にこの機構──特に、魔術回路から精神体へ向かうパスがちゃんと備わっているかどうかはとても重要な項目であり、これ無くして施術は不可能だった。
本来ならば側線→経絡→魔臓→魔術回路→精神体へと順番に通らなければならないのだが……残念ながら胎児の場合はこの体表の側線や経絡は機能していない。
胎盤から伸びる臍の緒を通して直接母親から魔力の供給を受けるのだ。
なので今回は母体であるマリアの側線からトレースし、胎児の内部へ術式を送り込まなければならない。
「胎児の魔術回路、および精神体の活動を確認。
これより第二セクションへ移行する。
BL」
「はい」
助手が合成樹脂製の壺の蓋を開けて渡すので、レッドスキンスライム製の革手袋を嵌めた手を突っ込んで掌に塗り付ける。
それから掌を互いにこすり合わせて少しだけ温めた。
「マリア、これから腹にローションを塗るからな」
「ええ」
驚かさないように確認のやり取りをしてから、捲り上げられた服の下、パツンパツンに張った腹部に優しくローションを塗り広げた。
「DIワンド」
「はい」
助手からゼンマイを巻かれた短い杖の魔道具を受け取り、マリアの腹部に優しく突き立てる。
すると事前に組まれた術式が杖を通して胎児の方へと送り込まれはじめた。
このローションはグリーンブロブの体液、アルルーナの蜜、ミストスライムなどの素材から構成されるアイテムだ。
これは緩衝剤として機能し、直接母体の経絡に術式を送り込んだとしてもそれが傷つかないようになるのである。
それに、直接やると母体の持つ術式抵抗──自分の魔力によるものじゃない術式に対して自動的に発動する抵抗力が発動して、上手く施術できないのだ。
「マナコントロールA、術式の出力安定しています」
「マナコントロールB、母体の魔力波形、安定しています」
胎児の側線はまだ未熟であるため、強すぎる魔法の干渉は経絡や魔臓を傷つける可能性があった。
もしそうなってしまえば、仮にDI魔法の施術に成功したとしても生きていけるかわからない。
慢性的な魔力欠乏症か、もしくは高濃度魔力症候群という障害が起きかねない。
下手をすれば最悪、呪腫と呼ばれる腫瘍が発生する可能性だってある。
スヴィンはそれを見越して、慎重に慎重を重ねて魔道具の操作を行なった。
それから紆余曲折あり、施術は完了。
特にアクシデント──例えば破水など──が起こることなく、DI魔法の施術に成功した。
「お疲れ、マリア。
施術は成功だ」
「良かったわ……。
これで、この娘はちゃんと産んであげられる」
術後の彼女は、それまでの不安そうな面持ちから一転して、とても安堵し切った、緩んだ表情をしていた。
「あと二週だ。
……アリス、それまで我慢してくれ」
父であるスヴィンの声に反応したのか、そのお腹を撫でた彼の手のあたりをポコンと蹴る反応が伝わってきた。
マリアたちには胎児の言葉はわからなかったが、きっと理解してくれていると、そう信じたかった。
──しかし、騒動はその晩に起こった。
……あれ、コメディは……?
⚪⚫○●⚪⚫○●
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