慈母
「──なるほど。
冷媒に使うドライアイスとエタノール、それから融点降下を防ぐための魔石の粉末が必要なんだな」
店の奥、商談室。
そこに連れてこられた俺は、修理に必要な素材と用途をウィルに話した。
「にしてもそんなもの、よく買い集められたな……。
毎月の小遣い、一万ギルしかったんだよな?」
「えぇ、まぁ……」
一万しかって……。
平民じゃあ結構高額なお小遣いだと思うんですけどね。
まぁ足りなかったのは確かで、都度金策したりとかしたけど……。
「量はどれくらい必要なんだ?」
「えっと、たぶんこれくらい……」
さっき暗算した情報をもとに必要な量を少し多めに申請する。
「なら、三万ギルあれば余裕だな。
ほとんどドライアイスの値段だが」
苦笑いしながら財布の中から紙幣を三枚引っ張り出す。
ヘロン・ホ・アレクサンドリウスの顔と蒸気機関の絵が印刷されたティル・ナ・ノーグ連邦銀行券、いわゆるお札である。
ちなみに、この世界のお札には偽造防止のため、数パターンの魔力によって反応する特殊インクや月光の持つ魔力によって可視化されるイシルギンというミスリルを使った特殊なインクなどで複数箇所に文字や図式が描き込まれているらしい。
肉眼では見えないけど、こういうのはロマンがあっていい。
俺は差し出された一万ギル紙幣三枚を自分の財布に入れる。
「そしてこれが領収書だぜ。
簡易的なものだが、ちゃんと法的な効力があるものだ、絶対に失くすなよ?」
「き、肝に命じておきます」
領収書も一緒に財布に仕舞って、ポケットの中へ突っ込んだ。
「にしてもすげぇなぁ、嬢ちゃんは。
なんでそんな歳でここまでの知識と技術があるのか気になってくるぜ」
一通りの商談は終わったとばかりに、ウィルことウィルバートがソファの背もたれに体を預けて疑問を口にした。
「それは……えっと、き、企業秘密ということで」
目を逸らしながらとりあえずそう答える。
冷媒とかの知識は前世から得てきたものだとか、さっきの計算式を発見できた理由も前世の知識からによるものだとか、たぶん言っても信じないし。
「ま、そりゃそうだよな。
俺が嬢ちゃんだったらそう答えるし」
それからしばらく彼と雑談を交えて、今後もう一体造る予定のサンプルとしてのオートマトンを作るのに必要な素材の話とかをして、ついでに魔石を必要分購入してウィニスさんの店を後にすることにした。
⚪⚫○●⚪⚫○●
「わふ!」
店を出ると、大人数の子供たちに集られたカニスが尻尾を振りながら近づいてくる姿が見えた。
「お、おまえ……めっちゃ好かれてるやん……」
思わず日本語でそんなことを呟いて苦笑いを浮かべる。
一瞬カニスが戸惑ったような表情をした気がしたが、彼のリードに触れていないので何を考えたかはわからなかった。
しかし何やら驚いているらしいということくらいはわかった。
まぁ、外国語の勉強をしてるところなんて見せたことないし、喋ってるところも見せたことなかったからな。
何を言ったかわからなくて困惑してるんだろう。
なんとか子供たちに話しかけてカニスから離れてもらった俺は、そのままリードを牽いてその場を後にした。
「わふわふ(お嬢、お話長かったですね。お陰で子供たちからたくさんクッキーを貰えましたよ)」
「そりゃ良かったな」
魔導街から外れてグランドストーン駅のあるメインストリート、グランドストーン通りの方へ抜ける。
そこからさらに途中に設置してある噴水の近くの路地から道を曲がって、薬局のある旧ブリューナク通りに出た。
旧ブリューナク通りは、クロエの服の材料を買う予定だった服飾店や、洗剤や歯磨き粉なんかを売ってる薬局なんかが並ぶこの商店街である。
クロエに使ってる冷媒の材料のドライアイスもエタノールもここで買った。
ちなみにエタノールはアルコールだが、ある方法を使えば未成年でも購入することができる。
この国では、条件付きではあるが未成年での飲酒も認められているが、普通は購入には保護者の同伴が必要なので、今の状態では俺には買うことができない。
しかし、エタノールとはつまりアルコール、薬品である。
薬局に行けば無水エタノールが薬品として売られているから、それを購入すればいい。
しかも薬局の方が安く大量に仕入れられる。
なぜならば錬金術師がアルコールランプの燃料としてよく使うからだ。
というわけで薬局で無水エタノールとドライアイスを買ってきました。
今、私は自宅にいます。
「さて、早くしないと昇華しちゃうから、手早くやんないと」
急いでツナギに着替えて、クロエの服を脱がして床に座らせた。
続いて巨大な鉄のタライをクローゼットから引っ張り出して木綿の厚布の上に置き、大量のドライアイスを入れて砕く。
冷媒の作り方は簡単だ。
タライに砕いて入れたドライアイスの中に、エタノールと水を入れて掻き混ぜるだけ。
入れる水の割合で冷媒で冷やせる温度が変わってくれる。
「まずは毛細管現象を利用してクロエの冷媒を全てタライに入れる」
背中の蓋を開いて、冷媒を入れているタンクの蓋を開く。
細長いホースの一端を塞いで流体操作の魔法でホースの中を冷媒で満たして、塞いでいた方のホースの口を解放する。
すると自動的に冷媒をホースが自動で吸い上げてタライの中に注がれていく。
ドライアイスが白い湯気を上げている。
ドライアイスが昇華しているのだろう。
冷媒はエタノールと水の割合でその冷やせる範囲を操作できる。
だから冷媒の性能を操作するには水を足したりエタノールを足したりすることで容易に調整が可能なのである。
「前回の割合が──だから、エタノールをこれくらい足して──」
買ってきたエタノールをタライに注ぎながら木の棒で攪拌する。
攪拌しながら、冷媒の温度を確認する。
温度を確認するのに使っているのは、サーモグラフィーの魔法を使えるようにしたゴーグルの魔道具である。
ツルのあたりでゼンマイがギリギリ回る音を聞きながら、グラスに移る温度表示に注意しつつ、冷媒を調合していく。
完成したら今度はそれをまたタンクの中に戻して……冷媒問題はとりあえずこれでよし。
背中の蓋を閉めて、ふぅ、と大きく息をつく。
「結構時間かかったなぁ」
時計を見てみればもうお昼だ。
……そういえば、マリアがご飯に呼ぶ声が聞こえなかったな……。
時刻は十三時前。
いつもならもうご飯の最中なのに……。
「もしかして、聞き逃した?」
とりあえず作業がひと段落したので、部屋を片付けてから部屋着のブラウスとスカートに着替えて頭界のダイニングに降りた。
⚪⚫○●⚪⚫○●
ダイニングに降りると、ちょうど書類仕事を終わらせたところらしいマリアが顔を上げたところだった。
「あら、アリス。
あなたちょっとお酒臭いわよ?
もしかして部屋で呑んでたんじゃないでしょうね?」
マリアが近寄ってきて、鼻をヒクヒクさせながら尋ねてくる。
「違うよ、冷媒を作るのにエタノール触ってたから」
「エタノール……あぁ、ランプの燃料ね。
にしてもキツすぎないかしら。
どれだけ使ったらそんなことになるの?
ちゃんと火は消した?」
「火は使ってないから大丈夫」
心配そうに質問してくる彼女をそうやっていなしつつ、そういえばと机の上の書類へと視線を向けた。
「お母さんこそ何してたの?」
「あなたの金庫を作るための書類を作ってたのよ。
結構面倒くさいものね……」
お母さん……!
「ありがとう、お母さん!」
嬉しい!
そんなに面倒な手続きだなんて知らなかったけど、それを嫌とも言わずに俺のために作ってくれていただなんて!
感激のあまり、思わず飛びついて抱きしめた。
そしたら少しだけ彼女の顔が驚いたように固まって、それから柔らかい微笑みを浮かべた。
「変ね、今本当の意味で、初めてお母さんって呼ばれた気がするわ」
言われて、ギクリと肩を震わせる。
もしかして、今まで心の中でお母さんって呼んでなかったのバレてたのか?
「……いつもそう言ってるじゃん」
いや、そんなわけないよな。
俺は誤魔化すように笑いながらそう返したのだった。
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