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家族の資格 don't have 双利


 「双利くん!! よかったぁ、目ぇ覚めて……。」


 目覚めたばかりで朦朧とした意識が聞き覚えのある、というより頭の中で常に繰り返し再生している柔らかい声によってはっきりし始める。

 部屋のライトに苦戦しながら目を開けるとメガネの下で涙ぐむ綺麗な女の子が僕の顔を覗き込んでいた。


 まさかのアユリさんである。


 夢と現実の区別がつかなくなったかと生まれて初めて疑ったが光の眩しさや布団の中で自分をつねってみたときの痛みから明らかに現実側だ。


 なんて素晴らしい目覚めだろうか。


 別に自分の目が覚めただけなのでな本来言葉を残すような場面ではないだろうが目覚めたら好きな人がいるというとんでもないシュチュエーションを迎えた僕の気が済まないので一言だけ感想を言わせてもらおう。


 ‐絶景だ。‐


 とりあえず、結婚でもしないと見られなかったであろう景色を脳内に何重にも鍵付保存したことで、一旦落ち着き自分の周りを確認した。

 見たところ、ここは病院の中である。

 それにこの天井やベッドからして母がいる病室と同型の部屋と思われる。

 僕はそのベッドで点滴を刺されていた。

 おそらくさっき学校で倒れた後、母と同じ病院に運ばれたのだろう。


 「大丈夫? 祇峰くん。起きれる? 」


 アユリさんがまた心配そうに声をかけてきた。

 そういえば感動するのに気を取られて目を開けてからしゃべってない。

 とりあえずお礼を言う必要があるだろう。


 「ああ、大丈夫、迷惑かけたみたいで悪いね。助かったよ。」


 「ホンットそうだよぉ、昨日祇峰くん、突然倒れるから鴉根くんと救急車呼んだりして大変だったんだよぉ。まぁ、原因はただ疲れが溜まっただけみたいだから今はゆっくり休んでね。」


 アユリさんは頬を軽く膨らませながら文句のように言うが、その表情とまだ目に光る少しの涙を見ると怒りの感情があるようには思えなかった。


 「本当にありがとうね。おかげで体調も問題なさそうだし、昨日のままでいたらどうなっていたか……ん? 昨日? 」


 アユリさんへの感謝を伝えながら僕はある矛盾に気付いた。

 それはさっき彼女が僕が倒れたのを"昨日"と言ったことだ。

 僕がたった2時間前のことだと思った出来事を、彼女は1日前のことだと言ったのだ。


 何故僕が2時間前という、正確に時間が分かるかというと、さっき部屋を確認した際に目に入った時計が5時を指していたのだ。

 学校の放課後が始まる時間は3時からだからその時間帯に僕は倒れたと思えば、あとは計算はするまでもない。

 その数字を見て僕はてっきりその5時は17時指しているかと思っていたのだが、まさか14時間も寝ていたというのだろうか。

 もし、そんなに親父を放っていたとなると本当にマズい。

 僕は恐る恐る彼女に問いを投げかけた。


 「……あのー、薄明さん?もしかしてこの5時ははどちらかと言えばおはようの挨拶が相応しい5時じゃないですよね?」


「そんなわけ無いじゃん。私、学校帰りだよ? 」


 と当たり前のように答えてくれた。第一、朝5時に見舞いに来るクラスメイトなんてどこにもいないだろう。


 「よかった、そうだよな。平均睡眠時間6時間の僕がそこまで寝れるわけ無いよな……あれ? 」


 僕はまた矛盾に気付く。彼女は僕が倒れたのを"昨日"と言ったのにも関わらず、今は"学校帰り"だというのだ。

 おかしい。

 いや、考え方によっては全然おかしくなんてないのだがそのパターンを僕は認めたくなかった。

 矛盾が生じていると、いや、生じていて欲しいと思いたかっただけなのだ。

 しかし、僕の現実逃避は次のアユリさんの返答ですぐに逃走経路を閉ざされた。


 「あっ、もしかして自覚ない? 祇峰くん、昨日から丸1日以上寝てたんだよ? 昨日の午後3時からだから26時間ってところかな。全然目覚まさないからホントに心配だったんだから。」


 いや、マズい。

 それはマズい。

 ホントにマズい。

 僕のしていた最悪の想定をさらに12時間も超える超最悪の事態である。


 「早く親父と交代しないと……。」


 僕は急いでベッドから起き上がる。


 「ダメだよ!双利くん!もう少し安静に……。」


 アユリさんは僕の肩を押さえながら必死に僕を止めてくる。


 「でもアユリさん、親父が!! 」


 「それは今大丈夫だから! 双利くん! 」


 「2日以上あんな状態で大丈夫なわけない! 」


 「そういうことじゃないから! 双利くんのお母さんも今は安定してるよ!! 」


 「でも……! 」


  コン、コン。


 「は〜い♪。トシトシぃ、そ☆こ☆ま☆で。」


僕の必死の訴えとそれに対する彼女の必死の返答のやり取りは突然のノックオンとアユリさんとは別の、僕に不快感を与える柔らかい声によって遮られた。

 その声の聞こえた病室の扉の方向を見ると肩まで茶髪を伸ばした、お久しぶりな女子大学生が立っていた。


 「お父さんも私が来てから休ませたから大丈夫だよ〜♪。この気が効く素晴らしい完璧お姉ちゃんに感謝するんだネ☆、トシトシぃ。まぁ、私が駆けつけたときには相当憔悴してた感じでパッと見、お母さんよりヤバそうだったけどね♪。」


 そう、姉である。

 僕の姉-祇峰唯芽(ぎみねゆいが)-である。


 姉貴は現在国立大学の4年生。

 このケータイメールのような話し方からは考えられないだろうが相当な優等生である。

 しかも大学への進学までは学校の成績を維持しつつ、ほとんど家事を担当したり、僕の勉強を見てくれたりと母の代わりのような存在をこなしてくれた絵に描いたような超人であった。

 このイラつく口調と僕をからかいまくる性格を除けばたが。(ただ母親代わりという大役を務めてくれたことには素直に感謝しているため、直してほしいとはとくに思わない。)


 しかし今回の突然の登場には驚いた。

 本来姉貴は2つほど県を跨いだ府内の大学に通っているため、年末年始ぐらいしか帰ってこないはずなのだ。

 

 「なんで姉貴がここに? 大学は? 」


 僕は突然現れた姉貴に素朴な質問する。


 「"なんで"って、お父さんが今の状況を連絡してくれたからネ☆。というかそれがなくても実の親がピンチなんだよ? 流石に大学優先ってわけにはいかないよ☆。」


 姉貴は当たり前でしょ、と言わんばかりに僕の質問に答えた。


 「そっか、当たり前……だよな……。」


 僕はなぜか、なんとなく、自然とその答えに違和感を覚えた。

 その答えが不思議に思えてならなかった。


 「お〜い、大丈夫かぁい? まだ疲れてるんじゃなぁい? 今は無理しちゃダメだぞぉ☆ 。お母さんのことは安心して私にまっかせなさ〜い♪ 」


 さっきの応答から下を向いて黙ってしまった僕に姉貴がこの状況にそぐわない軽い口調で声をかける。

 人のことを言えたもんではないが自分の母がピンチだというのに全く心配する様子が見受けられない。

 そのことが目につくと僕は思ってしまった。


 "もしかしたら、姉貴も僕と同じ気持ちなのかもしれない。"


 そう思うと少し気分が軽くなった気がした。 

 自分と同じ気持ちの人間が、自分の気持ちをわかってくれそうな人間がいたということに安心感を抱いてしまったのだ。

 その時の僕はこれが抱いてはいけない全く的外れな最低最悪な感情だとは一切思っていなかった。


 それに気付かず少し楽になった気がした僕は自分を30階建マンションの最上階ぐらいまで棚上げし、いつもと変わらないテンションと口調の姉貴に対して

 "家族としてここまで緊張感のない態度はどうなのだろうか?"

 という "何様のつもりだ。" とその時の自分に何度でも言いたくなるような、抱く資格のない疑問を抱いてしまった。

 そんな最低極まりない疑問を抱いた僕は返事を待つ姉の顔を見て皮肉を言うように


 「問題ねぇよ。はぁ〜、いいよな、姉貴は……。」


 "気楽でいいよな。"

 そう言おうとした。

 でも言えなかった。

 言わなくてよかった。

 もし言っていたら僕は家族以前に人として終わってしまっていただろう。

 それを口に出す直前に僕は……、


 姉貴の顔を見てしまった。


 姉と目を合わせてしまった。


 彼女の心に気付いてしまった。

 


 彼女の両目はこれ以上ないくらい充血して真っ赤になっていた。

 泣きはらしたのであろう涙の痕が残っていた。



 悲しくツラい気持ちを押し殺すために、俺や親父に安心して母を任してもらうためにこんな口調とテンションを続けていたのだ。


 そう、一番無理しているは……一番悩んでいるのは……親父以上に姉貴であった。


 それに気付くとさっき僕が疑問に思ったなぜ帰ってきた?という質問に対して姉貴が当たり前のように答えた理由が分かった。

 

 そう、それが"当たり前"だからだ。


 姉貴にとっては、

 いや、親父にとっても、

 いや、もっと言えば家族ならば、

 "当たり前"なのだ。


 姉貴は今、大学4年生。


 つまり俺と5つ歳が離れている。

 

 つまり彼女は5歳まで母と過ごしている。


 つまり少なからず母の記憶がある。


 つまり母としての母を知っている。


 つまり母が心配でたまらなくなる。


 つまりは……当たり前なのだ。



 でもその"当たり前"が母を知らない僕にはわからなかった。


 だから姉の答え方に違和感を覚えた。

 だから姉貴の帰省に抱くべきでない疑問を抱いた。

 "何故帰ってきたのか" なんて全く聞く必要もなかったことなのだ。


 たった5歳までだったかもしれない。

 たった5年間の差かもしれない。

 でも0と5の差だ。

 その小さくも大きな差が親父だけでなく姉貴とも母へ抱く想いの深さに大きな高低差を生んでいたのだ。


 さっき一瞬でも、こんな家族思いの姉に自分と同じだという汚い仲間意識を抱いたことが悔やまれてならない。


 そして家族の心配よりも自分ことや自分を苦しめる罪悪感のことがいまだに一番に頭によぎる。


 そんな僕はやはり

 母の息子として、

 親父の息子として、

 姉貴の弟として、

 祇峰家の家族として、

 どうしようもなく失格なのだ。


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