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始まりを兆し、終わりを告げる声 hear 双利

 

 「そういえば昨日うちの娘がね……」


 放課後直前のホームルーム。

 中年の男担任が何かを長々と話しているが、今の気分のせいで全く頭に入ってこず、今の話が必要事項なのか無駄話なのかもよく分からない。


 思えば今日は1日中、ノートもほとんど取らずに今と同じ様に窓の外を眺めていた。

 授業を聞いていても母の死や父のと悲しみが何度も頭をよぎり、そのたびに僕の憂鬱を深める。集中なんて出来るはずもなかった。


 こういう気分の時はさっさと帰って寝てしまうのが一番だろうが、今回は睡眠程度で収拾がつけられる気持ちのようには思えない。それに丸一日以上母に付き添っている親父との交代がある。

 あの悲しみの中で長時間ずっと病室の中。精神的にも体力的にも限界を迎えていてもおかしくない。なるべく早く交代しに行ってあげるべきだろう。


 「起立、礼!」


 そうやって放課後の予定を確認しているうちにいつの間にか担任の話が終わっていたようで、学級委員であるアユリさんが号令を出していた。

 僕は考え事の分遅れて立ち上がったが、一番後ろかつ窓際の座席のお陰で誰にも気づかれなかった。さすがクラス人気一位のベストポジション。

5月頭の新学年になって初めての席替えでこの場所を引き当てた自分を褒めてやりたい。


 放課後のチャイムを聞き終えた僕は素早く荷物をまとめて、一番に教室を出た。

 いつもなら部活のあるオサムと生徒玄関までくだらない話をしながらゆっくり歩いていくのだが、また今朝みたいな心配はかけたくないので今日は避けるとこにした。

 親父のためにも病院へ急ぎたい僕は今までにない速さで階段を下る。

 病院は決して近いとは言えないが頑張れば徒歩で行けない距離ではない。

 1時間に1回しかこない田舎らしさ全開のバスを待つよりかは走った方がいいだろう。

 病院への行き方を決めつつ、生徒玄関についた僕が毎日不便極まりない一番下の段の下駄箱にしゃがみ込んで手をかけたその時だった。

 今思えばこれがこれから起こる超常現象の兆しだったのだろう。



 ''ねぇ、うしろ……。"



 突然どこからか声がした。

 聞き覚えのない女の声だった。

 誰だろうか。

 驚いた僕は咄嗟に周りを見渡す。

 だが誰もいない。

 第一こんな早い時間にここにいるのは僕くらいのはずだ。

 気のせいだろうか。


 「おーい、フタリ!」


 謎の声の正体を探していると、今度は聞き慣れた男の声が走る足音とともに後ろから近づいてきた。

 オサムだ。


 「そんな急いでどうした?本当に大丈夫か?」


 かなりのスピードで階段を降りながら僕に対して大声で呼びかけてくる。


 さっきの声はオサムの接近を教えてくれたのだろうか?

 僕は謎の声の意図をなんとなく掴んだ気がしたが、この一件はとりあえず置いておくことにした。

 今は完全に目論みを失敗したこの状況をどうするべきかを考える方が重要と判断したからだ。

 なぜ追ってきたのかは考えればすぐ予想がつく。

 ここに来るまでの一連の行動がいつもののんびりペースと比べて早すぎたのだろう。

 心配かけさせないための行動が結果的に余計な心配を生ませてしまったと思うと自分の計算の甘さには呆れる。

 そんな原因の推測と後悔をしている間にもオサムは近づいてくる。

 焦った僕は思わず"病院まで逃げる"と言う選択肢に手を伸ばした。

 が、やはり僕もまだまだ青い。

 次に耳にした声をトリガーに僕の思春期が発動。逃亡の選択肢を頭の外に投げ捨てた。


 「祇峰くーん!」


 聞くだけで僕の心を落ち着ける柔らかい声が遠くから僕の名前を叫ぶ。

 なんとオサムの少し後ろからアユリさんも走ってきていたのだ。


 まさか彼女も追って来てくれるとは。


 それを見た僕はその驚きとドキドキで校門に向きかけた足を留めてしまう。

 こんな時だというのに心のどこかにそんなことを感じる余裕があるようだ。

 自分の心が余計分からなくなる。


 「お前今日ホントに変だぞ。マジで大丈夫か?」


 と、僕がアユリさんに気を取られている間にオサムが僕の隣に来て心配をしてくる。

 とりあえず誤魔化さねばと思った僕は軽いテンションで


 「"変"って、いつもより少し早く帰っただけだろ? お前を誘わなかったのは悪かったけど、大袈裟すぎだろ? ちょっと用事があるだけだよ、心配すんな。」


 と、大丈夫ですよアピール。

 だが心配そうな顔が変わらないオサムは


 「それだけじゃないだろ。今日何回話しかけても空返事だし、授業中もずっと窓の外見てボーッとしてたろ。昼休みなんか弁当も食わずに。他の奴も心配してたぞ。」


 「えっ、そうなの? 」


 完全に自覚のない僕は咄嗟に聞き返す。

 が、言われてみれば確かに昼飯を食べた記憶がない。

 というか持ってきてない。

 そもそも準備もしていない。 

 ついでに朝飯も食べた記憶もない。

 つまり今日何も口にしてない。

 よく一日過ごしたな僕。


 それに休み時間に何回かオサムや他のクラスメイトに話しかけられたような気もする。何を言われてなんて返事したか、そもそも応答したのかどうかも全く覚えていないが。


 「お前覚えてないのかよ?余計心配だな。」


 オサムは口を開くたびに表情がどんどん真剣になっていく。

 そんな今日の僕をめぐるやり取りの中、アユリさんが息を切らしながら追い付いてきた。


 「祇峰くん、ホント大丈夫?今朝無理して相談しなくていいって言ったけど……今日の姿見てるとさすがにほっとけないよ……。私……私たちに……話してくれない?」


 彼女の言葉は途切れ途切れで、とても苦しそうだった。

 それがただ走ってきたからという理由だけではなさそうなのがなんとなく分かる。

 相当心配してくれているのだろう。

 ここまで親身になってくれることは素直に嬉しい。

 しかしそれ以上にこんな状況にしてしまったことへの申し訳なさも感じる。

 みんなには心配かけまいと平然と過ごしていたつもりだったのに、結局親友二人にこんな顔をさせてしまった。

 なら今どうするのが正解か。下を向いて思考を巡らせる。


 ここで相談すべきだろうか。

 だが今回は状況が状況だ。

 迷惑はかけたくない。

 だがこのままやり過ごす方法は思いつかない。

 でも親父のこともある。

 急がないといけない。

 ならどうすればいい。

 僕はどうすればいい?

 どうすべきなのだ?

 わからない。

 どう考えてもわからない。

 やるべきことがわからない。

 優先すべきものがわからない。

 僕がどうしたいのかもわからない。

 わからない。

 自分のことさえわからない。

 わからない……わからない、わからない、わからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわから……



 ドサッ



 ひとつの音が僕の乱れまくった思考を止めた。


 何が倒れた音だ。なんだろうか。

 音の正体を探ろうと顔を上げる。

 そこにはさらに心配そうな顔で僕にかけよるオサムとアユリさんの顔が見えた。

 何故か90度横になって。

 なんだか突然世界が横倒しになったみたいだ。

 あとオサムが必死にアユリさんに対して何か叫んでる。

 119番……がどうのこうのって言ってる。

 救急車でも呼ぶのか?

 誰か倒れたわけでもあるまいし…….あれ?目の前が暗く……



 ……そうか、倒れたのは僕か。



 それに気づくと異常な空腹感と頭痛が一気に襲ってき始める。

 朝から飯食ってないのと一日中悩みまくったせいだろう。

 確かに倒れても全く不思議はない。

 だが今病院に行かないの親父も限界に……ヤベッ、もう視界が……。



 "今は休みなよ……。"


 

 まただ。

 さっきの女の声だ。

 僕が意識を失うであろう直前に頭に響いてきた。 

 誰だ?どこにいる?



 "まだ気付いていないの? 君の中だよ……。"



 僕の中?どういうことだ?何を言ってる?

 

 

 "そんなことより今寝とかないと体もたないかもよ……。あと少しで始まる……いや、終わるんだから……。"

 


 なんだその物騒なセリフは?どういう意味だ?というかまだ正体を聞いてない。誰だ?なんで僕の中なんかにいる?まず僕の中って……どういう……こと……。


 頭の中で質問を繰り返す最中、声に驚いて回復しかけた意識も流石に限界を迎え始めた。

 だかまだ倒れられない。

 まだ何の答えを聞いていない。それに親父との交代だってあるのに……。


 

 "いい加減眠りなよ……。時が来たら答えて上げるからさ……。だから今は……、



 まだ気にかかること、わからないこと、やるべきことが山積みだったのにも関わらず情けないことにその言葉を聞いたのが僕の記憶の最後だった。



 ……おやすみなさい。"



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