始まりを兆し、終わりを告げる声 hear 双凛
省略部は順次追加 (時期は未定)
「そういえば昨日うちの娘がね……」
その日の帰りのホームルーム。
教壇では父親歴3年の友島先生が最近定番と化している娘の近況話をしているようだ。
聞く耳もたずあくび三昧の男共とは違い、私はいつもなら娘さんの可愛さのあまり聴き入ってしまうのだけれど、今のテンションと悩みのせいか全然耳に入ってこない。
思えば授業中もこんな感じだったなぁ。内容もまったくもって覚えてないし、一応取ってたノートも読み返せないくらいぐちゃぐちゃだ。
休み時間はこのモヤモヤした気分を紛らすために、窓の外見てずっとボーッとしたりもしてた。そんなことで今の悩みが消えるはずないってわかってるのに……
それにもうとっくに24時間以上病院にいるお父さんのことも、ずっと気になり続けてる。
こんな辛い状況の中での付き添い。精神と体力のリミットは私なんかの数十倍の速度で迫ってきてると思う。早く交代してあげないと。
「起立、礼!」
わっと、びっくりしたぁ。
いつの間にか先生の親バカ話は終わっていたみたいで、私にとってはいきなりのクラス委員長アユノによるシメの号令が響く。
私は考え事のせいでワンテンポ遅れて立ち上がったが、一番後ろの窓際特等席での行動は基本的に誰の目にも止まらない。今月頭のくじ運が今でも役に立っている。
キーン、コーン、カーン、コーン
……のキーンが鳴り切る前に教室のドアに手をかけていた私は猛スピードで生徒玄関を目指した。
既に荷物をまとめていたため、ちょうど皆の着席と一緒に鳴り始めたチャイムを聞いた瞬間に駆け出せたのだが周りがすごい唖然としてたな。普通なら放課後部活の子でももっとゆっくりしてから出ていくだろうから帰宅部の私の即帰宅には違和感覚えちゃうのかな?(いや、帰宅部ならこれは優秀な行動なのか?)
ま、そんなこと気にするより今は目的地の病院へストレートだ。
バスで行けるのなら乗って行きたいのだけれど、残念ながら1時間に一回しか来ない田舎バスは5分前に出発したばかりのようだ。歩けない遠さでもないから1時間待つよりか走った方が圧倒的に早いだろうね。
ということで交通手段を徒歩に決定した私は階段を降り終え、自分の下駄箱に手をかけた……その時だった。
思い返せばこれがこれから始まる衝撃体験の兆しだったんだと思う。
''ねぇ、うしろ……。"
えっ、うしろ?
……っていうか誰?
どこからともなく知らない女の子の声が聞こえた。
正体を探して、すぐに周囲を見渡してみた。けれど誰も見えない。
気のせい? 疲れてるのかな?
そう幻聴と決めつけた私がもう1度下駄箱に手を伸ばした瞬間、後ろから激しい足音と共にまたも声がした。
「フタリちゃーーーん! 待ってぇ〜!!」
今度は完全に聞き覚えのある女親友の声だ。
さっきの声はアユリの接近を教えてくれたの?
「ハァ、ハァ、そ、そんなに急いでホントに大丈夫ぅーーー!? 」
アユリは必死に階段を降りながら、そう叫んでくる。
いやまぁ、確かにあんなに早く出てったら心配にもなるか。いつもは二人でゆっくり教室出てるもんね。
親友として私のことを気にして追ってきてくれたのは素直に嬉しい。
でも、話すべき? 相談すべき? あーもう、そんなこと考えてる間にも追いついてきちゃう。
どうするか早く決めないと……
……
………
…………
…………よし、逃げよう。
かなり薄情な答えを出した私は迫りくる親友に背を向けて病院へとダッシュし……かけたその瞬間だった。
後ろから聞こえた別の聴き馴染んだ男の子の声が私の足にブレーキをかけさせた。
「おーい!! 祇峰さーーーん!!」
まったく、ちょっと気になる人の一声だけで決意が揺らぐとはまだまだ私も幼い。
まさかのオサムくんだ。
アユリの少し後ろからすごいスピードで階段を駆け降りてくる。
その様子を目撃した私は自分の想い人が追ってきてくれたという喜びを感じられずにはいられなかった。
あっちも私に気があるのではないかと舞い上がりかけてしまう。
でもそれと同時に、こんな時でもそんな喜びを感じられる余裕が自分がいることにまたも嫌悪感も覚える。
辛さと喜びが入り混じり自分の心がもう全く分からない。グチャグチャだ。
「なぁ、マジで大丈夫か? 祇峰さん、今日ずっと変だぞ??」
その声を聞いてフッと我に帰る。
混ぜこぜな自分の感情に困惑していた間にオサムくんが側に来ていた。
さらに剣道部エースに追い抜かれたっぽいアユリが遅れて近くに来て
「ハァ、ハァ、ホ、ホントそうだよぉ。い、一日中ボーッとしてると思ったら、放課後になった途端走りだすし……なんかあったとしか思えないよ……心配するなって方が無理だって…… 」
と、ツラそうな声で心配をしてくる。
その声の原因が息を整えているからだけではないのはなんとなく分かる。
本当に私のことを思ってくれているって分かる。
ちゃんと答えなきゃいけないって分かる。
でも、答え方が分からない。
これ以上心配はかけたくない。
だけど同じくらい迷惑もかけたくない。
またもいろんな感情が入り混じり、困惑し、結局……
「いや全然、大丈夫だから…… 」
無意識に大丈夫と言ってしまった。
もちろんこんな答えで二人が納得するわけなく、まずオサムくんが
「大丈夫って……その顔はどう見ても無理してるだろ? 」
鏡はないけれど、そう言われてなんとなく自分の表情が浮かぶ。
ああ、酷い顔だなぁ。
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わかんない、わかんない、わかんない、わかんない、わかんない、わかんない、わかんない、わかんない、わかんない、わかんない、わかんない、わかんない、わかんない、わかんない、わかんない、わかんない、わかんない、わかんない、わかんない、わかんない、わかんない、わかんない、わかんない、わかんない、わかんない、わかんない、わかんない、わかんない、わかんない、わかんない、わかんない、わかんない、わかんない、わかんない、わかんない、わかんない、わかんない、わかんない、わかんない、わかんない、わかんない、わかんない、わかんない、わかんない、わかんない、わかんない、わかんない、わかんない、わかんない、わかんない、わかんない、わかんない、わかんない、わかんない、わかんない、わかんない、わかんない、わかんない、わかんない、わかんない、わかんない、わかんない、わかんな……
ドサッ
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……ああ、コレ私が倒れてるのか。
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……今は、おやすみなさい。”