後ろ姿 worry
ヒュゥン……
「あっ、これ軽く念じるだけで戻ってくるんだ……よし、フタリくんもう少しだから待っててね。」
「ああ、本当にありがとう…… 」
操作方法を掴んだ様子のアユリさんは槍に弾かれた水瓶を自分の隣に戻して、僕たちフタリの治療を続けてくれる。
そのおかげで僕の腹に空いた穴も元の半分以下の大きさ。完治はもう目前で、感謝してもしきれない借りを想い人に作ってしまった。この恩はなにをすれば返せるのだろうか。とりあえず僕はありきたりなありがとうを口にすることしか出来ない。
「ほら、フタリちゃんも。今度こそ怪我治すから手を出してっ。」
アユリさんはまだ実感の湧き切らない妹の方に戻したばかりの水瓶を移動させる。
「うん……、お願い…… 」
妹はほぼ女医と言えるアユリさんの言葉に従って両手を差し出すが、その顔は全くの別方向でそっぽを向いたまま。
友達同士とは言え、自分の傷を治して貰う相手に目も合わせないとは失礼な奴……なんて説教じみたツッコミは、その瞳と視線の先を見ればすぐに引っ込んで行く。
クイッ、ビシャアアア……
「鴉根君のこと、心配? 」
左手をかざして水瓶を傾けた直後、アユリさんが潤んだ目の妹に問う。
彼女がずっと見つめているのは敵に向かって歩いていく男の後ろ姿。これから命懸けの戦いに挑むオサムの背中だ。
「心配に決まってるでしょ……、人に穴開けるぐらいの奴と戦うんだよ……? 」
妹はまだ先を向いたままで答え、その震えた声から抱えている不安の大きさを察せられる。
僕らだって命懸けの戦場に送り出した親友に対して当然不安を感じてはいたが、彼女のそれは一線を画しているように感じた。
「心配なのはわかるが、今はアイツに託すしかない。それに敵の鎧状態は明らかに諸刃の剣に見えた。完全回復したわけでもなさそうだし、そう簡単には使って来ない可能性だって十分にある。」
「しかも、彼は全国屈指の剣道選手でしょ? あの鴉根君が簡単に負けるはずないって! 」
僕とアユリさんは妹の不安を拭うための希望的要素を提示する。正直不確定も多いし、オサムのゾディアックとしての実力が分からない今はどれも勝利を確信するに至らない。でも、信じぬく手掛かりぐらいにはなるはずだ。
そして、これを聞いた彼女は……
「そう……よね。信じないとダメだもんね…… !」 バシャ!!
想い人を信じる決意を固めて僕らの方を向き、手に汲んだ癒しの水を自分の顔に勢いよく浴びせた。
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ザッ……
「さぁ、始めようぜ馬鹿谷先輩? アーマード・シェル……!! 」 カチッ
フィーーン……ガシャンガシャンガシャンガシャンガシャンガシャン
槍使いの前に立った俺はブレスレットのボタンを押し、黒い鎧の一部を顕現させると同時に装着した。