重なる大切 double フタリ
‐ 数十分前 ‐
「待ってよ!! 祇峰フタリっ!! 」
「待てよっ!! 祇峰フタリっ!! 」
「フッ…… 」
「フッ…… 」
ヴィーーーーン……バシュンッ
ヴィーーーーン……バシュンッ
「き、消えた……? 」
「き、消えた……? 」
俺と薄明さんを外に残して閉じ切った結界は、二つ同時に目の前から跡形もなく姿を消す。
「チクショ……!! いったいどこにっ!!? 」 ブン!!
すぐに立ち上がった俺は、光の網があったはずの場所を殴ってみるが、拳はただ風を切るのみ。結界は見えなくなっただけでなく、その存在ごと消え失せている。
異次元のフィールドというが本当なら、既にこの次元にはいないということなのだろうか?
「異次元なんて、俺達にはどうしようも…… 」
俺は今結界内にいる手負いの二人のことを思って、強く拳を握る。
助けに行こうにも助けに行けない。
そもそも異次元がどこなのかもわからない。
結界に入る手段を見つけたとしても、ただの人間にはあの槍使いを倒せるだけの力もない。
ここに竹刀があったとしても、俺ではあの化け物じみた動きにはついていけない。
全国大会出場の実力と経験もこの現実離れでは意味を成さない。
彼らを助ける者として、俺達はあまりにも無力だ。
「ここで待つことしかできないのか……!? 」
出来るなら二人の勝利を信じて待ってやりたい。何故か記憶にはないが、そんな信頼を感じられるほどの関係を築いてきたようにも思える。
だが、戦況がどう考えても不利なのだ。ほとんど激突は俺の目に留まることはなかったが、少なくとも怪我を抱えたままで勝てる敵ではないことぐらいは理解できた。奇跡でも起きない限り、あの二人の敗北は必至なのだ。
やはり、助けがいる。
でも、俺達では助っ人になれるだけの力がない。
考えても、考えても、結局自分の無力さを嘆くしかなくなる。
こんなの情けなさ過ぎて……
「気付くべきだったんだ…… 」
二人に押し出されたときの体勢で座り込んだままの薄明さんが虚ろな目で突然呟き出す。
俺の実力不足の自己嫌悪とは違う何かを後悔している顔だ。
「祇峰フタリっていう名前から気付くべきだったんだよ……、祇峰フタリが二人いるって。ただの変わった名前じゃないって。私たちの忘れている誰かが一人じゃなくて二人だったんだって…… 」
「そうだった……な。」
そうだ。俺達が悔いるべきことはもう一つある。
祇峰フタリ。
俺達の中に何故か色濃く残っている名前。
だが、その姿や性別、年齢も一切不明。俺がこの人間とどんな関係性で、どんな感情を抱き合っていたのかは全く分からないし、思い出も記憶もない。なのに、とても大切で手放したくない存在であると心から感じさせられる不思議な名前。思い出さないわけにも、探し出さないわけにもいかないという使命感を与える名前。
その謎の名前を思い出した俺達は曖昧な記憶の中で心当たりのあった二人の男女のどちらかが正体であると推測し、これまた何故か頭に残っていた住所を訪ねた。
まさか、祇峰フタリが文字通り二人いるとは思いもせずに。
確かにキラキラとまでは言えないまでも珍しい響きだったし、性別を思い浮かべられる名前ではなかった。でも、それがどちらでもあったなんて考えは過ぎりもしなかった。フタリという名前の意味をそのまま捉えれば気づけないことじゃなかったはずなのに……
「なのに、私達は一人だけを探してた。だから、彼は女の子に祇峰フタリを譲ろうとしたんだ、自分の祇峰フタリを犠牲にして…… 」
「…… 」
この家を訪ねたときに繰り広げられた祇峰フタリ達による謎の言い合い。そのときは何を怒り合っているのか全く分からなかったが、二人共が同じ名前で、同じ人間達から忘れ去られていたと考えれば理解できなくない内容だと今になって分かる。
そして、そんな譲り合いの選択を迫らせたのは、中途半端な確証で一人の祇峰フタリを探し出そうとした俺達だということも。だから……
「……謝りたい。全部忘れていることも、思い出せなかったことも、全部謝りたい。」
俺達の頭の空白に彼らが当てはまるのは確実。
だが、ここまで広いスペースを頭に残すほど長い付き合いをした存在であったと思えば、あの二人は友達どころではない。もしかしたら、親友という言葉で物足りないかもしれない。そんな存在を俺達は薄情にも忘れ去っているのだ。
それに目覚めたときにあった彼女の顔やさっきの言葉。きっと、俺達は彼らにとっても……
「私も謝りたい。そして…… 」
「ああ…… 」
「……もう一度友達になりたい。」
「……もう一度友達になりたい。」
だからこそ、この状況を何とかしたい。
ここに佇むだけでも、信じるだけでもない。俺たちの手であの二人を助けたい。
「助けたい……! 」
「一緒に戦いたい……! 」
「生きていてほしい……! 」
「だから、あの場所に行きたい……! 」
「俺も力が欲しい……!! 」 グッ……!!
「私も力が欲しい……!! 」 グッ……!!
ピカァ…………!!
ピカァ…………!!
「っ!!? 薄明さん、体が光って……あれ? 俺も? 」
「っ!!? 鴉根くん、体が光って……あれ? 私も? 」
今度は悔しさではなく願望を握りしめた俺と薄明さんの体が強く輝きだす。
「いや、これは…… 」
「いや、これは…… 」
“やっと、セッシャの声が届くようになったでござるな…… ”
“やっと、アタシの声が届くようになったね…… ”
何かが始まる。
何かが聞こえる。
何かが沸き上がる。
そして、穴だらけの記憶パズルが埋まりだす……!
そうだ、アイツは……!! あの人は……!! あの二人は……!!
「フタリさん……、 フタリ…… 」
「フタリくん……、 フタリちゃん…… 」
俺たちの思いと願いは光となって、それぞれの体を包み込む。空白となった記憶のピースが一つ一つ浮かび上がりながら……
・
・
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‐ 現在 ‐
「あー、それは……秘密だ。」
「あー、それは……秘密っ。」
記憶を失っても、神の力を目醒めさせるまでに友を想っていた俺達。
そんな自分を言葉にするのは、やっぱり小っ恥ずかしい。