双利の選択 and 双凛の……
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タッタッタッタッタッ……
タッタッタッタッタッ……
ガラッ
「おい、何してるんだ? 今、君の親友が訪ね……っ? 」
「え……? フタリちゃん……何があったの? なんで……
「なんで、そんなに泣いてるの……? 」
そう。私は泣いている。
目からあふれる雫が頬を伝い続ける。
でもそれは二人の親友を失った叫びとも、二人の記憶保持者を見つけた喜びとも違う。
この涙は……なんだろうか。
いや、なんでもないのかもしれない。
きっと、これは言葉も感情にもできない。
後悔もできないし、絶望に落ちるものでもない。
でも、何かを感じずにはいられない。心は大きく揺らいでいる。
だから、この涙は行き所を見失った私の感情のカタチ……
ならば、私はどんな顔で、どんな感情を抱けばいいのだろうか?
たった今、私が辿り着いた……
祇峰フタリの真実に……、
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「なんで“リ”の漢字だけでてこないだろ…… 」
アユリさんが不思議と一文字だけ思い出せない名前に頭を悩ませる。
予想通り、彼女たちは僕の“利”もアイツの“凛”も思い出すことはないようだ。
「全部思い出せないならまだしも、一文字だけってのは不自然だよな。それにこんな珍しい名前を忘れる気も……てか、この質問なんの意味があるんだ? 」
オサムは名前以前に僕の投げ掛けた質問の意義に疑問を浮かべ出す。
二人からすれば、急に国語の問題を投げかけられたようなもの。(名前が名前だけに国語とは言い難い気もするけれど)
意義を問うのは当然……
でも、本当の問題はここからだ。そして次の回答者は僕。
いや、二択だから選択者と言った方がいいだろうか。
この二人の頭と心にあるのは、祇峰フタリの名前とソイツらが抜けた心の空白スペース。
それは祇峰双利と祇峰双凛の世界融合によって重なった共通点だ。
しかし、この共通点は既に僕らのものではない。重なりあったことでどちらの祇峰フタリの物でもなくなった持ち主不明の残骸。
二つの世界にあったものが一つに融合したことで僕に関する記憶でもアイツに関する記憶でもなくなったのだ。
だから、あの二人の中には祇峰双利も祇峰双凛もいない。いないのだが……
祇峰フタリという彼らの親友としての席は確実に空いている。
そして、祇峰フタリは姿かたちない不確定人物。
その祇峰フタリを祇峰双利として捉えさせるか、祇峰双凛として捉えさせるかでその席には簡単に座れる。
たとえ親友達が過去の記憶を忘れたままでも、彼らの空白に収まることだけは出来るのだ。
しかも、その席をアユリさんもオサムも埋め直すことを希望しているし、自分たちがなにかを忘却しているという自覚を持っているのは都合がいい。さらに希望的に言えば、消えた記憶を僕ら自身の話で補うこともできるかもしれないし、思い出すこともあるかもしれない。
つまり、消滅回避さえ出来れば、居場所はあるってことだ。ただし……
「いや、どこまで憶えてるのか確認したかっただけさ。まぁ、忘れちまってるもんはしょうがない。僕が教えるよ。祇峰フタリの“リ”は……、」
ここで二択だ。僕は選択を強いられる。
どちらを選ぶかで生存後に待っている道は大きく変わる。
いや、実は大した差ではないのかもしれない。どちらを選んで生き残ろうと祇峰フタリはどうせこの親友二人に未練塗れ。どっちかとは変態性がかみ合うだろうし、どっちかには惚れ続ける。結局どこかで関わりを持とうと努力する。
だから0か1かのスタートラインの違いだけだ。
どっちを選んでも目指す目的地は同じ。ならば、僕が譲ろう。涙をこらえた僕が涙を流したアイツに譲ろう。
「凛々しいの“凛”で、祇峰双凛だ。」
一席しかない彼らの中の祇峰フタリを。
「なるほど、祇峰双凛……やっぱり変わった名前だけど、なんだか女の子っぽい名前だね。」
「そりゃ、そうさ。だって僕は祇峰双凛じゃない。」
「えっ!? 違ったの? 」
「えっ!? 違ったのか? 」
「そう、僕じゃない。だって、祇峰双凛は最初出会った時に一緒にいて、今から来るポニーテールの女子高生のこ…… 」
「ふざけんなっ!!!! 」
「……っ!!? 」
「……っ!!? 」
祇峰フタリを祇峰双凛として確立しようした僕の後ろから、すでに聞き慣れたと言える声での怒号が響く。
目の前の二人への説明を途切らざるを得なかった僕が声の方へ振り向くと……
「なに勝手なことしてんのよ…… 」
もう一人の自分、祇峰双凛が立っていた。
納得いかないと言わんばかりの険しさと、何かに対する悲しさを混ぜ合わせたような顔つきで……