祇峰双利 or 祇峰双凛
「……さっき思い出したのかっていってたよね? やっぱり、祇峰フタリっていうのは君のことなんだね? 」
アユリさんが名前を呼ばれた僕の反応を見て、確信を得始める。
「目覚めたときはおかしな質問をする奴らだとは思ったが……俺らがその祇峰フタリの記憶を失ってるのなら、全部納得できるものだったしな。でも、だとしたらなんで全部忘れて…… 」
そうか。この二人は一人に戻った直後に目の前にいた見知らぬ僕らと記憶に空いた謎のスペースを重ねて推理し、その二人のどちらかが祇峰フタリであることに辿り着いてくれたのか。
僕はオサムの疑問交じりの説明で彼らの通ってきた道筋を少し理解する。
でもそれより前になんで名前を憶えているのかが問題だ。会話の流れ的に祇峰フタリを推理することはできても、僕の顔ともアイツの顔とも頭の中で一致しているわけでないらしい。ただ名前だけが記憶にあるみたいだ。でも双利か双凛、どっちの名前のことなのだろうか?
それに住所とか誕生日も憶えてるって言ってたよな? どうして、こんな喜び難い中途半端さで記憶が……? これだって片方の世界にしかない事実じゃ……
いや違う。違うのか。どっちでもあって……どっちでもないのか。
「杉佐多、黒羽さん……アイツ呼んできてくれるか? 」
「あっ、うん。」
あることに気づいた僕は後ろで置いてけぼりにされている二人に、未だここに来ない自分を呼んでくるように頼む。
「分かった。でも、なんて言って呼んでこればいい? 」
「そうだな……、お前の親友達が戻ってきたって言ってやってくれ。」
「……君はそれでいいのか? 」
フッ……、さすが杉佐多。今の話を聞くだけでこの状況も、僕の考えてることも大体察したらしい。
今のを訳せば“後悔しないのか?”って意味だ。
「ああ、だから頼む。」
「そうか…… 」 クルッ……
杉佐多は僕の迷いない答えに納得してくれたのか、頼み通り居間の方に歩き始めてくれる。
「チサトぉ? 今どういうこと……? 」
「何も言うな、コイハル。オレたちの介入できることじゃない。とにかく行くぞ。」
黒羽さんは全く意味が分かってないみたいだが、杉佐多に言われるまま後ろをついていく。
多分、僕らだけにしようとする彼の計らいだ。
「あのー、呼んでくるって誰を? 」
僕と僕以上に見知らぬはずの男の不自然なやり取りにアユリさんが疑問を見せる。
「もしかして、あの時の女の子か? そういえば君が祇峰フタリなら、あの子はいったい…… 」
「いや……逆だ。」
「逆……? 」
「逆……? 」
「なぁ、祇峰フタリって、どんな漢字を書くか分かるか? 」
僕は何の前触れもなく自分の名前の組み合わせを尋ねる。
思った通りならこの二人は……
「えぇーと、“ぎ”は祇園精舎の“祇”で…… 」
「“みね”は山の“峰”だろ。あと“フタリ”は“双”と……あれ? 薄明さんあと分かるか? 」
「ううん……、私も“リ”だけ出てこなくて…… 」
やっぱり、そうなのか。
この二人が憶えているのは両世界にあった物だけ。それは揺るいでいない。
だから、僕の性別が違っても共通していた誕生日や住所は頭に残されていたのだ。
そして、彼らの記憶にある祇峰フタリという名前は正確には“祇峰双リ”。祇峰双利でも祇峰双凛でもない。
ただ同じポジションにいた人間の名前の読みと漢字の大半がたまたま同じだっただけ。
つまり、この二人の中にあるのは祇峰フタリという一つの名前だけなのだ。