人類分裂 side 双利
よし、おおよそ信じられないこの状況を整理しよう。
まず僕らの体が光り出した。
次にオサムとアユリさんがもう一人ずつ現れた。
なるほど意外と二行でまとめれるな。
でも、ここまで意味のわからない二行とは金輪際二度と出会さない自信がある。
これ以上現実味を失った文なんて絶対ない。
だがだからといってこれ以上分かりやすくすることは出来ない。
だってこの状況をありのままを表したのがこの二行なのだから……
とにかくこのままではラチが開かない。
取り敢えずこの現象の続きを話そう……と思ったが無理である。
あの状況を事細かく話せと言われてもはっきり言って不可能でしかない。
何故か。それは地獄だったからだ。
皆さんは本当のパニックというものを見たことがあるだろうか。
知らないなら知らない方がいい。
あまりにも酷かった。この一言に尽きる。
このとき思い知ったのは世の中の人々は冷静であれる人間とそうでない人間の二つに分けられることだ。
他にも分け方はあるのだろうが今回の現象内ではこの二つにはっきり分かれた。
そして問題は後者であり、人類の大半はそこに属していた。
普段冷静ぶってる人も今回ばかりは化けの皮が剥がれたカタチだ。
前者であれるは本当に稀であったと思う。
状況が状況のためそういう人々を責めようとも思えないが、そんな人々が叫ぶ、喚く、暴れ殴り合うを繰り返した惨状を事細かく話す、書き記すといったことは僕には出来ない。というかしたくない。
思い出したくもないトラウマである。
だから比較的冷静でいられたこれからの僕たちの会話の背後では基本的に誰かしらが大声をあげたりしているが、いちいち触れたりはしない。
そこだけご了承を願い、まず結論から先に言ってしまおう。
ほぼ全員が分裂した。
ん?友達二人だけが?
違う。
それとも町の人々だけ?
違うな。
ならば日本全土かって?
それでも今聞くと鼻で笑えてしまう。
そんなに甘くなかった。そんなに小さい規模なんかじゃなかった。
これは後から何とか冷静を保った優秀なキャスター達にによって一日中伝えられたニュースで知ったことである。
同じことが、全人類に起こっていた。
アユリさんやオサムどころか、町中どころか、日本中どころか、世界中の人々ほぼ全員が同時に二人ずつになっていたのだ。
人類全員にもれなくドッペルゲンガー現象である。
パニックが起きて当たり前だ。これで誰かを責められるわけない。
そしてほぼ全員である。
そう、例外である。
僕の知るかぎりでは地球上にたった一人例外がいた。
いや正確には二人というべきだろうか。
確かにソイツにも分裂は起きたのだ。
だが、明らかに他の人々に起きた分裂とは違った。
後にこの一連の大騒動の鍵となることだ。
その時の状況は詳しく話しておこう……
アユリさんらが分裂し、そこからそれが伝染するように周りの人々にも分裂が起きた直後のことである。
「「あなたは誰?」」
「「お前は誰だ?」」
「「私は薄明鮎乃……ってあなたもなの?」」
「「俺は鴉根理だけど……お前もそうなのか!?」」
僕の目の前で二人……じゃない四人が自分同士と質問をし合う。
なんてシーンだ。
顔も服装も声も同じ。
どちらかが偽物なのかと思ったがどちらも同じ人間にしか見えない。
セリフも毎回被っている。
周りの人々の声も同じような感じで二重になって聞こえて来る。
ここまで十分非日常的なことが起こり続けているのだが、これは悪夢の始まりに過ぎなかった。
キキーーーーッ!!
ドカンッ!!
バゴッ!!
バゴーンッ!!
車道の方からだ。
ブレーキ音と何かが衝突し合うような音が次々と鳴り響き、複数の場所から黒煙が上がる。
その原因はすぐに頭を過った。
もし運転手も二倍になっていたら……
考えたくもなかったがきっとそういうことだ。
その音を聞いて二人ずつの人々は逃げ惑う。
まさにパニックだ。
そんな人々を見て僕も
「とにかく逃げよう! 二人とも! 」
見つめ合う二組に叫びかける。
今思えば四人ともというべきだったろうが、そんなことに気が回せるほどこの時の僕は冷静ではいられなかった。
周囲に釣られて咄嗟に逃げるべきだと判断した。
しかし、この呼びかけに対して僕の方を見た四人は突然目を丸くし動きを止めてしまった。
「えっ……フタリくん…… ? 」
「えっ……フタリちゃん……? 」
「えっ……フタリ……?」
「えっ……フタリさん……?」
全員が一斉に僕の名前を呼んだのだが、何故か呼称がそれぞれ違った。
しかも"ちゃん"って、誰か分からんがこんな時にからかってんのか?
だけど何で皆驚いて……
それは自分の手を見れば分かった。
僕の見た限りでは目の前の四人も、逃げ惑う人々も、もう全員に原因不明の分裂が起き終わっているようであった。
既に全員二人ずつであるようだった。
それに対して僕の体は未だに強く光り続けていた。
僕にだけ未だに分裂が起きていなかったのだ。
「えっ…… 」
全員に起きた異常事態の中で僕にだけに起きている異常事態。
そりゃ分裂しないなら分裂しないに越したことはなく、そもそもそんなこと起こらないのが普通なのだが、自分ひとり取り残されていると思うとむしろ不安が生まれてしまう。というかまだ光ってるし。
しかし、その不安は間もなく解決された。
戸惑っている間に突然体が熱くなった。
そう、僕にも皆に遅れて分裂が起き始めたのだ。
分裂が起きて解消されたというのも不思議だがこれで不安は無くなった。
別の不安と引き換えにだったが……
体が熱くなり、光も激しくなった。
あれ? こんな激しい光は他の人達には見られなかった気がする。
「「どうしたんだ!! 」」
「「大丈夫なの!? 」 」
光のせいで前は見えないが、他と比べて明らかに異常な僕を心配する友達の声が複数聞こえてくる。
「うっ…… 」
何かが全身から出てくるような。
そんな感覚が始まった。
痛みはない。
だが、何かが出てくるのだけは分かるという今まで感じたどんなものとも違う気持ちの悪い感覚。
きっとこれはみんなが感じたのだろう。
そして、その感覚はものの数秒で終わり、僕の中の何かは全て出きったように感じた。
まだ光で見えないがなんとなく分かる。
ついに僕の分裂が終了した。
突然の終わりだったため、勢いよく尻餅をついてしまう。
それと同時に同じように尻餅をついた人影が見えた。
少し遅れたがとうとう僕ももう一人の僕とご対面である。
さて第一声は何と言うべきか。
「君は誰?」というのはもうベタすぎる気がする。
自分が目の前にいるのは既に予想がついているからな。
じゃあなんと言おうか?
この短時間でこの超常への免疫がついたのか、そんなことを考られるくらいには心に余裕が出来来ていた。
おっ、光が止んできた。
姿がどんどん見えてくる。
何を言うかなんてことは悩んでも仕方がない。
率直な感想を言おう。
「君は誰?」以外なら何を言ってもそれっぽいセリフになる気が……
「 君は……誰? 」
ついさっきまで言わまいと決めていた言葉をつい言ってしまった。
いや、言わざるを得なかった。
てっきり目の前にいるのは自分と瓜二つの人間だと思っていた。決めつけていた。
だからいざ目の前に現れた人間を見て反射的に言ってしまった。
長く伸びた髪。
それを括ったポニーテール。
僅かに膨らんだ胸。
細い足がくっきり浮き出たニーソックス。
アユリさんと同じ首元のリボン。
アユリさんと同じブレザー。
アユリさんと同じスカート。
どう見ても僕じゃなかった。
どう見ても全く別の人間だった。
性別ごと違う見たこともない女の子だった。
だからさっきの質問である。
この時その謎の女の子も同時に質問をしてきた。
「君は……誰? 」
「あなたは……誰? 」
そして同時に答えた。
姿を見るまでは予想通りで、たった今完全予想外となった答え……
「……僕は祇峰フタリ……えっ?」
「……私は祇峰フタリ……えっ? 」
姿も性別も違うのに、名前だけは何故か同じだった。