解くべき絆 decision
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「おいっ!! 」
タッタッタッタッ……
「 おいっ!! 待てっ!! 」
タッタッタッタッ……
「だから、待てって!! 」
タッタッ……、タッ……、タッ……、タッ……ザッ 。
人違いだと笑顔でオサムとアユリさんに伝え、その前から突然走り去った女の僕をやっと呼び止める。
周りを見渡すと、もう二人の姿が全く見えない病院前。当初の目的地ではあったが、さっきの場所から大分遠くまで来てしまった。
「本当に、アレで良かったのか……? 」
僕は彼女が下した決断について、その背中に聞く。
「なによ……? あなたもこれが正解だと思ってるんでしょ……? 」
「あぁ……、そうなんだが…… 」
確かにその通りだ。さっきの行動は間違いじゃない。
おそらく彼女も僕もあの場所で、同じ人間の同じ台詞が脳を過った。
− 家族に比べたら世界なんてどうなっても良いよ。 −
姉貴が昨日の夜、僕ら二人に残した言葉。
一見すれば、家族への愛の深さを表しているだけだと思うだろう。だが、その裏に家族のためならそれ以外の全てを犠牲にできるという意味が込められていることを僕らは知っている。
そして実際に4人の友人がその命を落とす危険に巻き込まれ、怪我を負った。あんな超人と戦わされたのだから、むしろ命を落とさなかっただけ不幸中の幸い……と、決して軽くない負傷だったのにこんな表現が出来てしまう。それぐらいの大ピンチだった。
しかし、そんな大きな危機に見舞われることをその元凶であった姉貴ならば簡単に予想ができたはず……そのはずなのに僕らの友人を平気で巻き込み、あろうことか覚醒への糧として利用した。
いくら家族のためと言ってもこんな行為が許されるわけがない。こんな方法で何かから救ってもらっても何も嬉しくないし、何もありがたくない。怪我治ることが分かっているとしても、二度と無関係な人間を犠牲にしてはいけない。絶対にいけないのに……
姉貴は平気でそれを許容する。
そして、それは彼女が僕らを想う限りこれからも続く。きっとこれからも犠牲を払い続ける。そんな危険にオサムやアユリさんをこれ以上巻きこみたくない。
でも僕らの近くにいるということは姉貴に利用される可能性を表してしまう。実際にそれが原因で一連のトラブルに遭わせてしまった。せっかく怪我も治ったのに、利用されればもう一度負傷させることにも繋がる。今度襲われれば命が残るかも分からない。何より怪我の完治が人数が戻ったことによるものなら、それは一度きりの奇跡。今から負う傷はもう取り返しがつかない。
だから祇峰フタリは選択した。親友二人から距離を取ることを……
忘れられたことを無理に幸いとして、
人違いという無理な理由を伝えて、
無理に作った笑顔を残して、
人生最大の絆を手放した。
……この選択は正しい。
親友を守るためなのだから後悔もしていない。絶対間違いなんかじゃない。
間違いじゃないし……、咎めもしないが……、良かったのか?と、苦しそうに走り去った彼女の背中を見ればそう問わざるを得ない。
「まだ……間に合うかもしれないぞ。一緒にいれば思い出して可能性だってあるし、忘れたままでも友達にはまた…… 」
僕はもう一人の自分に引き返すことを提案する。
「フフッ……、急に親友と想い人を失ったのに冷静だね……、私は今すぐにでも泣き喚きたい気分なんだけど……あなたは悲しくないの? 」
笑みで強がっているようで、悲しみに満ちていることがすぐに受け取れる口調。
そんな状態の自分より比較的冷静な僕を皮肉と共に責める。
「そんなわけないだろ…… 」
僕にとってもあの二人は特別だったんだ。悲しくない訳がない。涙だって、もうすぐそこまで来ている…….、来ているのだが……
涙を堪えられているのは何故だろうか。
泣けないわけでも、泣きたくないわけでもない。
それでも今の女の自分を見ていると泣いてはいけない気がしてくる。今までで一番悲しむべき場面のはずなのに、さっきから涙を遮るこの感情は一体……?
「まぁ、心配しないで…… 流石に気分はブルーだけど、私だってまだ諦めたわけじゃない。」
自分の感情に戸惑う僕にやっと彼女がこちらに顔を向ける。
その目を見ると、潤んではいるがしっかりと先を見据えていた。
「この世界とか神様の力のこととか全部分かって、全部解決して、お姉ちゃん納得させたらもう一度絶対会いに行く。だから……まだ泣かない。 」
もう一人の我ながら心強い決意を見せてくれるな。
無理しているのは丸わかりだが、それでも大切なものを失ったばかりの人間が出来る選択じゃない。
「そうか……そうだな。まずは全部片付けよう。そして……泣くなら、最後に笑って泣こう。 」
「フフッ、キザな台詞ね……でも賛成。最高の顔であの子達に再開しましょっ。」
タッ
そう覚悟して僕らは涙を飲み、最大の手掛かりともいえる母の病室へと向かう。
絆を取り戻すのはすべてが終わってからでも遅くない。
……と思っていた。事の詳細がわからない中でも解決さえすればこれぐらいは許されるはず、と記憶が取り戻されて欲しいという最大の願いを妥協し、僅かに見出した希望。そんな小さなものを僕らは心の支えとしたのだが……
こんなものはただの気休めでしかなかった。
むしろこの小さくても希望を抱いていたことが、後の絶望をより深いものにしてしまった。
「あっ……親父!! 」
「あっ……お父さん!!」
院内に入った僕らは母の病室前にいた親父に声をかける。
一人しかいなかったからおそらく親父も元の人数に戻ったのだろうが、そこで返ってきた返答は……
「……どちら様ですか? 」
「え…… 」
「え…… 」
僕らを襲う絶望は、
「嘘だろ…… 」
「嘘でしょ…… 」
まだ始まったばかりだった。