忘却の中で never change
「やっぱり……、僕ら自体のことを全て…… 」
たった今、二人からの祇峰フタリの喪失を暴いた彼は唇を噛み締めている。
予想はしていたみたいだけど、実際に突きつけられた現実をまだ飲み込め切れていないみたい……私と同様に。
いや、きっとそれ以上の絶望感に私は浸っていた。
「そ、そんな……、そんなことって…… 」
あまりにも残酷な展開に私は膝から崩れ落ちる。
小学生からの友達で大人になってもきっと付き合い続けるんだと思っていた二人だったのに、こんな一瞬で忘れられるなんて信じられない……信じたくない。
ただ一人に戻っただけだと思っていた。
どちらかの世界人が残っているのだと思っていた。
私を覚えている二人はいつもの様に存在していると思いこんでいた。
……でも、そうじゃなかった。
人類だ戻るのと引き換えに多くの別の当たり前が唐突に崩れ去った。
一緒に朝の軽い省略挨拶
一緒に分からない問題を教え合う授業中
一緒にお弁当を開くお昼休み
一緒にくだらない話題を振り合いながらの帰り道
一緒に喫茶店で新作スイーツを食べる放課後
一緒にドギマギする2月、3月の14日
一緒に準備する……
一緒に行く……
一緒に……
一緒……
一……
……
人類の数なんかとは比べ物にならないくらいの大切な当たり前が、いとも簡単に消え失せて……
こんなの……、もう生きてる意味を奪われたも同ぜ……
「 だ、大丈夫!? いったいどうしたの!? 」
「え……? 」
崩れ落ちてしまった私にアユリが駆け寄ってきてくれる。
私のことを忘れてるはずなのに、知り合いを心配するように。
「ゴメンな、もしかして覚えてないだけで俺らの知り合い? ほら、立てるか? 」
オサム君は立ち上がれない私に手を伸ばしてくれる。
絶対そんなことはないのに、自分たちに非があると考えながら。
「あ、ありがと…… 」
私は差し伸べられた手を掴みながらなんとか立ち上がる。
「それでどうしたの? それウチの制服だし、私たちが何か忘れてるって言ってたよね? やっぱり、覚えてないだけで昔の知り合いさん? そうだったらすごい申し訳ないんだけど…… 」
「ああ、立ち上がれなくなる程のショックを与えちゃったしな……、君たちの名前とか教えてくれるか? もしかしたら思い出せるかもしれないし。」
覚えてないってことは、今の私は自分のことを知らないだけで崩れ落ちる不審者にしか映らないはず……なのに、思い出そうとしてくれている。こんな私にも優しくしてくれる。まるで友達と関わるような暖かさで……
「そっか……そうだよね。」
彼らの温度に触れた私はまだ自分に残っている当たり前に気づく。
この二人は薄明アユリと鴉根オサム。私のことを忘れようと、それは変わらない……姿も性格も私が知っている人間と一切変わらないんだ。今までのことを覚えてないからって、それがどうした。私はこの二人と十年以上友達できてたという事実は絶対にあるんだ。
だったら、きっとここからやり直しても同じくらいの親友になれるはず。もう一度友達になればいい。それだけだ。なんなら今までのことを思い出させるくらいの奇跡が起こせるかもしれない。
もちろんこんなのは不確定。今の状況だって未知なことが多すぎる。この二人の記憶が消えた理由も全く分からない。でも、そんな奇跡を信じられるだけの時間を私達は過ごしてきたはずなんだ。
だから、また私と……
「ゴメン、驚かせちゃったね。ちゃんと自己紹介するよ。私の名前はぎみ…… 」
− 家族に比べたら世界なんてどうなっても良いよ。 −
「っ……!! 」
ある言葉が、ある人間が私の頭を過ぎって言葉を途中で詰まらせる。
「ん? どうしたの……? 」
「ん? どうしたんだ……? 」
目の前の二人は自己紹介を止めた謎女に不思議そうな視線を向けているんだろうけど、私はそれに構わずその後ろのもう一人の自分に目をやる。
「…… 」 コクっ
頷いた……ということは彼は私と同じことを考えている。そして、もうそれを決意している。
ならば、私もそうするしかない。そう告げるしかない。この二人の為には、そうやって解くしかないのだ……
「すぅー……ゴメンっ!! 」
「人違いだったっ!! 」ニコッ
……ずっと紡いできたこの絆を。