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笑い愛、伝え愛、呼ばれ愛 emprace 双利

 5月21日 午後6時

 夏寄りの春だからもうこの時間でも明るい季節だ。

 田舎のわりに自転車の部活帰り学生服や残業から無事逃れたのであろうスーツ姿とそれなりにすれ違う城下町。

 学校裏の山の上には観光目的のライトアップ機能搭載の戦国城が人々を見下ろすように佇んでいる。

 そんな道中、僕とアユリさんは病院からの帰路に就いていた。

 今思うと想い人と肩を並べて歩くという願ってもないシュチュエーションだったのだがその時の僕は別のことで頭が埋まっていた。

 ちなみに普段のこの城下町ルートは1時間強帰宅までに費やしてしまう回り道でしかないのだが話を聞いて貰うにはちょうど良いと言う事であえて選択した。


 そして僕は話した。

 母がもう長くない事。

 親父が悲しんでいる事。

 姉貴が感情を押し殺していた事。

 なのに自分だけ悲しめない事。

 母を知らない事。

 それに対して罪悪感を感じ続けている事。

 そんな感情しか抱けない自分を責め続けていた事。

 全部話した。

 きっと僕が寝ている間に姉貴から聞いていた部分もあったと思う。

 でも何となく自分の口から言うべきなんだろうと思い、イチから全て話した。

 自分の本心ごと話した。


 「そんな僕が嫌いだとか、どうすれば悲しめるのかとかを悩んでるうちに自分は今、母さんと向き合おうとしてるんだ。そのために頑張ってるんだ。必死なんだ。って心のどっかで思い始めてた。」


 自分の弱みも。


 「でも全部ただの虚勢だった。言い訳だった。時間稼ぎだった。さっき姉貴にに言われて気付いた……いや認めた。今の自分に悲しむ術がない事はないってことを。」


 心の底で思っていたことも。


 「だからもう悲しむことは……やめにした。」


 決意も。


 「まだそれがどんなものか分からないけど、きっと僕にとって母さんを見送るに相応しい顔があると思う。 」


 心の事実まで全部伝えた。

 それらを上手くまとめられたのかは分からないが、アユリさんは黙って僕の話をずっと聴き続けてくれていた。

 そんな彼女に後一つ言うべきこと、頼むべきことがある。

 

 「だからそれを探したい。だけど今の僕ひとりで悩んでもその答えは出せないと思う。だから……その…… 」


 言葉に詰まった。

 咄嗟に思い浮かんだ言葉が過剰な表現に思えたから。


 でもこれぐらいしか見付からない。

 ここまで僕の心を表した言葉もないだろう。

 僕は立ち止まり、それに驚いて振り返った彼女に思い切って言った。



 「助けて……ください…… 」



 僕と彼女は見つめあったまましばらく動かなかった。

 たまに通る帰宅最中の通行人がこっちを不思議そうに見てくる。

 今思えば5分も経っていなかったのだが、この時間相当長く感じた。


 「フフフッ、ウフフッ、アハハハハハッ、アハハハハハハハハハ!」」

 

 長い沈黙が終わったのはこの状況にそぐわない明るい笑い声がきっかけだった。

 僕はその笑い声の主を見て驚く。


 アユリさんが吹き出していた。


 笑いを堪えていたのが耐えきれなくなったようで、まるでおかしいものを見るように腹を抱えて笑い出す。

 いや、ここ笑うとこ?とツッコもうと思ったが、すぐに人の事を言えなくなった。


 「フ……フフッ、ハハッ、ハハハハハハッ!」


 その笑顔を見て僕もいつの間にか笑い出していた。




 1分近く笑い合っただろうか。

 アユリさんがやっと笑い止み、それに続けて僕も落ち着く。

 3日ほど悩み続けていたからか笑う事自体久々な気がする。腹が痛い。

 

 「ゴメンね、余りにも堅苦しいもんだから笑っちゃったよぉ。『助けてください。』って……別に……年上でも……上司でも……ないんだ、し……さ…… 」


 彼女はまだ笑い足りなかったようで今にも吹き出しそうな震える声で爆笑の理由を告白する。 

 まぁ、確かに堅苦しすぎた。

 友達への頼み方じゃない。

 やっぱ言わない方がよかったな……と思いかけたが、その考えは次の一言ですぐさま引っ込んだ。



 「でも、ありがと。やっと……言ってくれたね。」



 アユリさんは安堵したようにさっきの爆笑とは違う全てを包み込むような微笑みを見せる。

 笑い過ぎたのかそれとも他の理由からかそんな彼女の目にはまた涙が光っていた。

 どっちにしても今までのような心配の涙ではないのは分かる。

 まだ答えを出したわけでもないのにその微笑みは既に救ってくれたように僕の心を軽くした。

 今まで一人で抱え込んでいたのがバカバカしくなるくらいに。


 「アユリさ……っいや、薄明さん…… 」

 

 しまった。

 女神のような微笑みに対して無意識に彼女の名前を呼んでしまった僕だったがつい下の名前で呼んでしまう。

 頭の中ではいつもそう呼んでいたのが仇となった。

 アユリさっ、いや薄明さんが驚いたようにこちらをみている。ん?ここは僕の脳内だから訂正する必要はないのか。とりあえず焦って混乱しているのは確かだ。

 しかし、慌てふためいて言い訳をを試みる前にのだが彼女は予想だにしない僕の思春期を刺激する一言を言ってくれた。


 「アユリでいいよ。病院でも一回そう呼んでくれたでしょう? 」


 顔赤らめながらそう許諾する彼女につられて僕も落ち着きつつ顔が熱くなる。

 そういえば病院で焦った時、どさくさに紛れてそう呼んでしまっていた。

 その後の姉貴の登場によりスルーされたのだと思っていたのだがしっかり覚えていたらしい。


 「いや……あの時は…… 」


 折角のチャンスなのに焦ると咄嗟に否定から入る。僕の悪い癖だ。

 今迄の微妙な距離感を縮めるチャンスを無駄に()()()()

 そう、()()()()で済んだ。

 彼女がまたも僕にラブコメ的青春サプライズなセリフを僕に与えてくれたからだ。


 「私すごい嬉しかったんだよ、あの時…….。全く頼ってくれないからてっきり ギ・ミ・ネ くんに嫌われてるのかとも思い始めてたから。」


 ハァ、まったく。

 さらに一人で悩んでだ自分がアホみたいだ。

 その行動が逆に彼女を苦しめていたと思うと後悔は絶えないが、最後のあからさまな苗字呼びからして今彼女が返答として欲しい言葉はどう考えても謝罪ではない。

 ちょうどさっきから僕も言いたかったことでもある。

 なら思い切ってきって言ってしまおう。


 「アユリさんっ…… 」


 一度深呼吸した僕はさっき許可を得たばかりの呼称で呼びかけ、


「僕のこともフタリって呼んでくれるか? 」


 この要求を待っていたと言わんばかりに彼女は


「うん、もちろんだよ。双利くん。」


 即答だった。

 お互いの呼び方を許可し合うというきっと後から思い返せば恥ずかしかなること間違いない青々とした出来事ではあるが忘れたいとは絶対に思わない自信がある。

 どうだろう?

 もうここでいっそ告……


 「おーい! 双利ぃー! 」


 走る足音と共に後ろから馴染みある男の声が響き、この先の進展の可能性をかき消した。

 僕はソイツをしばらくの間恨むことになりそうである。


 

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