僕と彼女の小旅行
「のどかだね」
「……そうか?」
放課後、昼下がり。乗客がほとんどいないバスの中、席に座りながら対面の窓に流れる風景を気怠げに眺める。
特に目新しいものもなく、家か店か、畑か田んぼが映るくらい。
部活関係の用事で、僕は彼女とともに僕の地元に来ていた。
ピンポーンと音が鳴り、降車ランプに光が灯る。
バスは緩やかにスピードを落とす。その慣性で僕の体は揺らされる。トンと軽く肩がぶつかる。
もちろんそんなの、どちらにも非はないはずなのに、二人してごめんと謝り合って、少しおかしく思えて笑ってしまう。
バスは止まり、左の方から扉の開く音がした。カツ、カツとステップを降りる音。誰かが乗ってくる気配はなさそうだった。
プシュー、ガシャ、ブロロ、ブロロロロ。バスは再び走り出した。黄金色の稲穂が窓の奥に広がっていた。
「本当に、のどかだね。この近くに住んでるっていう君が羨ましいよ」
「そう? 特にいいところでもないと思うけど」
のどか。たしかに田畑はあるにせよ、全体としてみてみればそこまで規模が広いわけじゃないし、住宅街はあるし、なんならゲーセンやカラオケだってある。
せいぜい田舎寄りの郊外といったところだろう。のどかと言うには、ちょっと弱い気がしなくはない。
「そんなことないよ。自然のあるところで過ごせるだなんていいことじゃない。それに小旅行に来ているみたいでとっても楽しいもん、私。こんなところ、普段こないからさ」
ああ、そういえば彼女は都会在住だったか。
僕にとっては見慣れた、ありふれた日常であったとしても。それは彼女にとっての非日常。好奇心をくすぐり、新たな発見をさせてくれる、素敵な場所になるのかもしれない。
それは逆に、彼女にとっての日常であるコンクリートジャングルと騒々しさが、僕にとっての非日常であるのと同様に。
「そっ……か。そうだね」
窓の奥を眺める彼女の横顔は、それはもういっぱいの笑顔で。見ているこちらまで、彼女の幸せを分けてもらえるほどだった。
その表情が、とてもかわいらしくて。
その感性が、とてもうらやましくて。
僕は少し、欲しくなった。知りたくなった。
彼女の、その瞳が、耳が、どんなものを捉えているのか。
だからだろうか。僕は彼女にこう言った。
「それじゃ、その小旅行を存分に楽しまないとね」
今日は用事できているから、本当はだめなんだろうけど。
ちょっとくらいなら寄り道してもバレないよね。
せっかくの、小旅行なんだから。