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07 襲撃(最終回)

R18版では08でしたが、07に繰り上がっています。

酉一つ(午後5時)


 見回りを終えて御殿に戻ってきたけど、日が没するにはまだ、少し間がある。

 正門のそばに来ると、門番が声をかけてくる。


「おかつ様。おはつとりょうと申す母子が、おかつ様を訪ねて参っております」

「控えの間に案内し、御母堂様にお取り次ぎしています」

「うん、ありがとう」


 朝、田んぼでの最後の手伝いをしてやって来たのね。御殿の奥向きの話は、おっかあに任せておけばいい。この件は、あとは夜の引き合わせとお楽しみだけ。

 2人のことは後回しにして、わたしは和華さんが執務に使う書院に向かう。御殿の2階の奥、東西と南を障子にした広間で、中には文庫のように書類を重ね置く棚だらけだ。

 2階の廊下を進んで部屋の北の襖を遠慮なく開ける。中には和華さん、しずさん、おこうちゃんがいた。

 広間の東側に、1人掛けの机が4つ、4角を描くように置いてあり、窓の障子を背にした一つに和華さんが、その右手の机にしずさんが向かっている。和華さんが話す言葉を、しずさんが書状に書き留めていたらしい。

 和華さんとおこうちゃんはお揃いの格好で、薄青の胴衣に袴姿。長い髪を頭の後の高い位置でまとめて縛って……という若衆みたいななり。しずさんは、薄紫の打ち掛け姿。華美ながらはなく、色合いが淡くて上品だから、いかにもご領主のご正室みたいだ。

 羨ましいことに、おこうちゃんは和華さんの膝枕で、横になっている。ちょっと、それずるいなぁ……わたしもしたい。けど、わたしはまだ、和華さんとお話しないといけない。


「また、内藤さんへのお手紙?」

「そう。もう終わったところだけど……」


 和華さんの声……高くて、澄んでて、聞いてるだけで、背中がこそばゆくなってくる。どうして、ただ話すだけの声が心地よく響くんだろう。謡や読経になると、もっと心地よくて、悪さをする気にもならなくなっちゃう。おこうちゃんは、手紙を口述する声で、うっとりしちゃったのね。感受性が強い。

 多分、普通の人の聴覚だと、そういう響きの効き目が少し小さいのだろうし、しずさんの耐える力はちょっと強め。だから、佑筆が務まるのだろう。

 わたしは和華さんの正面の机に向かって座り、今日の報告。


「製鉄所が面白いものを作っていたわ。堀部への報告は次回の書状でいいと思うけど」

「面白いもの?」

「うん、“てっぽう”と“かやく”」

「火薬は聞いたことがある。鉄砲は?」

「火薬の力で、鉄の管の中から、鉄の球を弾き出すの。弓矢や弩の代わりになって、もっと威力がある……」

「へえ。すごいね」


 西国では鉄の球の中に火薬を入れて爆発させる「てっぽう」(震雷天、焙烙玉)もあるのだけど、説明がややこしくなりそうだから、話題にするのはやめておくことにした。

 それから刺客のこと。前の津山の作事奉行の差し金だと白状したこと。さらに村々を巡っている間の出来事、窯場、呪い塾、製薬所、半田村の立川さんの話……ざっくばらんに和華さんに伝える。合いの手を入れながら、聞いていた和華さんがまとめる。


「刺客に関しては、不覚を取らないでというだけねえ……塾や製薬所での話は諸々と佐藤さんや栗原さんが言ってるような話とつながればいいんだけど」

「ああ、人が死ににくくするって話ね。今日も栗原さんのご高説を承ってきたわ」

「領主としては一理あるのよねえ」

「戦で使い潰しちゃえば身も蓋もないけど。でも、赤子や童が死ななければ、十五年から二十年で、戦に使える人が、うんと増えるのよね」

「実際、今年に入って、赤子が死んだっていうお涙ちょうだいの話があまり聞こえてこないわ。百姓と足軽の垣根を低くすれば、一段と戦に使える人は増えるから、かなり有利になる」

「それと新しく移住してくる人よね。今月も、二軒、新しいお店が始ったけど」

「新しい人たちに、いろいろ手助けする宿場だって評判が立てば、新しく来ようって人も増えるわね」


 そんな感じで話をしていたら、横からの視線がちょっと気になる。しずさんだ。ちらっと見ると、普段は穏やかな顔なのに、眉に皺を寄せている。

 和華さんとわたしとおこうちゃんがおしゃべりをする度のことで今更だけど。

 普通の町娘も同然の喋り方になっているせいなのよね。内容はともかく、喋り方がお武家の内々らしくない。お武家の女の人には、あり得ない話し方なのよね。

 でも、しょうがない。わたしたちはまったく庶民の出なんだから。

 ただ……この人も、わたしとおこうちゃんにおかしくされ、この人の性癖のおかげで、還俗した和華さんもおかしくなっちゃった……。しずさんが、こういう表情をしだすと、和華さんが昔を思い出して豹変する。

 こういう時の和華さんは、苛めが好き……自分の声の効果がすごくわかってる。


「ごめんね、おこうちゃん……」


 ふにゃふにゃに脱力しているおこうちゃんの体を起こして離れると、しずさんの右横に座って、口を耳に寄せて、ぼそぼそ囁く。


「品がなくて、悪かったわ……でも、あなたも、毎晩毎晩、この子たちに責められたり、わたしに苛められたりで、はしたない声をあげてるじゃない……恥ずかしくないのかしら。わたしたちみななのに、あんな風に淫らにされて」

「え?……ええ?」


 和華さんの左手が、しずさんの左の胸に伸びて、膨らみをむんずと掴んで揉む。

 わたしたちに徹底的に嬲られ仕込まれた体だし。和華さんの甘い甘い声で、情欲が一気に煽られちゃう。

 しずさんの体、ぴんとしなって、顔を真っ赤に染めながら、気持ちいい状態にさせられちゃう。


「お武家の女のくせに、わたしのすることに、何もできないの?」

「ねえ、和華さん、わたしも、しずさんを苛めていい?」

「えー? お姉さんたちばかり、楽しいことずるい……おこうにも苛めさせて」


 領主を始めてからの和華さんの堕落っぷりったらない。それに乗ってわたしとおこうちゃんもお楽しみと思ったら、そうは問屋が卸さなかった。

 すうっと襖が開くなり、おっかあが、おはつさんとりょうを連れて入ってきた。

 和華さんとしずさんは、慌てて体を離して、着物を整える。

 おっかあは何食わぬ顔だが、この場の内幕を知らない二人は不安げな表情をしている。

 ううん、違う。不安なのは、そのせいではないみたい。


「お取り込み中、ごめんなさい。外の様子が変です。正門で争い事です」

「あ、聞こえる」


 わたしの狐の耳は、障子戸の外の不穏な音を拾った。


「門番の槍と野盗の刀がぶつかり合ってる」


 おこうちゃんがすぐに反応して、南に面した障子を目の幅だけ開いて覗く……。


「正門……十人くらい。ひどい身なりね。野盗・野武士の類。弓矢はない。正門の上に、弓使いを置いておけばよかったね。何にしても舐められたものだわ、この御殿も」


 おこうちゃんも、わたしも大小の太刀を佩き、たーんと音がするくらい勢いよく南の障子を開く。そして、地面に飛び降り、ふわりと着地……。


「皆殺しにしても、同じことの繰り返しになっちゃう?」

「そうね……」


 立ち上がりながらのわたしの問いかけにおこうちゃんが答える。

 抜刀しながら、正門へと駆け寄る。裏門の五人は動かせない。わたしの聴覚には、裏門も弓弦の音、槍や刀がぶつかり合う音を感じている。裏の方が人が多いみたいだ。でも、裏には一人余計に弓使いを置いているし、大丈夫かな。


「こっちは、殺さずに追い返しちゃおう」

「わかった。派手でも威力のない、こけ脅しがいいわね。これとか……」


ぼうっ!


わたしは刀に念を込め、太刀が炎をまとう。


「じゃあ、わたしは……」


きーん……ぴきぴきぴき


おこうちゃんの太刀は、冷気がまとわりついで、一回り大きい氷の剣と化す。


 槍と剣の長さの差があるとは言え、十人来て、二人の門番が凌げるくらいの腕前しかない屑ども。呪いの力を間のあたりにしただけで、息を飲み、腰が引けている。


「ち、畜生……」

「待て、あんなのこけ脅しだ」


 まあ……確かにそうだけど、本物の炎に氷だから、熱い・冷たいのは確かなのよね。

 じゃあ、もっと脅してあげる。まだ遠い間合いから、わたしとおこうちゃんが呼吸を合わせて、太刀をひと振りする……

 すると、炎の球と氷の礫が、そいつらの足元に突き刺さり、どかんと破裂音を立てる。

 ああ、鉄砲があると、すべての兵がこういうことができるんだ。

 二人が腰を抜かしてへたり込み、ほかの八人は後ずさりした。


「ほうら、どうするの? 全身を焼き焦がしてあげようか?」

「それとも、氷漬けになりたいのかい?」


 山姥になったと思って、しゃがれた老婆の大声を出して、一気に間合いを詰めると、腰を抜かした二人は小便を漏らし、残りの八人も脚がすくんでしまったようだ。しょうがない、遊んでやろうかしら。

 わたしとおこうちゃんは、それぞれ別の男の目の前に跳んだ。それこそ、ちょっと首を傾ければ口吸いができるくらいの間近に。

 そして、空いてる手で、とんと胸を突き飛ばしてやる。あっけなく態勢は崩れ、二人ともよろめいて後ずさり……少し間合いが広がる。


「うわあああああ」

「このやろう!」


 恐怖に心の箍が外れたのだろう。二人は太刀を振り回して、わたしたちを斬ろうとする。だけど、わたしたちは、それをひょいひょいと交わし、相手の喉元や胸元に、炎と氷をまとった剣先をちょっとだけ触れさせる。

「ぎゃあ」とか「ひゃあ」とか、情けない声をあげる男たちを、蹴って転ばせ、さらに別の二人を同じように弄ぶ。


「あなたたち、早く逃げないと、命がなくなるわよ」


 おこうちゃんが、逃げるという選択肢を思い出させてやる。


「裏門の15人も、ほーら……」


 わたしが続けると、ちょうど裏門の方から、悲鳴が次々に聞こえてくる。


「あなたたちも、死にたいのね?」


 2人で声を合わせ、にたりと笑顔を作ると、腰を抜かした2人を残して8人は脱兎のように逃げ出した。

 それを見届けたわたしは、炎を収め、太刀を鞘に差し、代わりに小太刀を抜く。そうして逃げられなかった男の一人のそばにしゃがむ。


「さあ、聞かせて。どうしてここを襲うとしたの? 誰かの差し金?」


 優しい囁き……でも、男の顔は蒼白のまま、震えが止まらないみたい。


「ひぃ……やめ……やめ……」

「聞こえなかった? 誰かの差し金なの?」


 わたしは、小太刀の刃を軽く頬に当てて、引き下げる。すぅっと男の頬に赤い線が入り、血が垂れ落ちる。


「もっと痛い思いしたいの?」

「ち、ちがう……この屋敷の景気がよくて、門番以外は女ばかりだっていうから……」

「ああ、そう? 本当かしら? 誰かに忠義だてしてるんじゃないの?」


 空いてる左手で男の襟首を強く絞るように掴んで絞り上げ、剣先をゆっくり男の左目に近づける。


「ひぃ……本当……ほ、ほ、ほ、ほ、んとう……自分たちで勝手に……」


 男の感情は嘘をつけないほどの恐怖に包まれている。いいわ、じゃあ、楽にしてあげる。

 わたしは、そのまま左目に小太刀を埋めて、そのまま眼底の骨を突き通す……ゴリっと骨を剣先が貫いて、脳髄に達する感触……


「やめ……言った……やめ……あ……ぐは……あぁ」


 何とも締まらない断末魔の声だ。

 恐怖にまみれた魂をいただく……とても美味しい。

 もう1人は……


「あー、やり過ぎちゃった……着てる物が台無しだよぉ」


 おこうちゃんも男を脅しあげて、最後は首筋の血の管を切ったみたいだ。血が飛び散って、着物に派手な返り血の染みができたのは、昼間のわたしと同じ。


「はぁ……ああいう手合いが、襲いにくるんじゃなく、雇われに来てくれないといけないわけね。あなたたちみたいに。ご苦労さま。すまないけど、屍は適当に始末しておいて」


 わたしは門番たちに声をかける。


「はっ」

「よくやってくれたわ。もうすぐ夜番と交代ね。用心するように申し送って、よく休んでね。これは褒美よ」

「はい!」


 わたしは、門番に労いの言葉を掛け、懐の財布から取り出した一分銀を渡す。

 おこうちゃんには雇われ人を労う意識は薄く、わたしを面白そうに眺めている。


「ふふふ……おかつ姉さん。本当にご領主みたい……」

「あら……そうなりたいんだけど、わたしは」


 裏門の様子を見に、わたしたちは振り向いて歩き出した。音で流れを把握している限り、普通に10人ほど斬り殺すか、射殺して、あとは逃げるに任せたみたい。まったく心配はない。こっちは8人、裏は5人も生き延びたら、野盗・山賊・野武士の連中に、わたしたちとこの御殿の恐ろしさが伝わるはず。


「そんなことより、今日の夜は楽しいことになるわ。部屋に母娘がいたでしょ」

「うん。仕込むのね。この御殿で暮らすように」

「娘の方は、まつに責めさせるわ」

「あら、いいわね。あの子もお姉さんになるんだね〜」


 裏門の様子を確認したら、夕餉の席からそのままお楽しみの時間になだれ込んじゃえばいい。

 母娘ともども、淫らで抜けられない世界に落とし込んであげる。

 あとは、まつとりょうを使える呪い師に育て上げ、この宿をわたしたちの都になるように、もっと繁盛させていかないとね。


――了――

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