04 刺客
このR15版では、露骨な性描写のあるR18の05を削除し、その前半部をこのパートに吸収しています。
午二つ(午前11時半)
「天高く馬肥ゆる秋」
昼近くなると秋の空の高さを一段と感じる。ふと思い出したのが、この言葉。
「秋になれば、馬が肥えて体力をつけてくるから、匈奴たちの来襲に用心しろ」
……漢籍に引くそんな言葉だが、この日の本には、地続きで攻め寄せてくる夷などいないから単に時候の挨拶になりそうだ。とはいえ、容赦なく人様の収穫を分取ろうとする奴らは稲刈りの時期に湧いてでてくる。わたしのような目立つ存在をぶっ倒して名前をあげようなんて奴らも後を絶たない。
特に、殿様が領民向けにわたしたちは怖くないという虚報を流してくれたお陰で、勘違いの武芸者や野盗、そいつらと組む呪い師も多く尋ねてくるようになった。一方で、和華さんの元旦那の和尚とその棒組みの神主の言葉を、ようやくそれぞれの総本山は信じる気になったようで、そちら方面のお客様も来そうな予感がしている。
夜はお楽しみの時間を長くとりたいから、わたしが暗い中をほっつき歩くことはない。だから、そういう勘違いな人間が、わたしのところを訪ねてくるのも真昼間が多い。
今みたいに。
外歩きをする日は、製鉄所、窯場を見て、午前中に何か起きていないか、狐御殿に戻って確認するのが日課。窯場を出て、東に大通りをまっすぐ行けば御殿なのだが、歩いてすぐに北へ向かう細い細い道へ入った。
気配を感じたからだ。道端の木々の陰から、わたしの姿をうかがい、後をつけてくる奴らがいる。
窯場を出て、御殿までは畑と民家が散在する。御殿の周辺に旅籠やいろいろな商家ができ宿場町ができあがりつつある。辻も広いから戦いやすいのだが、そこでは人も多い。さすがに、殺しの達人だとか、残虐な殺し屋という自分の姿は、領民には見せたくはない。
今進んでいる道の先には、荒れた広っぱがある。以前は田畑だったのだが、そこに住まう小作の一家が離散して、それ以来放置されていたところだ。
ついて来る連中の実力の浅さは、殺気が漏れているところに表れてしまう……そういうことが分かっていない程度の連中だ。
「5人かぁ……」
肌の感覚でわかるのは、侍3人、修験者1人、法力僧1人。いや、修験者は、元修験者の天狗だ。天狗にもいろいろな種類があり、修験者から物の怪や山の精に体を乗っ取られて、天狗と化してしまう人間がいる。法力僧がいるから、それで再び人界と交わるようになったのかな。
でも、殺気の漏れ具合からして、法力僧も天狗も実力は知れている。
わたしは広っぱの中央に立つと振り返る、腕組みをして微笑む。
「いらっしゃい……わかってるわよ」
街道の左右の木々の間から、出てくる男たち。
侍は3人とも2間(約3.6m)の短い槍を持ち、法力僧と天狗は錫杖を持っている。天狗はぼさぼさの髪に赤ら顔、鼻の長い典型的なやつだ。
わたしから5人まで、だいたい7間(約12.6m)くらい。
侍たちは槍を腰だめに構え、1人が正面に。各1人ずつが左右に分かれる。正面の1人の背後の右に坊主が、左に天狗がいる。
にやにや笑ってる。まあ、わかってる。今までも、初見でわたしやおこうちゃんの実力を見抜いたのは、田上城と氷室城の偉い人たちくらい。野盗の類いなんて十中の九まで、強さの見極めもできないごみだ。
「あなたたち……覚悟はできてるのかしら?」
わたしは普段は呪いで殺気や妖気を抑えている。だけど、今のような状況なら、遠慮はしない。わたしたちのほかに人影のまったくないし、抑えていた殺気や妖気を開放してしまう。
周りはまばらな林だが、バタバタと鳥が羽ばたいて飛び去る音、がさがさと下生えの草をかき分けながら獣が走り去る音がする。
男たちの表情も変わる。驚き、何かに耐えるように歯を食いしばる。顔色が蒼白になる。底が浅いって思ってたけど、野盗よりは大分ましだったわ。鳥獣ほども「気」を読めない連中なんかよりはね。
「な……」
「ちょっと待て……」
「まずい……」
僧は腰を抜かしかかり後によろめく。倒れなかっただけでも褒めてやりたい。
天狗は錫杖をわたしに向けて突き出し、威嚇する。ただ、弱い犬ほどよく吠えるのと同じね。呪いの力は、人よりも強いけど。
侍たちは腕前はいいから、狼狽えない。でも、ジリジリと近寄ろうとした足の運びが完全に止まってしまう。わたしの力を測りかねている。
数字で強い弱いの算盤勘定ができればよいのにね。でも、現実は、体つきや雰囲気、まとっている「気」なんかで見切るしかないのよね。
わたしはもともと若衆姿の若い女で、筋肉が付いているようには見えない。子どもたちが「かわいい」と寄ってくる柔毛の生えた手足、そして9本の尻尾。顔の横に耳がなく、頭部に乗っている狐の三角耳。九尾の狐という触れ込みがあるから、半妖だと思ってもらえ、殿様が強い・恐ろしいという噂を打ち消したから、ますます強いようには思えない。
でも、周囲に発散している呪いの力も、武威も、達人のそれだというのを、5人とも感じ、侍たちは困惑し、僧と天狗は恐怖している。
栗原さんと和華さんが、周防守の屋敷にいたわたしとおこうちゃんの「気」を見て、屋敷を飲み込みそうなどす黒い大穴が開いていると評したらしいけど、多分、この男たちはその片鱗をみているはずだ。
「かかってらっしゃい。遊んであげるから」
老婆のような……そのくせよく通る低音で、そいつらを挑発する。9本の尻尾を孔雀のように扇形に広げ、両手も左右に広げる。腰に佩いた太刀から手が離れ、簡単に柄を握るようには見えない。
普通の人間には「隙だらけ」にしか見えないだろう。
挑発に応じて、左右の侍がジリジリと動き出す。わたしの真横に呼吸を合わせて動き半円に囲むつもりね。
「喝っ!!」
「風神よ、来たれ!!」
正面の侍の左右から、破魔の気と、空気の大きな塊が、わたしの立ち位置に飛んでくる。
ズドンっ!!!
「うりゃ!」
「せい!」
けっこうな破裂音がして、そこに侍たちの気合いの声が重なる。
僧と天狗の呪いによる攻めはそれなりに強く、わたしがそこにいたら傷くらいはついたかもしれない。
侍たちの声は、そこに槍を突きに来たためだが、それも空を切った。
……そう、わたしはそこにいなかったのだ。
ついでに言えば、侍たちの気合いの声は2つしかしなかった……。
「残念ね……もう少し鍛えてから来た方が良かったのかも?」
「ぐっ!!」
わたしは右に飛んで、そちらにいた侍の首に、尻尾を1本、縄のように細くして巻き付けた。そして、僧と天狗に対して、その侍を盾に取ってしまった。
「ぐ……が……はっ……ふ……」
尻尾はきつく気道も血の道も締め上げている。爪先でかろうじて地面に届くくらいまで、持ち上げてもいる。縄で首を括るような感じだ。そのままなら、100数えないうちに、その侍は死ぬだろう。
「ちっ……」
「くそっ」
他の侍たちの反応は早く、盾に取った侍の左右から、わたしに槍を突き込もうとした。だが、わたしの尻尾は、槍のかわりにもなる。
お気の毒だが、4本の尻尾を槍のように繰り出すと、侍たちは受けに回るしかなかった。
さらに、2本の尾を僧と天狗に差し向ける。
天狗が前に出て、僧を守るように、錫杖で2本の尻尾を叩いて防ぐ。
だけど、天狗はそれで足元がお留守になっちゃった。
残り2本の尻尾が、地を這って、天狗と僧に……こっちもヒモのように細くして、それぞれ天狗と僧の脚をからめとって転ばせる。
「ぐあ……」
「ぎゃっ……」
無様な声をあげる2人の脚をそのまま持ち上げて、逆さづりにさせちゃう。
すると、その2人の声に反応してチラッとそちらを見た侍たちに隙ができる。
わたしは右手で刀を2振り……侍たちの脚を斬り払ってしまう。
「ひっ……」
「がっ……」
それぞれ右膝で足を切断されて、地面に転がる侍たち。
「ほら、残念ね。やっぱり鍛錬が足りなかったかしら」
一番最初に首吊り状態にした侍が絶息したので、そいつを投げ捨てる。じわじわ窒息させたから、吸い上げた恐怖心も多かった。
「さあ……相手を測らず襲い掛かったことを、後悔しながら死になさいね」
幼い声で、楽しそうに言いながら、侍たちの左右の手首を、太刀で斬り落とす。
「天狗さん、誰かに唆されたの? 教えなさい……」
逆さづりの天狗の長い鼻に、自由になった尻尾の一つを螺旋に巻き付ける。そして、みちみちと音をさせながら、鼻をすりこ木のようにぐるぐるこねてやる。
「ぎゃーーーーーっ……言う……言うから……ぐは……やめ……ぐぅ……やめ」
隣で逆さづりのままの坊主が、念仏を唱えだしたので、術を使われないように、尻尾の1つを口にぶち込む。
「むが……ぐふぅ……」
「変な気を起こしちゃだめよ、お坊さん。ほら、天狗さん、教えて。誰かにやとわれたのね?」
これだけ2人の体に触れていれば、考えを読むことはできるから、この質問は飽くまで確認のためだ。
「つ……津山の……元作事奉行の……高橋様」
「あらぁ……ほんとに……津山の元お偉いさんね」
一昨年の津山と堀部の戦で、わたしが参戦するのに異を唱えて蟄居を命じられたうちの1人ね。
ふぅん。でも、わたしの実力はわかっていると思ったけど……こういう実力不足の駒を差し向けてきたのは、ちょっと不可解よね。
「いいことを教えてくれたから、報いてあげる。あっさり殺してあげるわ」
この天狗はもともとは人だったから、身体の構造はほとんど一緒……だから……
「がふっ……」
尻尾の1つを鋭くとがらせて、心の臓を一突き。そして、首筋の血の筋も切ってあげる。
ああ、でも、やばい。けっこう返り血を浴びてしまった。
「お坊さん。しゃべれると真言でも唱えそうね。だから、あなたもすぐに死なせてあげる。でも、ちょっと苦しいかな」
口に突っ込んだ尻尾を、槍のようにとがらせ硬くして、この僧の足に巻き付き、吊り下げている尻尾の力を抜いていく。
「あっ…ふ……ぐ……うーーーー」
口に差し込んだ尻尾が、喉、胸、腹と体を貫き……ついに、股間から体を貫いてしまう。断末魔の声さえ出ないまま、苦痛のうちに事切れる……。
血が尻尾を伝って、袴を汚す。
少しむかついたので、その体を転がっている侍の間に、投げ捨てるように叩きつける。
「さあ、お侍さんたちは、苦しんで死にましょうね」
着物の汚れついでだ……動けなくなってる2人の侍は、体中の骨をへし折り四肢を千切って嬲り殺してしまった……
返り血がすごい
胴衣にも、袴にも、薄紅の衣にかなり派手に吹き出した血をかぶってしまった。
しょうがない……いったん御殿に戻って、着替えよう。屍もあのままにしておいたら、見つかって騒動になるかもしれない。物の怪としてのわたしは構わないのだけど、領主の右腕としてのわたしには面倒事が増えるのはいやだ。
速足で裏道を通り、御殿の裏口にたどり着く。
御殿は昔からの侍の屋敷の様式だ。3間の高さでぐるりと土塀で囲まれており、南北に門が設けてある。それぞれの門の上には簡易な櫓を乗せてあり、数人の弓兵を乗せて矢を射かけることができる。
塀のなかには、政務を行う本殿、通常なら領主の私生活の場になる奥御殿がある。それぞれ2階建てだ。それと厨房や女中たちの住む離れ、足軽たちの生活の場と詰所を兼ねる番屋があり、厩もある。結構な広さだ。
わたし、おこうちゃん、和華さんのほか、わたしのおっかあに、津山の奥方の しず、姫だった まつ がここで暮らしている。
「誰かいる?」
「へい」
北の裏門の櫓上から周防守の足軽だった男が、柵の上から顔を覗かせる。
「刺客を打ち殺してきたから、屍を始末してきて」
「へい」
ここにいる5人の足軽は、わたしやおこうちゃんの手足。わたしたちの部下にした当時はほとんど獣も同然にしちゃったのだけど、それだと戦で使いこなすのが難しい。わたしたちの指示がなければ何もできないというのではお話にならないから、今は人としての知力を戻している。
実際、宿場外れで打ち殺した刺客の屍の始末を何度も頼んでいるが、それくらいは上手く判断してやってもらわないといけない。
戦場での戦い方は、元は熟練の足軽たちなので、わたしたちの周囲の守りを任せるに足りる。他にも和華さんから扶持をもらっている雇われの侍がいて、そちらは和華さんの「声」に支配されていて、表向きの警護や役人としての仕事をさせているが、この5人は普段は、わたしやおこうちゃんの汚れ仕事を引き受けている。
「悪いわね、小五郎。頼むわ」
門番に2人を残し、3人が鋤鍬を持って裏門へやって来る。
「なぁに。いつものことだし、2年前にあんたには助けられ、今も美味しい思いをさせてもらっている。持ちつ持たれつだ」
このくらいの話ができた方が、やはり便利だ。
5人の頭は小五郎という槍足軽だ。戦の経験が豊富で、わたしたちが呪いの力で素早さを常人以上に引き上げたおかげで、並みの武芸者では歯が立たないくらいになっている。人間性を回復したとは言え、わたしたちに誑かされているのだから、欲望は深い。女に関しては、わたしたちが骨抜きにして快楽なしでは生きられなくなった女中を当てがってやっている。だから、小五郎たちもわたしの言うことを聞く。
小五郎に場所を教え、後を頼むと、わたしは奥御殿へと向かった。




