03 試行錯誤
巳一つ(午前9時)
半兵衛とはもうちょっと一緒に過ごしたかったのだけど、休ませないと、製鉄所の仕事はあがったりになっちゃう。
鉄砲の試し撃ちも見れて、ここは満足。
半兵衛が製鉄所の六助の家に消えるのを見送って、わたしも製鉄所を後にした。
大沢宿は、2つの郡の豊かさを作る場所。だから、製鉄所以外にもいろんなことを始めている。
その1つが、窯場だ。
ここでも、火を焚き、炉の中で粘土で作ったいろいろな器を焼いている。
これも窯に火を入れたら、一昼夜はかかるので、誰かが火の番をしなければならない。この窯場は、今のところ1人の男が支えている。作務衣姿で窯の前の机に向かい、床几に腰かけ、うとうとしていた。
「相変わらず、悪戦苦闘?」
声をかけると、驚いたように背筋を伸ばして目を開ける。
「ああ……おかつさん。おはよう」
「1人だと大変ね。それに、なかなか成果がでないみたいね」
窯の周りには、完成した器も粘土でよい形をした器はいくつもできている。だけど、焼きあがったものは、今一つ、味わいがない。形が悪いのか、絵付けや色付けがよくないのか。児戯……という言葉がぴったりくる。
「はいはい。なかなか難しいんですよ。この辺の赤土が多い粘土だと、やっぱり陶磁器には向かなくて」
と言うのは、佐藤さんの弟子の隆之介。
堀部と津山の戦が終わって、すぐに関八州の方々に遊学して、陶磁器について学んできた。
目線がきつく、そんなやせてはいないのだけど、神経質そうな印象がある。しゃべれば、普通に話せるし、性格も陽気なのだが、一見してとっつきにくそうで、間違いなく損をしている。
わたしは半兵衛には馴れ馴れしくするけど、この男にはそうしようと思わない。この男は、佐藤さんの弟子でありながら、その妻である朱雀女の情夫だった。
自分の淫らさを棚にあげたいわけじゃあない。おせん自身を籠絡したいとも思っている。でも、あの女の匂いがこびりついてる男には、必要以上にくっつきたくない。
ただ、この宿の発展につながる話は、いくらでもできる。半兵衛には面白半分にじゃれちゃうけど、この男とはそうしたくないというだけ。
この男も窯場で寝ずの番をした明けだ。ただ、製鉄所と違ってここは始めて半年足らず。半兵衛と六助のように助け合えるほどの存在もいない。
……いや、いるのだけど、それは式神だけだ。
「常陸、下野、下総の土は、陶芸に向いてるんですよ。赤土の多いこの辺の土は、古の土器ならいざ知らず、しっかりした形や色付け、絵付けを考えようとすると、どうしても向かない」
「何でかしらね」
(昔の富士の山の噴煙のせいだよ)
「あ、狸ね」
(ああ……)
「よりにもよって、何で狸なのかしらね、隆之介の相棒は……」
(たぬきいうなよ。呼び名としちゃ、火狸なんだからよ。それに、俺は狐どもに含むところはないぞ)
製鉄所の火狐に対して、窯場の火狸……馬鹿馬鹿しいが、人を化かす獣として狐狸という呼び方もあって共に身近なのだ。しかし、単純に考えれば、肉食の獣同士が仲がいいわけがない。
「まあまあ、いがみ合うことはないですよね」
うん、なだめにかかった隆之介はやはりいい奴……神経質そうな容姿と、あの女と通じていることと、狸を相棒にしていることが、わたしの心象を悪くしているだけなのだ。
「ともあれね。灰が土の中に多くて、粘りがない。鉄分が少ない。古河のあたりなら、もうちょっといいんだけど」
「ふぅん」
「土の中に鉄が多ければ、半透明の器だってできるというのは、習ってきたんだけど、さすがにそこまではいかない。この辺の土では、そのずっと前でも難しい。本当に雑器しかできないね」
「残念ね。陶磁器にも向いた高温の窯なら、火狸のおかげで製鉄所と同じにできているのにね」
(ほう……普通に評価してくれるとは驚きだな)
「別に野生の狐狸のように、獲物を奪い合う関係でもないわけだし」
(まあ、それもそうか……)
ともあれ、それはそれでしょうがない。わたしも陶磁器に関心があって作ろうと思ったわけではない。茶の湯という流行に乗れるのなら、お金になるかと思ったのだ。
「ただ……その代わり、いいことを思いついたんですよ。おかつさんは、こういうの興味ないですか?」
一寸足らずの小さな円盤に牡丹の花が描いてある。円盤は釉薬をたっぷりのせた陶器のような艶がある。実際触ってみると滑らかだ。
「あら、かわいいわね。値段しだいだけど、町娘の髪飾りとかによさそうね。うん、大津屋で奉公していたころなら欲しがってたわ。七宝よね、これ」
「あ、さすがに物知り」
「わたしのなかの玉藻さんの記憶には、こういう飾りや工芸品が残ってる」
「製鉄所のおかげで質のいい鉄は作れる。今、細い鉄線を注文していて。こういう小さな鉄の板の上に鉄線で枠を作って、そこに種類の違う釉薬を流し込んで、高温で焼けば……」
「いいわね……あ、これ……そういう飾り物以外にも色付けや絵付けができないかしら?」
「例えば?」
「鉄瓶や鍋……茶碗なんかも、鉄で作って、そこに釉薬をかけて七宝で仕上げられないかしら」
「それ……いただき。七宝なら、高温の窯は必要でも、釉薬が十分に熱せられればいいから、時間をかける必要がない。試しに1つやってみようかな」
牡丹の花の円盤の裏を向けると、そこは留め具を付けられるように、鉄がむき出しになっていた。隆之介は白色の釉薬の容器を持ってきて、水を少し入れて配合を調整すると、刷毛で釉薬を円盤の裏面にまんべんなく、均等に塗った。普通なら、これはなかなかの職人芸のはずなので、隆之介の修行のほどがうかがえる。
明らかに失敗作の素焼きの大きな椀を二つ持ってくると、一つの中に円盤を置き、もう一つをひっくり返して上にかぶせて蓋にしてしまう。
「急急如律令……火狸よ、椀の中を赤熱させよ」
なるほど、粘土質の椀を素焼きにしていれば、熱には強い。試し用に簡易の窯にしたというわけだ。
私は呪いを使って、中の様子を透かし見ることにした。
「下塗り用の釉薬なので、あまりきれいじゃないですよ。普通は、その上にさらに発色の綺麗な釉薬を乗せてもう一度焼くんです」
火狸による火の過熱はけっこう高い温度で、たちまち表面が橙色になる。
(こんなところだ)
隆之介の目には触れないやり方なので、加熱の加減は火狸の判断になる。火狸が過熱をやめると隆之介が厚い小手をはめて、蓋にした椀を取る。
覚めるには、さすがに時間がかかる。
徐々に温度が下がり、色が赤へ、さらに艶を帯びた灰色になっていく。下塗りの灰釉は、色映えがしないが、これで層を表面に作って、そこに綺麗な色合いの釉薬で色付けや絵付けをやるというわけだ。
「こんな具合に釉薬ですっぽり覆っちゃえばいい。そうすれば、鉄も錆びないで済む」
そう……鉄も鋼も、だいたいはいつか錆びる。手入れも必要になる。鉄製の日用品で、激しく使わないものに関しては、何かしら錆びないものを表面に塗ったり貼ったりすることで、錆が出にくいようにする技もある。七宝で覆ってしまうというのも、方法の一つだ。
「こういうやり方を、琺瑯と言ったかしら」
「そうなんですね。これを焼き物の窯でやれば、鉄瓶や鍋でも釉に包むことができますね」
「上手くいきそうなら、製鉄所に新しい注文も増えるわね」
「今日明日でいくつか試作してみて、製鉄所に話を持ち込みますよ」
陶器では無理も、七宝で儲けがでるなら、窯場に投じたお金も回収できる。
「期待してるわね。でも無理はしない方がいいわよ。ここはあなた一人なんだし」
「はい、気を付けますよ」
「それじゃあ、また」
「まだ回るんですね、お疲れさま」
本当にあの女のお手付きじゃなかったら、体を合わせてもいいのになぁ……
いいわ、その分、午後は、あの女をからかっちゃおう。