表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ロマンス場外ホームラン

作者: 吉尾京

悪いのはきっとタイミングだったんだ。

「はぁ」

 もう何度目になるかわからないため息をついて、私は目の前の問題児に向き直った。

 確かに貴族には富める者の義務がある。気高く生きることで弱きを助けることもある。自分への非難も気にせず他人を守るなんて、崇高なことだと思う。

 でも、それは衣食足りている場合に限るとも思うのだ。

 目の前の幼き義妹には、その考えが足りていない。


 私は辺境伯の次女として生まれた。うちの領地は寒さが厳しく、かといって優れた特産物もなく、民は常に貧しい思いをしていた。そんな中で領主だけが贅沢をする訳にもいかず、社交界にも顔を出さずに慎ましく生きてきた。

 母も私達も吝嗇家で、古いものを使い回し、着飾らず、よく働き生きてきた。

 だが、それは貴族の女性としては決して好ましいものではなく、周辺貴族からは鼻つまみ者だった。我が家には世継ぎがいない。なんとかして婿を手に入れなければお取り潰しとなるのに、悪循環を断ち切ることはできなかった。

 私なりに努力もした。たかが一家の跡継ぎ問題でも、貧しいままの領民には大打撃だ。せめて潰れるなら民を豊かにしてから……。そう思うものの、具体的な解決策は見いだせないままだった。

 そんな中、日々の苦労が祟って父がこの世を去った。残されたのは僅かな使用人と女三人。体裁を考えると身体を売ることもできない私達は、ついに行き詰まってしまった。

 しかし、母はそこでめげなかった。輸出入を見直し、危険な洞窟を探索し、水晶が見つかるとたちまち街に活気を取り戻させた。

 そのあまりの辣腕ぶりに、社交界の男は母を嘲笑い罵った。今なら嫉妬だったのだとわかるが、その頃はただ憤慨するしかなかった。


 辺境の女領主が話題になると、その分領地への出入りも増えた。

 私達は領民が潤っても贅沢をする気が湧かなかった。今更、どう贅沢すればいいのかわからなかった。こういうところが女らしくなく、男から嫌われるのだろう。

 しかし誰もが苦い顔をする母の活躍を、心から尊敬する人物が現れた。

 妻を失い傷心の公爵様が、なんと母を見初めたのだ。

 その手腕に敬意を表し、正式に婚姻を求めてきた。母がその手を取らないはずがなく、私達には新しい父と、とても美しい義妹ができた。

 日に焼けて、肌もガサガサ、手荒れも酷く髪もよく梳かしていない私とは大違いの、本物のお嬢様。

 彼女は上品でお行儀もよく、貴族女性としては完璧だった。


 しかし、現状がその美しさを保つ力を持っていなかった。


 公爵様が母に結婚を申し込んだ理由のひとつに、公爵家の再建がある。

 公爵といえば王族に次ぐ地位だが、お金があるかと言われればそうではない。最近飢饉が続き、上手く税を徴収できずにいたのだ。

 それでも美しい義妹は貴族としての生き方を変えようとしなかった。

 まだ社交界デビューも果たしていない子供だが、自分の在り方を痛いほど理解していたのだ。

 高貴な人と政略結婚すれば全て解決する。彼女は本当にそう信じていた。そのために自分の美しさを磨くことを止めなかった。

 流行のドレス。異国の宝石。幾万の薔薇を手折り作る香水。

 社交界に出る前からでも、高貴な方は婚約を結んでいる。彼女はいつか自分よりも位の高い人から結婚を申し込まれると信じていた。彼女より地位のある人間など、王族の他にない。

 つまり彼女はこの国の王子との結婚を夢見ていたのだ。


 しかしこの国の王子は一番下の第三王子でももう三十になる。彼だけは未だ婚約者がいないそうだが、まだ十歳の義妹と結婚するのは無理がある。


 確かに毎月王子の婚約者を決めるための舞踏会が開かれているが、そこに行くことができるのは社交界デビューした娘のみ。まだ年齢が足りない義妹ではいくら美しくても無理だ。

 母の再婚により不本意にも公爵令嬢になった私達姉妹は、年齢もほどよく、半ば強制的に舞踏会に連れて行かれた。

 勿論母も乗り気ではない。身に余るのだ。貧乏伯爵だった頃からは比べ物にならないくらい豪華なパーティは、居場所がなくていつも壁の花だ。

 この歳になっても社交界に出ていなかったので知り合いもおらず、ダンスすらろくに踊れない。

 だから私達はいつもただ端でじっとしているだけで終わってしまっていた。

 そんなつまらないパーティでも、義妹は私も連れて行ってと強請る。

 貴女にはまだ早いと母が冷たくあしらっても、彼女はめげなかった。


 そして、ある日悲劇が起こった。

「一体誰なんだ、あの美しい娘は!」

 会場を一瞬で静めた美貌の姫に、王子が目を向けた。王子は一目で恋に落ちた。だがそれは、落ちてはいけない恋だった。


「な、なんであの子が……?」

「どうやってここまで……」

 王子の心を射止めた少女は、家で留守番をしているはずの義妹だった。

 この舞踏会は王子の婚約者を決めるため、十三歳から十八歳の未婚の貴族令嬢だけを招待している。

 しかし王子の食指は動かなかったのか、今まで一度も誰ともダンスを踊っていない。

 そんな彼が、十歳の義妹にダンスを申し込んでいた。

 傍から見れば美男美女でさぞ魅力的だろう。だが、現実を知っている私達は青ざめるばかりだった。

 王子が今まで誰ともダンスを踊らなかったのは……彼が幼児性愛好者だったからなのだ! 

 三十歳で十歳の子供に性的興奮を覚える。それはいくら美貌の王子でも、百年の恋も覚める衝撃だ。

 他の令嬢達も義妹の身長から薄々気づいているのか、顔を顰めて王子を見ていた。


 いつまでもいつまでも踊っていたふたりだったが、十二時の鐘がなると、義妹は慌てたように去っていった。

 王子は慌てて追いかけたが、間に合わなかったようで、悲しい顔で靴を片方持っていた。

 それはとても小さな靴だった。当たり前だ。義妹はまだ子供なのだから。


 それから王子は靴の主を必死で探した。勿論、探したのは臣下だが。


 最近義妹の機嫌がいい。もしも靴の主が義妹だと知れたらどうなるだろうか。

 公爵なので身分には問題ないが、なにせこの年齢だ。

 私はいつ靴を持った騎士が現れるかと戦々恐々とした。


 国中の娘に靴を履かせて回っているのだ、いくら怯えてもいずれうちにも回ってくる。

 それが今日だった。それだけだ。

「あ、貴女様が……!」

 騎士達はやっとこの苦行が終わると手放しに喜べなかった。靴を履いた義妹が幼かったからだ。しかし王子の命令には逆らえない。

 義妹は身支度を整えると、すぐに城に向かった。


 それから話は早かった。あと三年すれば充分結婚適齢期だからと、王は結婚を許した。そして国中に広まる悪い噂。


 美貌の姫は醜い義姉と継母にいじめられていた。ドレスも着せてもらえず、舞踏会にも行かせてもらえず、粗末な着物に下僕のような暮らし。それでもめげずに努力し続けた心優しい姫は、魔法の力でドレスと馬車を手に入れて、舞踏会へ。王子とロマンティックな恋に落ちるものの、十二時の鐘で魔法は解ける。慌てて逃げた姫は、靴が片方脱げていたことに気づかなかった。王子はその靴から見事姫を見つけ出し、結婚するに至ったのだ。


 ……という根も葉もない噂。私達は義妹にドレスをあまり買ってやれなかったが、それは意地悪ではない。お金が足りなかったのだ。それに、粗末な服で働いていたのはこっちの方だ。義妹は手が汚れるからとひとつも手伝っちゃくれなかった。


 しかしスキャンダラスな噂は真実と相違ない。私達は王子の婚約者をいじめた醜い女として生涯人々から蔑まれることとなった。貴族から見放され、平民から非難され、義父も体裁が悪くなったのか、あっさり離縁した。確かに王族の親戚がこの調子じゃ外聞が悪い。


 私達姉妹は修道院に行くこともできず、かといってどんな変態爺も娶ってはくれず、ついに娼館に安く買い叩かれることになった。

 まだ一度も恋をしていない。心も身体も無垢なままだ。

 しかし行き遅れの醜い悪女とはそういうものだ。誰も救いの手を差し伸べてくれず、私達は娼館で人生の幕を閉じることになった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ