其の八
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煌鷹のSUVは山中に拓かれた道を走っていた。
一旦大間賀に出てから、霧雨市北部黒尾根村へ。
そこからさらに山の奥、碧市東間村へ。
やがて、大きなダム湖に到達する。
久崎ダム。
かるたに「理想の電化に電源群馬」と詠まれる、高度成長期に多く造られたダムの一つだ。
煌鷹はそんなダムに併設された公園の駐車場に車を駐めた。
夏祭りの際には地域住民で賑わう公園だが、当然ながら夜も更けた今はまったく人気がない。
煌鷹が先に立って車を降り、智明をエスコートする。
二人は公園の敷地内に建てられたドライブインの脇を抜け、ダム湖のほとりに出た。
「それで、これからどうするの?」
「そうだな……。実のところ、まだ何も考えられていない。まさか、彼の理解があそこまで進んでいるとは思ってなかったものでね」
「ふーん、そっか」
智明の顔に含み笑いが浮かんだ。
「じゃあとりあえず、あたしの考えたアイディア、聞いてくれる?」
「君のアイディア?」
「そ。あたしだって、伊達に御館様の助手をやってないよ」
「ふむ……。じゃあ、聞かせてもらおうかな」
煌鷹は湖面に眼を落としたまま、腕を組んだ。
「うん。じゃあ、まずは主人公なんだけどね。ずっと一途な想いを抱き続けてる高校生なんだ」
智明は話しながら、煌鷹の背後に回る。
「その相手っていうのが、小さい頃から一緒にいる年上の男の人でさ、若くしてちょっとした有名人なんだ」
「どこかで聞いた話だな。さて、どこだったか」
「まあ、いいから。それでね、その彼は妹にご執心で、主人公のことは単なるお手伝いさん、ぐらいにしか思ってないんだ」
「禁断の恋と三角関係か。確かに好きな人にはとても響きそうだ」
「ふふ、ふ……。でしょ? 主人公はだんだんそのことに気付いて、そしてそのことに我慢ならなくなる」
そこで、智明は話を切った。
「それで、どうしたんだい?」
煌鷹が振り向いた。
その瞬間を待っていたかのように、智明が煌鷹の胸に飛び込む。
「それで、ね。結局、彼を独占することにしたんだ。妹にも、他の女にも、二度と触れられないように」
「…………っ」
「あたしの愛……受け取って」
智明の手には大ぶりのナイフが握られていた。
その刃が滑り込んだ胸に、赤黒い染みが広がっていく。
生暖かい、粘度を帯びた液体がどろりと流れ落ちる。
智明の背後にゆらり、と影が立ち上った。
ローブをまとい、フードを被ったその影は、手にした本のページをめくると、満足げに口元を歪めた。
それを見て、煌鷹は全てを理解した。
「なるほど、悪くない……」
そのまま、二人は久崎湖に転がり落ちていく。
水面に浮かぶ白い月輪が、波紋によって刹那、乱される。
だが、しばらくするとその波紋も消え、湖には元の静寂が戻ったのだった。




