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霧雨市怪奇譚 霧雨の巫女  作者: 野崎昭彦
第七章 地図から消えた村
63/65

其の六

   †6†

 冷え切った空気がひりつき、肌を刺す。

 向き合い、対峙たいじする両者の間に張り詰めた緊張が実体をなしたかのように。

 八尺様はっしゃくさまは、祭壇まであと少し、というところで彼女にさえぎられる形で止まっていた。


 ぽ。


 ぽぽ。


 ぽぽぽ。


 八尺様の、あの気味の悪い笑い声。


 しゅう!


 それに対して、彼女の方も威嚇音を立てて対抗する。

 それでも向き合ったまま、数分。

 その緊張感に、雅紀まさきはだんだんと息苦しくなっていった。


 ぽぽぽぽぽ。


 しゅうぅぅぅっ!


 威嚇の応酬は続く。

 力が互角ゆえに、り合っているのか。

 それとも、煌鷹こうようを警戒して思い切った行動に出られないのか。

 雅紀は武器を探そうと視線を巡らせたが、そんなものは全て彼女の手にある。

 なにもできず、見守るしかできない。

 それでもなお、雅紀は頭を回転させた。

 思い出せ、いままでを。

 小豆あずきから学んだこと、学ばされたことを。

 小豆から与えられた資料は膨大ぼうだいで、実のところ半分も読み終わっていない。

 だが、そんな中途半端な状態でも、何か彼女を助ける術はないのか。


「そうだ……小豆は、最後には乱暴な口調になってたっけ……」


 知らず、考えていたことが口に出る。


「強い言葉の方が効果が強くなる? いや、違うな……」


 あと一歩、あと一歩で正解にたどり着きそうな気がする。


「そう、言霊ことだまだ。だから小豆は……」


 悪鬼悪霊に対する最強の武器だ、と何かの本にあった気がする。

 雅紀は思いきり息を吸い込んだ。

 吸い込んだ冷気が喉を刺し、肺腑はいふへと落ち込んで胸を冷やす。

 それを意に介さず、雅紀は両手を口元に当てた。


沼御前ぬまごぜん!! 後のことは気にするな! 全力で敵に当たれっ!」

「山のものは山へ還れ――っ!!」


 対峙する両者に向けて放った叫び。

 八尺様が、わずかに揺らめいた。

 そのわずかな隙を逃さず、彼女が動いた。

 剣を振るい、槍をり、八尺様をやしろの外へ弾き飛ばす。

 四肢ししを使って受け身を取った八尺様は四つん這いのまま、顔を上げて彼女を見据えた。

 長い髪に隠されて、雅紀の場所からその顔をみることはできない。

 だが、雅紀には八尺様が怒っているように思えた。

 彼女が次の行動に移ろうとした時、突如として八尺様が吠えた。


『――――――!!!!』


 金属を擦り合わせるような、高く不快な音が、物理的な衝撃を伴って押し寄せ、雅紀は後ろへ吹き飛ばされてた。

 さほど広くない社殿の床をごろごろと転がり、壁に背中をしたたか打ち付けた。


「うっ……ぐ」


 衝撃で息が詰まる。

 そのかすれた視界で、雅紀で彼女に顔を向けた。

 彼女は岩戸を楯のように構えて絶叫に耐えていた。


『雅紀、無事かしら?』


 問われて答えようとしたが、一気に空気を吸ったせいか、みっともなくき込んでしまう。


『ふふ、ふ……。とりあえず、生きてはいるようね』


 彼女は満足げに笑うと、神楽鈴かぐらすずを振りはじめた。


 しゃらしゃらしゃらしゃらしゃら……。


 神楽鈴の音に圧倒されるように、八尺様の絶叫の声が徐々に小さくなっていく。

 やがて、八尺様の四肢から力が抜け、力なく崩れ落ちた。

 彼女はするすると地面を這って八尺様に近寄ると、その面前に大幣おおぬさを突き立てた。

 そのまま、大幣で地面に線を引く。

 かかかっ、と地面をく音。


『さあ、お行きなさい』


 彼女に促されるように、八尺様はよろよろと線の引かれた方へと去って行った。

 社ではなく、その裏手の山へ向かって。

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