其の一
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大徳学院高校の情報処理教室には、スニーカーの箱を二つ並べた程度の大きさのタワー型のパソコンと、それに見合った小市民的な大きさの液晶ディスプレイが並んでいる。
一応は、今年度になって更新された最新モデルだそうだ。
浅井雅紀は中端煌鷹の宣言した『地図から消えた村』を探して、霧雨市周辺の地図を開き、見比べていた。
二人は煌鷹が去ってすぐ校内にとって返し、情報処理教室のパソコンを使って煌鷹の目的地を探すことにしたのだ。
『地図から消えた村』は小説『REBELLIOUS』では昭和の中期に廃村になった集落で、山に潜む亡霊が異形の姿を見せて徘徊する危険な場所だと描写されていた。
しかし、周辺の地理に関する情報が少なすぎてモデルとなった場所の特定には至らない。
仕方なく一つ一つの集落に対して、建物の配置を参照しているのが現状だった。
「うー……。目が痛くなる……」
ぐっ、と椅子の背に体重をかけ、両目を閉じる。
長時間続けてパソコン画面を見ていたため、目が乾燥していた。
先の見えない作業を、もう二時間は続けている。
「ねぇ、雅紀。こんなの見つけたんだけど」
「こんなのって、なんだ?」
隣で作中の都市伝説を調べていた土田小豆が雅紀に画面を見せた。
都市伝説についてまとめた、無数にあるWebサイトの一つ。
モノクロのイメージ写真と明朝体のフォントで構成された簡素なサイトだが、扱っている都市伝説は豊富で、大企業の裏話から陰謀論まで、バラエティにも富んでいる。
小豆が見つけたのは『ジェイソン村』と称される廃村にまつわる都市伝説だった。
アメリカから渡ってきた殺人鬼によって村人が全滅させられ、廃村になったというB級映画の筋書きのような都市伝説だ。
ただ、興味深いのは類似の都市伝説が全国のあちこちにあるということだった。
特に新潟のものは凝っていて、国産の名作ホラーアドヴェンチャーゲームとして知られる『澪』と『警笛』を融合したような話になっている。
「これは……確かに小説に似てるけど、地図から消えた理由が違ってるんだよな」
画面をスクロールさせていた雅紀は、画面の隅にあった別の単語に目を留めた。
「……杉沢村?」
それは、ファンの間では有名な都市伝説だ。話の概要としてはいわゆる『ジェイソン村』とそう変わらないことから、恐らくはその雛形となった話なのだろう。
だが、記事に書かれていたのは都市伝説そのものではなかった。
「杉沢村伝説の真相、ですって?」
「どうも、昔テレビで取り上げてたみたいだな」
記事によると、『杉沢村』は十年以上前に一度、テレビの怪奇特集で取り上げられたようだ。その際にモデルとされた場所が実在するかどうか徹底的に調査がなされ、東北地方にある杉、という小さな集落がその有力候補とされたらしい。
自治体としては周囲の他の集落と村を形成しており、通常の地図には載っていないこと、集落の近くの沢が地元民から杉を通る沢、転じて杉沢と呼ばれていることなどが根拠とされているようだ。
記事を斜め読みした雅紀の脳裏に、かつて忌まわしい体験をした杉集落がよぎる。
「小豆、これだ!」
「でも、東北なんて……」
「いや、東北じゃない。煌鷹が言ってたのは、東北じゃなくて、大間賀の奥……霧雨の杉集落だ」
小豆の顔が驚愕に変化する。
雅紀の両親の出身地である杉集落は黒尾根村の一部になっていて、通常の地図には杉の名では載らない。
それに、向きこそ違えど、杉集落の入り口には、杉沢村と同じく古い鳥居と髑髏型の岩がある。
「なるほど……。でも、そんなところで一体何をする気なのかしら? 都市伝説みたいな大事件は起きてないはずだけど」
「分からない。でも、小豆を呼び出そうとするからには相応の企みがあるはずだ」
雅紀はなかば確信していた。
煌鷹は、「昭和オカルトの復活」なる謎の目的のために、巫女と審神者……つまり、小豆と雅紀を必要としている。
だが、その目的を阻止しうるのも、同じく雅紀たちだけなのだ。
雅紀は杉集落周辺まで地図を動かすと、小説に出てくる村と建物の配置を見比べてみた。
細部は異なるが、神社周辺の地理はほぼ一致していた。
「間違いない。ここが、煌鷹の言ってた『地図から消えた村』だ」
「ある意味では始まりの地、とも言えるわね。あいつらしい、悪趣味な選択だわ」
小豆が苦々しく舌打ちする。
「そうと分かれば、すぐ叔父さんに連絡して、出発しましょ」




