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霧雨市怪奇譚 霧雨の巫女  作者: 野崎昭彦
第六章 くねくね
57/65

其の八

   †8†

 煌鷹こうようは黙って車を走らせていた。

 霧雨(きりさめ)市内を抜けたSUVは次第に山の中へと入っていく。


「ねぇ、御館様(おやかたさま)?」


 助手席に座っていた智明ちあきが口を開いた。


「今回の騒ぎって、一体なにがしたかったの?」


 その質問に、煌鷹はしばし考えてから、頷いた。


「まあ、大したことではないよ。ただ、妹の成長具合を確かめてみたかっただけさ」


 こともなげに言いながらギアを落とす。

 傾斜のきつい坂にさしかかったSUVはうなり声を上げ、速度を大きく落とすが、止まることはなく、ぐいぐいと坂を登っていく。


「それにしてはえげつないことするよね。(はら)うの失敗したら、小豆(あずき)ちゃんまで当てられてたかもしれないのに」

「そうなったら、小豆もその程度だった、ってことさ。振り出しに戻るのは痛いけど、また別の巫女を捜すまでだよ」


 平然と言い放つ顔には、いかなる感情も読みとれない。


辛辣(しんらつ)だね。……ま、あたしじゃ巫女になれないのは分かってるけどさ」


 と、智明の方もあっけらかんと言い放つ。


「そうだね。それに、キミが依代(よりしろ)になってしまったその、困る」

「ほほう、どんな風に?」

「そうだな……唯一の理解者を(うしな)ってしまうかもしれない。それは、僕のようなひねくれた作家にはとても怖ろしいことだ」


 そうは言うものの、そのせりふは平板で、感情の起伏のようなものはない。

 どこか、事前に用意したせりふを口にしているような棒読み具合だが、智明はそれを追求するでもなく、鞄から取り出したチョコスティックを開封して、煌鷹に差し出す。


「ああ、ありがとう」


 煌鷹は左手で一本引き抜き、口にくわえた。


「大丈夫だよ、御館様。あたしはどこにもいかない。ずっと、傍にいるから。ずっと、ずっとね……」


 智明はどこか含みのある様子でそう、呟いた。

 それきり、車内には沈黙が満ちる。

 登坂(とうはん)能力を十全(じゅうぜん)に発揮すべくうなり続けるエンジンの音だけが響いている。

 そのまま、二十分ほど経ったろうか。

 登り坂と急カーブの続く道はやがて、細い一本道になる。


縄筋(なわすじ)、という。……まあ、キミはよく知ってるだろうけどね」

「まあね。で、その縄筋の先にあるんだね。目的の集落」


 智明の問いに、煌鷹は答えない。


杉沢村(すぎさわむら)かぁ。どんな村なの?」

「……普通の村だよ。田畑があって、神社があって。いわゆる限界集落でね、町村合併で地図から削除されたんだ」

「なんか、普通の理由」

「だが、それが真相さ」


 煌鷹は車を減速させた。

 道の脇に古い木製の鳥居が立っていた。その奥には石段が伸びている。


「ここに来るのも半年ぶり、か」


 懐かしむように、煌鷹が呟いた。


「一本道の先に古い鳥居とどくろ型の岩。たまたまとはいえ、この集落が都市伝説と酷似(こくじ)していて助かったよ」

「悪いひとだね」

「ああ、そうだね。だが、例え悪だと言われようとも、僕は大望(たいもう)を諦めるつもりはないよ」


 煌鷹は車を降りると、周囲を見渡した。

 すでに時刻は夜七時をまわり、暗闇に包まれた中から虫の鳴き声や葉擦(はず)れの音がする。


「自然に包まれた、いい集落じゃないか」


 どこか人事という風に言い、ゆっくりと目を閉じる。


「そうだね。まったく、もったいない」


 続いて智明も車を降り、煌鷹にしなだれかかる。

 煌鷹もまんざらでもないというようにその肩を抱きかかえた。


「妖怪の復活なんて、最初は夢物語だと思ったけどさ。でも、もう目前なんだね」

「ああ。神を降ろしてセカイをひっくり返す。表裏を返し、妖怪が科学を駆逐する。この国の人々が失った、見えざる領域への畏怖(いふ)を取り戻す。ここはその爆心地になるんだ」


 夢を語る少年のような、やや上気した口調で、煌鷹は語る。


「そして、その時ようやく、僕はこの血筋にかかった呪いから逃れることができる」

「降ろした神を土地の神にぶつけて弱体化させる、なんてそうそう思いつかないよね」

「そうでもしなければ、土田の家は永劫(えいごう)にあの悪神を祭り続けることになる。僕はそれが我慢ならなかったんだ」


 煌鷹は自嘲(じちょう)気味に笑うと、智明の身体を抱き寄せた。


「行こう。地図から消えた村……杉沢村へ」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 朝比奈さんが窓を叩いてたところ、ちょっと怖かったんですけど、雅紀は彼女とあまり知り合いと呼べないから普通に無視できるな……って思ったらちょっと心で戦ってたんですね(笑) 最後のお兄さん、ラ…
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