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霧雨市怪奇譚 霧雨の巫女  作者: 野崎昭彦
第六章 くねくね
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其の七

   †7†

 儀式の後片付けを終え、二人は美術室を出た。

 施錠せじょうを済ませ、昇降口まで降りてくると、校舎の影から二つの人影が出てきた。

 一人は大徳だいとくの制服を着た女子生徒だ。亜麻あま色の髪をゆるくカールさせた、モデル体型の美人。確か、松永智明まつながちあき、という名前だった。

 もう一人はトレンチコートにソフト帽という出で立ちの青年で、特撮ドラマの主人公のような整った容貌ようぼうをしている。


「……なんの御用?」


 小豆あずきが身構えたのを見て、雅紀まさきも慌てて前に出た。


「ご挨拶だね、小豆」


 口を開いたのは青年の方だった。


「君の手並みは拝見させてもらった。実に見事だ」

御託ごたくはいいわ。用件を言って」


 小豆の態度から、目の前の二人との関係が良好でないことはわかる。

 だが、雅紀にはいまいちピンと来ない。

 青年は困ったような笑みを浮かべると、コートの内ポケットに手を入れた。

 服装が服装だけに拳銃ピストルでも出てくるか、と体を堅くした雅紀だったが、出てきたのは一冊のノベルス本だった。


「取っておくといい。著者サイン入りの初版本だよ?」

「いらないわ。大体、妹と旧交を温めに来たわけじゃないでしょう?」

「まあね。新刊の献本けんぽんでももちろん、ないよ」


 青年は本を智明に渡すと、芝居がかった仕草で両手を軽く広げた。


浅井あさい雅紀くん、だね? お初にお目にかかる。僕は土田光信つちだみつのぶ、小豆の兄だ」


 そう言ってからにやり、と楽しそうに笑う。


「それとも、こう名乗った方が通りがいいかな? 小説家、中端煌鷹なかはしこうよう

「あたしは助手の松永智明。改めてよろしくね」


 智明があっけらかんと笑い、雅紀にさっきの本を手渡してきた。


御館様おやかたさまの新刊、キミは受け取ってくれるよね?」

「え、えっと……」


 智明が寄越してきたのは、『REBELLIOUS』と題された煌鷹の新刊。その帯には『GOTHシリーズ完結作!』のコピーが踊っている。


「小豆、僕はようやく、大望への階梯かいていの、最後の一段にたどり着いた。まさしくキミ達が順調に育ってくれたおかげだ」

「……教えてください。あなたの、望みは一体?」


 雅紀がたずねると、煌鷹は右手で天を、左手で地を指さした。


「なに、そう難しいことじゃないよ。あえて言うなら、妖怪復活、かな」


 何の気負いもてらいも見せず、煌鷹はすんなりと答えた。


「妖怪とはつまり、オカルトだ。井上円了いのうええんりょうがかつて、オカルトの訳語として用いたのが広く知られるきっかけになった」


 つまり、と言葉を継ぐ。


「僕が目指すのは、昭和オカルト文化の復活。そのために、僕は都市伝説を題材にした小説を書き、人々の世界観に少しずつ影響を及ぼしているんだ」

「それが創作の動機でだけあったならどんなに良かったことか」

「運悪く、僕は土田家の人間で、家には資料や題材が存分にあった」

「あたしが修行するかたわらで、好き勝手な物語を書いて」

「新たなるセカイの幕開けを夢見ただけさ」

「迷惑な夢よ。周囲を躊躇ためらい無く巻き込んで」

「そして成就は目前に迫った」


 小豆と煌鷹は示し合わせたように、交互に言葉を並べていく。

 だが、やがて煌鷹は満足したようにうなずいた。


「さて、ここから先が問題だ。小豆、僕はこれから、『地図から消えた村』へ行く。これが最後の仕上げになるはずだ」

「ちょっと待ちなさいよ! 昭和オカルト文化の復活って、どういう意味よ!? どうしてそれが本を書くことや魔術儀式で怪異を起こすことと関係あるわけ!?」

「……さて、どうしてだったかな? まあ、細かいことはいいじゃないか。とにかく、僕は仕上げをしに行くんだ」


 言うだけ言って、煌鷹はきびすを返した。


「んじゃねー。詳しいことはその小説ほんに書いてあるからー」


 楽しげに笑いながら、智明も後に続く。

 二人は駐車場にアイドリング状態で停まっていたSUVに乗り込むと、校門から走り出していった。

 雅紀は、智明から渡された『REBELLIOUS』をぱらぱらとめくってみた。


「果たし状とは、いい度胸ね」

「それで、どうする?」

「あんな挑発されて黙っていられる? 叔父さんが戻り次第、煌鷹の後を追うわよ」

「あ、ああ……」


 雅紀は、煌鷹がわざわざ目的地を教えてくれたことに妙なひっかかりを覚えた。

 迂遠うえんな言い回しではあるが、都市伝説であればいくつか知られているものがあるし、廃村や廃集落なども調べればすぐに見つかるだろう。

 だとすれば、そこに小豆を呼び出すのが目的なのではないか。

 ふとそんな気がして、雅紀は身震いした。

 実の妹すら計画に取り込む、煌鷹という男の非情さに鳥肌が立つ。


「どうしたの、雅紀?」

「いや、なんでもない」


 止めたところで、小豆は一人で行ってしまうだろう。だから、雅紀は止めなかった。その代わり。


「小豆、その『村』へは、僕も着いていく。いいだろ?」


 小豆はしばし考えてから、うなずいた。


「そうね。審神者さにわがいる方がきっと、好都合だわ」

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