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霧雨市怪奇譚 霧雨の巫女  作者: 野崎昭彦
第六章 くねくね
54/65

其の五

   †5†

 翌日、雅紀まさき小豆あずき朝倉あさくらの車で魔の交差点へ向かっていた。

 その車中で、雅紀はスマートフォンの画面を小豆に見せた。


「昨日の話、ちょっと調べてみたんだ。やっぱり、有名な都市伝説だったらしい」

「えーと、くねくね?」

「ああ。ネット上で数年前に流行った都市伝説みたいだ。でも、煌鷹が『SHADOW』を書く時、参考にしていたのは間違いない」


 雅紀が見つけてきたのは、様々な都市伝説を実話怪談調の語り口で紹介しているサイトだった。

 他にも八尺様はっしゃくさまBEK(くろめさま)といった都市伝説がまことしやかに紹介されている。サイトの管理人はよほど都市伝説が好きなのだろう。


「まったく、趣味人が多くて困るわ。だから煌鷹こうようなんて怪物が人知れず育ってしまうのよ」


 小豆は記事を斜め読みしながら毒づいた。


「でも、助かるわ。相手のことを知っているのと知らないのとではどうしても対応が違って来るもの」


 スマートフォンを雅紀に返すと、小豆は両手を軽く組んで眼を閉じた。

 呼吸が次第に深く、規則的になっていく。


「小豆? いったい、どうしたんだ?」


 雅紀は驚いて声をかけたが、小豆からの返事はない。

 と、運転席の朝倉が代わりに答えた。


「放っとけ。そいつは今、瞑想めいそうに入ってる。見えないモンを探るのに時々そうやって精神集中するんだとさ」

「そうなんですか?」

「ああ。もっとも、オレだって見るのは初めてだ」


 朝倉はハザードランプを点滅させながら、車を道の脇に寄せた。


「さて、着いたぞ」


 雅紀はおそるおそる車を降りた。

 こうして見ると割と普通の交差点だ。

 霧雨きりさめ市方面から田圃たんぼの真ん中を裂いて通ってくる一本道がこの交差点を越えてさらにまっすぐ進み、しばらく先で崖になっている。

 周囲の田圃は晩秋ということもあってとっくに水が抜かれ、乾いた地面が露出している。


「ここが……?」

「ああ。魔の交差点なんて呼ばれる、元事故多発地帯だ」


 雅紀はちら、と小豆の方を省みたが、目を開ける気配はない。

 仕方なく、一人で周囲の様子を観察する。

 この手の道の常である轢鬼れききのたぐいは見当たらない。

 ここではなく、向こうに見える崖の方にいるのだろうか。

 だとすれば、一也かずや朝比奈あさひなが見たというくねくねは一体何者なのか。

 雅紀は交差点の周辺をつぶさに観察した。

 そうすると、道路と田圃の境界に置かれた、小さな石碑に目が留まった。

 それ自体はさほど珍しくもない庚申塔こうしんとうだ。だが、雅紀はどういうわけか、この庚申塔がひどく気になった。


「先生、あの、これ……」

「ああ、おそらくはかなめなんだろう。崖の方を夜間でも目立つようにする一方で、こっち側にも庚申塔を置いて青面金剛しょうめんこんごうに死神が悪さできないように見張ってもらう、ってな寸法なんだな」


 一種のゲン担ぎだろうが、と朝倉は吐き捨てた。


「でも、そのおかげでここでの事故件数は激減。まさに青面金剛様々ね」


 そう言いながら、小豆が車を降りてきた。


「……ここね」


 その手には金剛鈴(こんごうれい)が握られている。


「なにか分かったのか?」

「ええ。どうもここは意図があって選んだわけでもないみたいね」


 遠慮なく庚申塔近くの田圃に踏み込むと、しゃがみ込んで何かを探し始めた。

 雅紀も急いで小豆の隣へ行くと、小豆は顔を上げずに雅紀の腕を引っ張った。


「ちょっと雅紀、白い玉を探して」

「白い玉?」

「おそらくは石。大きさはてのひらくらいよ」

「わ、わかった」


 雅紀も小豆の隣にしゃがみ、周囲を探し始める。

 幸い、石そのものは割とすぐに見つかった。

 ツヤが出るまで磨き上げられた白い丸石に、墨で黒々と魔法陣が描かれている。

 以前、黒目様くろめさまの一件で見たのと同じような魔法陣だ。

 雅紀は石に手を延ばしたが、指先が石に触れた途端、急激な寒気が走って、思わず手を離してしまった。


「どうしたの、雅紀?」

「あ、ああ。たぶん小豆が探してる石だと思うけど、見つけた」


 小豆はその白い石をまじまじと眺めると、うん、とうなづいた。


「これが白いくねくねの本体よ。わかりやすい呼び方をするなら、使い魔みたいなものね」

「使い魔?」

「ええ。さ、車に戻るわよ」


 小豆はその石をなにやら書いた半紙はんしで包むと、車に向かって歩き出した。

 白い石に黒々と描かれた魔法陣はなんとなく禍々しいものを感じさせる。

 それだけではない。軽く触れただけでも寒気を感じるほどのものなのだ。それを、小豆はいとも簡単に持っている。

 それが、雅紀には少し気にかかった。


「小豆、その石って、そんなに簡単に持ち歩けるものなのか?」

「そんなワケないでしょ。一応この半紙には簡易的な防御呪法を施してるけど、これだって二時間もてばおんよ」

「そんなに……?」

「力を貸したモノの強さが違うのよ。煌鷹の方は曲がりなりにも魔神デーモンと呼ばれる存在。一方あたしの方はただの土地神だもの。どちらがより強いかなんて一目瞭然じゃない」


 一目瞭然と言われても、雅紀にはそのあたりの違いはまだ、よく分からない。

 この前、雅紀の前に現れたあの存在もかなり強力だったと思うが、小豆は間違いなく、向こうの方が上だと信じているようだ。


「おう、実地検分は済んだか?」


 車で待っていた朝倉が煙草をふかしながらたずねた。


「ええ。危険な呪物まじものが見つかったわ。それこそ、宇宙的恐怖に匹敵するような、ね」


 小豆が冗談とも真顔ともいえない口調で答える。

 宇宙的恐怖とは、一世紀ほど前のアメリカで創始されたSFホラー小説群で取り扱われる題材だ。

「この地球は外宇宙からの来訪者や超古代種族の覇権争いの場であり、無力な地球人類はその狭間はざまでたまたま彼らのしもべ、あるいは研究対象として利用価値を認められ、生かされているにすぎない」とする世界観が人気を呼び、現在に至るもなお、新たな作品が生み出され続けている。


「宇宙的恐怖たぁ、でかく出たな。それで、勝ち目はあんのか?」

「ま、ないこともないわね。この呪物が力の媒体になってるんだから、媒体として機能できないようにしてやればいいのよ」

「つまり、くねくね自体には何もできないのか?」


 雅紀がたずねると、小豆はうなづいた。


「できないわね。あなたに来訪神や超古代神を直視することができて?」

「なるほど……そんなにスケールが違うのか」


 宇宙的恐怖の世界観では、来訪者や超古代種族の支配者――神をその目で直視した人間はあまりのおぞましさに一瞬にして精神を破壊されてしまうという……。


「そういうわけだから、呪物として機能しないよう、この石をリセットしてやるしかないわけよ。ここからが正念場ね」

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