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霧雨市怪奇譚 霧雨の巫女  作者: 野崎昭彦
第六章 くねくね
53/65

其の四

   †4†

 柔道部のマイクロバスが校門に滑り込んでくるのを、雅紀まさきは緊張しながら出迎えた。

 隣では小豆あずきが厳しい顔でマイクロバスを見つめている。

 秋の日は釣瓶つるべ落とし――彼刻がれどきはあまりにも短く、街の大部分が夜の闇におかされている。そんな中で、わずかな外灯や、校舎の窓からこぼれる光がかろうじて人間の領域を形作っている。

 やがて、玄関前に停まったマイクロバスのドアが開くと、おびえたような顔の部員たちが降りてきた。

 それから、一也かずや青地あおちがくねくねと奇妙な踊りを踊る朝比奈あさひなうながすようにして降りてくる。


さわりね」


 小豆がぽつり、と呟いた。


「分かるのか?」

「ええ。何かにかれてるわけじゃない。ちょっと、良くないモノに当てられただけよ」


 雅紀がきくと、小豆はあっさり答えた。

 朝比奈のことは雅紀も知っていた。

 夏休み前の壮行会で見せた、ハキハキした話し方や愛らしい笑顔が話題になり、二学期になっても学級新聞で活躍が大きく報道されていた。

 だが、今の朝比奈は焦点の定まらない目をして、作り笑いを浮かべたままくねくねと踊っている。壮行会で見せたような、度胸や愛嬌あいきょうはどこにも残っていない。


「キミは、確か朝倉あさくら先生の……」

「青地先生、あとはうまくやりますので。雅紀、磯野いそのくん、美術室まで運んでちょうだい」


 青地はさすがに、すぐに小豆に気付いたようだったが、何か言いかけた言葉をさえぎって、小豆はさっさと歩き出した。

 雅紀たちも朝比奈を連れてその後を追う。

 といっても、素直に従ってくれるわけではないし、絶えず踊り続けているので誘導は困難を極めた。

 女子柔道部の新エースと目される彼女の体は、上背うわぜいがあるだけでなく、しっかりと筋肉が付いている。貧弱な美術部員である雅紀には誘導するのが精一杯で、一也でさえ時には振り払われそうになった。

 美術室にはすでに正式な祭壇が築いてあって、朝倉がやきもきした表情で待っていた。


「ごめんなさい、叔父さん」

「気にするな。理事長を待ってたんじゃいつになるかわからんし、お前の実力なら間違いもないだろ」

「だといいけど、どうかしらね」


 小豆は素っ気なく返すと、祭壇の前に座った。


「さて、と。雅紀、朝比奈さんをあたしの後ろに座らせて」


 雅紀たちが朝比奈を座らせると、小豆は祭文さいもんを唱え始めた。

 それだけだというのに、朝比奈の動きがぴたりとおさまる。


「かけまくもかしこ高天原たかまがはらにおわします伊左那岐大神いざなぎのおおかみ筑紫ちくし日向ひむかたちばな小戸おどのあわぎはら御禊みそぎはらたまいしときせる祓戸はらえど大神おおかみたち、諸々《もろもろ》の禍事まがごとつみけがれらむをば、はらたまきよたまえとまおことこしせとかしこかしこみもまおす……」


 はらいの言葉で自らと場を清めると、次は神に呼びかけてこの場に降ろし、こちらの要求を伝える。

 あくまで小豆から聴いたことではあるが、土田家の儀式はそういう手順を踏むらしい。


霧雨きりさめの地に眠れる谷津やつの女神に申し上げ候。この地に眠れる土地神なれば、当所とうしょ朝比奈朝あさひなともの、悪しき鬼、神に障られたるを解放し、あるべき形へと還し給え……」


 小豆の祭文はあまり形に囚われない、平易へいいでわかりやすいものだ。それに、同じ構文を何度も繰り返し、言い聞かせるようにするところもある。

 そうこうする内、風もないのに祭壇の灯明とうみょうが揺れ始めた。


「ま、雅紀……?」


 一也が動揺どうようしたような声を出す。

 祭壇の向こうに、長い影が起きあがっていた。

 灯明の光を遮るようなモノはない。

 なのに、壁には黒々とした影が投げかけられている。


「大丈夫だ……たぶん……」


 雅紀は言い聞かせるように言う。

 気のせいか、蛇が舌を震わせるような音も聞こえてくる。


「ちっ、なんだか嫌なもんが見えてきやがった」


 朝倉が煙草の箱を取り出して、手を止めた。


「校内は禁煙だっけな」


 小豆の声が、邪神の降臨を乞う魔女のような、不気味な響きを帯び始めた。

 それに合わせるように、壁の影もゆらゆらと蠢く。

 やがて、「律令の如くく急く為されませ」の文句で祭文を締めると、小豆は立ち上がり、祭壇に上がった幣束へいそくの内一本を手に取った。

 そして、朝比奈の前に立つと彼女の頭上で幣束を大きく左、右、左と振る。

 とたん、朝比奈が脱力し、その場に崩れ落ちた。


「……一応、済んだわ」


 小豆は幣束を祭壇に戻すと、倒れている朝比奈を抱き起こそうとした。

 だが、一也が手を出して代わりに引き受ける。


「朝比奈は大丈夫なのか……?」

「ええ。一応は祓ったわ。でも、大本おおもとを退治しないと、また何度でも障られるわね」


 小豆の言葉を受けて、一也はこく、とうなづいた。


「だったら、あそこだ。流鏑馬やぶさめにある、魔の交差点」

「魔の交差点って、昔よく事故が起こったとこ……だったよな?」

「ああ。遠征の帰り、あそこで白いくねくねした奴を見たんだ。朝比奈がおかしくなったのはそれからだ」


 一也は交差点での一件を話した。


「白いくねくねした奴? 煌鷹こうようのデビュー作、『SHADOW』に出てきたけど、まさか今回も……?」

「可能性はあるわね。でも、直接現地に行ってみないことには、はっきりしたことは分からないわ」


 小豆はこめかみに手を当てながら答えた。


「おい、雅紀。今回もって、どういうことだ?」

「あー、いや、別に。こっちの話だ」


 納得できないという一也をよそに、雅紀たちは実地調査の算段を考え始めた。


「魔の交差点なら、ここから車で四十分ってとこね。叔父さん、お願いできる?」

「あぁ、ったく仕方ねぇな。明日な、明日。今から現地に行っても暗くて何も見えないだろ」

「そうね。ひとまず、今日のところはこれで解散にしましょ」


 小豆が祭壇の灯明を吹き消すと、辺りは真っ暗になった。

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