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霧雨市怪奇譚 霧雨の巫女  作者: 野崎昭彦
第六章 くねくね
52/65

其の三

   †3†

 二学期も中盤にさしかかり、もう相当に日も短くなってきた十月の半ば。

 磯野一也いそのかずやは学校所有のマイクロバスに揺られて、部活の遠征に行った。

 その帰り、試合でくたくたになった部員たちはマイクロバスの座席で、思い思いに時間を過ごしていた。

 といっても、ほとんどの部員は眠っているか、スマートフォンをのぞいているかだ。

 大徳だいとくの柔道部は男女合わせて十三人ほどで、マネージャはいない。

 疲労から来る弛緩しかんした空気の中、一也は大きな欠伸あくびをして、学校まで一眠りしようと眼を閉じた。

 だが、どこかから金属のり合うような高音が聞こえてきて、頭が眠る方向に行ってくれない。

 仕方なく目を開け、音の発生源を探そうと周囲を見回すと、部員たちの一部が窓の外を指さしていた。


「なんかあったのか?」


 一也は通路を挟んだ隣席に座る、女子部員の朝比奈あさひなにたずねた。


「あーうん……。なんかね、白いのがいるんだけど」

「白いの?」

「うん。ちょっとよくわかんないんだけど、見てみる?」


 朝比奈は体を動かして一也が自分側の窓をのぞけるようにした。

 マイクロバスはちょうど信号待ちで停まっていて、窓の外には少し離れた山のふもとまで田圃たんぼが続いている。その田圃の真ん中あたりに、白い人のようなものがくねくねと動いていた。


「かかし、じゃねぇの?」

「いやいやいや、かかしはあんなダイナミックにダンスしないし」


 言われてみれば、両手を激しく振り乱して踊っているようにも見えるが、人のように骨や間接のある動きではなさそうだ。

 相変わらずの高音に顔をしかめながら考えた一也は、一つの答えに行き着く。


「コンプレッサーで吹き流しに風当ててるとか?」

「鳥除けみたいな? 確かに、動いてれば人間と勘違いするかもね」


 朝比奈はくすくすと笑った。


「磯野って面白いこと考えるんだね」

「あっ、いや……別に」


 一也は思わず赤面する。

 朝比奈は猫科の動物を連想させる鋭さと愛嬌あいきょうあわせ持った美人で、ファンを公言する男子生徒も多い。そんな「大徳のキング・タイガー」にほめられたことが単純にうれしかったのだ。


「そ、それよりこの音。なんなんだろうな」

「うん、うちもちょっと気になってた」


 朝比奈はそう言うと、周囲を見回した。


「でも、この中に音がしそうなものはないよね」

「そうだよな……。でも、車が故障とかしてるわけでもないし」

「故障してたらうちら乗せらんないもんねぇ」


 二人はうーん、とうなった。

 音が気になって、考えがまとめられない。


「ひょっとしてあれのせいだったりして?」


 ふ、と朝比奈が外の田圃に目を向けた。

 ちょうどその時、信号が変わってマイクロバスが動き出した。

 右折したマイクロバスは白いもののいる田圃のすぐ脇を通過する。

 高音がピークを迎えたのは、その時だった。

 白いものから離れるに連れて、高音も徐々に遠ざかっていく。


「……音、収まったな。まじであれだったのか」


 一也はほっと息を吐いた。


「虫除けに高音を出すって話は聞いたことあるけど、こんなに大きい音って、逆に効果あるんかな?」


 ふざけた調子で朝比奈に話しかけるが、彼女は答えない。


「な、おい。どうした、朝比奈?」


一也が肩に手を伸ばすと、朝比奈は小さな声でぽつり、と呟いた。


「なんだ、そっか」

「そっか、ってなんだよ? どうしたんだ?」

「うん……うち、分かっちゃった」

「分かったって、あの音のことか?」


 一也がきくと、朝比奈は首を振った。


「違うよ。ああ、でも違わないのか」


 要領を得ない返答に、一也は少し薄寒いものを感じる。

 確か、そんな都市伝説がなかったか?


「うち、あれがなんなのか、分かったよ……」


 朝比奈がゆっくりと振り向いた。


「あれはね……なんだよ」


 焦点の合わない、うつろな眼をしていた。


「えっ、な、なんて……?」


 ぎこちない、貼り付けたような笑みを浮かべて。


「だから……なんだってば」


 妙に落ち着いた声で言う。

 だが、肝心な部分だけはどうしても聞き取れない。


「なあ、さっきから何言ってんだよ、朝比奈」

「あは、はは、は……」


 妙に作り物めいた笑顔のまま、朝比奈はゆらゆらと体を動かし始めた。

 一也は困って周囲を見回すが、誰も朝比奈の様子がおかしいのに気付いた様子はなかった。


「先生、朝比奈の様子が変です」

「ああ、分かってる。けど、どうすんだよ? きっと医者じゃ治せないぞ」


 一也が運転している顧問の青地あおちに呼びかけると青地は焦った様子で返事した。


「理事長に頼んでみる。きっと理事長ならなんとかしてくれる……」


 青地はハンドルを握りながら言った。

 一也も大徳の理事長が僧侶だとは聞いたことがある。だが、それでどうにかなるのかは分からない。


「……なんもできないのかよ」


 一也はただ見ていることしかできないのが悔しかった。

 マイクロバスが帰路を急ぐ間にも、朝比奈は体をくねくねと揺らし続けている。

 その異様な様子に気付いたか、部員たちの間に戸惑いが広がっていく。


「朝比奈……しっかりしてくれよ」


 一也は祈るような気持ちで朝比奈の手を握った。

 学校まではまだ、三十分ほどかかる。

 その間、一也はずっと、朝比奈の手を離さなかった。

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