其の一
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松永智明は一人、流鏑馬町の田園地帯に立っていた。
通称を大田圃というこの一帯にはやがて近くの小学校が移転してくることになっているらしいが、今はまだ、そんな様子は見られない。
智明がいるのは、秋の刈り入れの後、翌年に向けて休ませている田圃の中を走る市道だった。
国道と平行するように走るその市道は、山裾に沿ってカーブする別の市道から枝分かれし、ほぼまっすぐに田圃の中を突っ切っている。
そして智明の立っているあたりから少し進んだ辺りの交差点で別の市道と交差、さらに直進すると高さ五メートルほどの崖に突き当たって、南北に分かれる。
その距離、おおよそ一キロ。
かつては減速が間に合わず、自動車が突き当たりの崖に激突する事故が後を絶たない魔所だった。
今では様々な対策や暴走族の壊滅により事故が起こることはほとんどないが、その記憶は地域の人々には未だに生々しく残っているだろう。
そんな市道を一台のスーパーカーが爆音とともに颯爽と走り抜けていく。巻き起こされた風が智明の亜麻色の髪をわずかになびかせる。
低く、腹に来る爆音を残して去っていくスーパーカーを見送りながら、智明は得心したようにうなずいた。
スーパーカーはその崖の手前までで減速に成功し、南側……国道の方へ曲がっていった。
「こんな道だから、妙なものも現れるんだ。まあ、これから出現させるんだけどさ」
智明はそう言うと、左手に提げていたバッグから掌に収まる程度の小さな白い石を取り出した。
その石を手近な田圃に投げ込み、楽しそうに口元をゆがませる。
「……さあて、一体何が起こるのやら」
智明の見ている前で、石が落ちた辺りから白い煙のようなものが立ち上ってきた。
やがてそれは人の形になり、くねくねと奇妙な動きを始めた。
その動きはだんだんと早くなっていき、ある瞬間を境に、目では追いきれないほどの高速になる。
残像のために無数の腕が蠢いているようにも見えるそれの動きだが、下から風を当てて高速で動かしているようにも見える。
その動きを見ていると、段々頭がぼうっとなってくる。
頭の中が白く、白く、澄んでいく。
心地よい虚無感が心の中を満たしていく。
踊りたいくらい、体が軽い。
『囚われてはいけないよ』
唐突に、頭の中で誰かの声が響いて、智明は我に返った。
「すっごく元気。これなら大丈夫そう」
智明はまた引き込まれる前にこの場を離れることにした。
小学校方面に向かって歩き出した時、下校中の兄弟とおぼしき二人組の小学生とすれ違った。
「あっ、あれ、なに?」
「なんだよあれって……あれ? 確かに……」
白いモノの踊りに魅了されたのか、その場に立ち止まる二人に対して、智明は振り向きもせず、小声で呟いた。
「分からない方がいいよ」




