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霧雨市怪奇譚 霧雨の巫女  作者: 野崎昭彦
第五章 ヒサルキ
44/65

其の五

   †5†

 目の前で見覚えのある少女がおびえている。

 まことは奇妙に赤くゆがんだ視界の中で、その少女に手を伸ばそうとした。

 だが、視界に入ってきたその手は奇妙に白く、骨と皮ばかりにやせ細っていて、誠自身でさえ嫌悪けんおを覚えるものだった。


「大丈夫、怖くない」


 そう言ったつもりでも、口から出たのは奇妙な金切り声だった。

 それに、目の前の少女を見ていると胸の奥から殺意のようなものがわき上がってくる。

 このままでいたら、少女に危害を加えてしまいそうな、そんな気がして、誠は少女に背を向けて駆け出した。

 両手両足を器用に使い、獣のように走って、霧に包まれた駅の外へ。

 灯り一つない、やけに古めかしい町並みはすぐに途切れ、田畑の広がる農村、トンネルを抜けて雑木の並ぶ山の中へと到る。

 しばらく走っていくと、木々が開けた場所に出た。そこだけ霧が薄くなっており、空から月明かりが差している。

 広場の中央には古びたやしろがあって、その前に白い、人型の怪物が集まっていた。

 そのいずれも、骨と皮ばかりにやせ細り、ぎょろりと大きな目をいたおぞましい姿をしていたが、今の誠にはなぜかさほど恐ろしいとは思えなかった。


「ようやく集まったかな」


 社の扉が開いて、中から一組の若い男女が出てきた。

 男の方は神官装束(しょうぞく)に身を包み、冷ややかな目で怪物たちを睥睨へいげいしている。表情は穏やかなのだが、目だけが冷え切っている。

 一方女の方は緋袴ひばかまの上に千早ちはや羽織はおった巫女の正装で、花簪はなかんざしも着けている。だが、その顔に浮かべる笑みにはどこか空々《そらぞら》しさを覚えた。


「みんな、よく来てくれたね」


 神官はそう言うと、右手をつい、と上げて怪物の一体を指さした。


「ああ、今日は君がいい。こっちへおいで。他のみんなは帰っていいよ。また明日の晩、ここに来てくれ」


 指名された怪物はふらふらと社の中へ入っていく。

 そして、巫女が再び社の扉を閉じた。

 それが合図であったかのように、怪物たちは一体、また一体とその場を離れ、霧の中へと散っていった。

 誠もその場を離れ、どこという当てもないままに霧の中をさまよう。


 そして、|悪夢のような夜が明けた《アクムノヨウナヨルガアケタ》。


 誠はスマートフォンのアラームで目を覚ました。

 いつも通りの、飾り気のない部屋の飾り気のないベッド。

 カーテンの隙間から朝の日差しが差し込み、すずめの鳴き声が聞こえてくる。

 上体を起こした誠は、さっきまで見ていた夢を思い出そうとしたが、寝起きのぼんやりした頭ではどうしても細部を思い出すことができない。

 ただ、生理的な嫌悪感はないし、口の中で血の味がすることもない。


「これはこれで、寝覚めが悪い……」


 誠はため息をつくと、もそもそと起きあがった。顔を洗って朝食を食べて、としている内に、夢の記憶は急速に薄れ、朧気おぼろげになっていく。

 だが、それでも霧の漂うあの広場の光景は、誠の心にしっかりと刻み込まれていた。

 いつも通りの時間に登校した誠は、雅紀まさきが自分の席で本を読んでいるのを見つけて声をかけた。


「おはよう」

「おはよう、雨森あまもり。昨日、どうだった?」

「あ、ああ。言いにくいんだが、その……」

「また見たのか」


 誠の表情から何かを察したのだろう。雅紀は本を閉じて座り直した。


「どんな夢だった?」

「ああ、詳しいことは覚えてないんだ。ただ、すごく嫌な感じのする夢だったのは覚えてる。なんか、山の中に古い神社みたいのがあってさ、オレ、そこで変な怪物と一緒にいたんだ」

「神社に、怪物ね。他に何か覚えてないか?」

「いや……ごめん」

「謝ることないって。とにかく、小豆あずきに話してみるよ。少し待ってろ」


 雅紀はそう言うと、そそくさと教室を出て行った。

 といっても、女子の教室に行くわけにはいかないから、スマートフォンで連絡するつもりなのだろう。

 誠はいのるような気持ちで雅紀の帰りを待った。


「なあなあ雨森、聞いたか?『天頂てんちょう家の秘祭』に続編の構想があるらしいぞ」


 登校してきた磯野一也いそのかずやが誠を見つけるや上機嫌でスマートフォンの画面を見せた。

 一也が言う『天頂家の秘祭』は昨年に発売された伝奇アドヴェンチャーで、シナリオに中端煌鷹なかはしこうようが関わっていること、『GOTHシリーズ』の世界観をよく再現していることなどが話題になった。

 もちろん、誠も一通りやったが、雰囲気が好きになれず、数種類あるエンディングの一つに到達しただけでやめてしまった。


「どのエンディングから続くんだろうな。気になるよな。な、な」

「ああ、うん。まあ」

「なんだよ、乗り気じゃないな」

「いや、苦手なんだよ、ああいうの」


 誠はそう言うと、自分の席にどっかりと腰を下ろした。


「あれっ、そうだったのか? だって『フライトナイト』には参加したんだろ?」

「あれは彼女が行きたいっていうから……」

「彼女だとっ? 貴様、いつの間にそんなものを作りやがった!?」


 ひたい青筋あおすじを浮かべて詰め寄ってくる一也に、誠はふん、と腕を組んで答えた。


「夏休み前にちょっとな。いやぁ、素直でいいだぜ」

「くそ、うらやましい! オレにも誰かいないのかーっ!!」


 一也が大声を上げると、教室中の視線がこちらに向けられた。


「やめろ、恥ずかしい」

「すましやがって!」


 一也はなおも悔しげに地団駄じたんだを踏んだが、誠は取り合わず、右手で払う仕草をした。

 そこに雅紀が戻ってきて、一也の頭をひっぱたいた。


「階段まで聞こえたぞ、バカ」

「うるせー、どうせ彼女持ちにはわかんねぇよ」

「何度彼女じゃないって言わせるんだ。あ、雨森、昼休みに図書室だってさ」

「昼休み? 放課後じゃなくていいのか?」

「ああ。どうせあそこ、あんまり人いないしな」


 雅紀は自分の席に戻ろうとして、もう一言付け加えた。


「夢の内容、できるだけ思い出しといてくれ、ってさ」

「努力する」

「なになに、なんの話だよ?」

「なんでもない。……ちょっと、悪い夢見るんで、浅井の彼女にてもらってるだけ」

「はぁ!? ますますわけわかんねぇ」

「わからなくていいよ。お前はそのままでいろ」

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