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霧雨市怪奇譚 霧雨の巫女  作者: 野崎昭彦
第五章 ヒサルキ
42/65

其の三

   †3†

 練習の後、みやこ海北千佳かいほうちかと連れ立って商店街の洋菓子店に寄ろうと、夕闇の迫る道を急いでいた。

 車道を行き交う自動車はすでにヘッドライトを点灯させている。

「ねぇ京、あずっちとなんの話だったの?」

 他愛たあいない話の中で、千佳がふとたずねた。

「別に、なんでもないよ。大したことじゃなくて、ね」

「ふーん。あ、ひょっとしてなんかの相談?」

「そうだけど、これ以上は黙秘もくひします」

「ちぇー」

 千佳はオーバーな仕草で残念がったが、それ以上追求する気もないようで、すぐに話題を変えてくれた。

「ところでさ、今度『眠りの吾郎』が新章突入だってね」

「あ、そうなんだ。いよいよ組織が動き出すのかな?」

「毎回、動くって言いながら動かないんだよね。しかも、今んとこ明らかになってるメンバーはみんなどっかから潜入したスパイだし」

「あの組織って実はスパイしかいないんじゃない?」

「まさか!」

 笑いながら歩いていると、ふと視線の先、路地裏に白っぽいものが見えた。

「ねぇ、あれ、なんだろ?」

「どれどれ……?」

 京が見つけたものを指さすと、千佳もすぐに気付いた。

 目を凝らすと、それは裸の人間だった。こちらに背を向け、うずくまっている。

「ひと……だよね?」

「やだ、変態?」

 二人は思わずその場に立ち止まった。

 車道に面して立ち並ぶオフィスビルの窓には明かりがついているが、見える範囲に人の姿はない。

 車道に車通りはあるものの、歩道を歩いているのは自分たちだけという、心細い状況。

「どうしよう……」

「に、逃げよう!」

 幸い、人間はまだこちらに気付いていないようだ。

 二人は物音を立てないようにじりじりと後ずさると、手近な路地に駆け込んだ。

 そのまま大きく遠回りをして駅前に出たが、もう二人とも洋菓子店という気分ではなくなっていた。

「なんだか、嫌なもの見ちゃったね」

「うん……。もう、今日は解散しよっか」

「そうしよう」

 そういう気分だった。

 京はその場で千佳と別れると、コンビニに立ち寄った。

 何か食べて嫌なことを忘れようと思ったのだ。

 お菓子の棚を物色していた時、ふとその向こうの書籍コーナーに目が留まった。

「確かあの人、霧雨きりさめ市出身なんだっけ」

 京はなんとなしに書籍コーナーに近付くと、一冊のノベル本を手に取った。

『GOTHシリーズ・INVITATION』。

 気鋭きえいの若手作家、中端煌鷹(なかはしこうよう)の手による怪奇小説の一冊だ。

「ちょっと怖いけど、読んでみようかな……?」

 京はそのままレジに向かった。

 会計を済ませてコンビニを出ると、電車が来るまではまだ少し時間があった。

 京は電車が来るまで本を読んで待つことにして改札を抜け、ホームに出た。通学に使っているのは霧雨駅から渡来わたらい川に沿って大間賀おおまが方面へ向かう私鉄、渡来軽便(けいびん)鉄道だ。発車まで間があるため、そのホームにはほとんど人影がない。

 自販機で紅茶を買った京は、ベンチに腰掛けるとさっき買った『INVITATION』を開いた。

 双子の兄弟が主人公で、大学同期の女性からの依頼を受けて怪現象の解明に乗り出したらしい。

 旅行先での奇怪な体験。謎の男。血塗ちまみれの犬。感染するという怪奇。

 普段あまり小説を読まない京だが、いつの間にかその異常な世界観に没頭していた。

 しばらくして折り返しの電車がホームに入ってきた時、京はあわてて立ち上がった。

 さながら眠りから目覚めたばかりのような、思考にいくぶんかもやのかかった状態。乗客が降りて無人になった四両編成の三両目に乗り込み、あまり外気の影響を受けない中程の座席につく。三両目が、降りるときにはちょうど改札の目の前になるのだ。

 全席ボックス席になっている車内には、他に乗客の姿はない。

 京は再び本を開くと、続きを読み始めた。

 熱中している自覚はなかったが、読んでいる内に周囲の音が遠くなっていく。京の意識は深く、深く、沈み込んでいった。

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