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霧雨市怪奇譚 霧雨の巫女  作者: 野崎昭彦
第三章 ヤマノケ
22/65

其の三

   †3†


 そして、木曜日の午後。

 大徳だいとく学院の体育館で、大徳バスケット部と大間賀おおまが高バスケット部が顔を合わせた。

 雅紀まさき小豆あずきも、時間を合わせて応援に出てくる。すると、それに気付いたのか、雅紀の従兄いとこ浅井伊織あさいいおりがやってきて、戸惑い気味にきいた。


「雅紀、千佳ちかちゃんは一緒じゃないのか? 確か大徳だったろ?」

「なんか、部活の合宿とか言ってた。テニス部で梅畑うめはたの方に行ってるらしい」

「なんだ、そういうことか。オレはてっきり体調でも崩したのかと思った」


 と、そこに朽木元くつきはじめがやってくる。


「君が大間賀バスケ部期待のホープか」

「え? はい。こいつの従兄の伊織です」

「そうか。まあ、お互い試合を楽しもう」


 元が差し出した右手を、伊織ががっしりと掴む。


「さて、そろそろ時間だな」

「そうですね。行きましょう。雅紀、また後でな」


 二人がそれぞれのチームに戻っていった後、雅紀のスマートフォンが振動した。

 見れば、チャットに千佳からのメッセージが届いていた。


『試合始まった?』

『いま始まるところ』


 雅紀はその場で返信する。


「浅井くん、どうしたの?」

「別に。千佳からチャットが来ただけ」

「あらそう」


 小豆は素っ気なく答えるとウチワを持ってキャットウォークに上がった。


「浅井くん、早くしないと試合、始まるわよ」

「わかってる」


 雅紀もキャットウォークに上がった。

 キャットウォーク上では大きな窓が開け放たれていて、七月の生暖かい風がゆるゆると吹いていた。それでも、下の階よりはだいぶましに感じる。


「まったく、なんであたしまで付き合わされなくちゃいけないのよ」

「いいだろ、たまにはさ。それにどうせ美術部は開店休業なんだから」

「それとこれとは別よ」


 小豆はつまらなそうに言うが、それでもしっかりウチワを持っている。どうやら、一応は付き合ってくれるらしい。


「土田、付き合わせちゃってごめん。千佳のやつ、周りを巻き込むのが好きだからさ」

「まったく、一種の才能よね。あたしには真似できないわ」


 眼下では試合が始まって、両チームの選手が入り乱れている。

 伊織と元は常に試合の中心にいて、ボールを取り合っていた。


「あら、あなたの従兄、ずいぶんと強いのね。ひょっとしてあなたにもバスケの才能が眠っていたりするのかしら?」

「そんなわけないだろ」


 雅紀は即座に否定した。


「自慢じゃないけど、スポーツ系はぜんぜんダメなんだ」

「そうなの、残念ね」


 小豆はくすくすと笑った。

 そんなことを言い合っている内に、試合では伊織を振り切った元が見事なシュートを決める。

 大徳側のベンチで歓声が上がる。


「このまま押し切るんじゃないかしら?」

「まだ、勝負は分からないぞ」

「だといいわね」


 小豆の挑戦的な笑みに、雅紀は思わず身震いした。

 試合はそのまま大徳ペースで進んでいく。

 コートを交代して後半に入った頃、再び雅紀のスマートフォンが震えた。


『やまのけきた』


「……は?」

「どうしたの、浅井くん?」

「いや、これ。どういう意味だ?」

「やまのけきた? 何かの暗号かしら? 並び替えると意味が通るとか」

「うーん、『まきたやけの』とか?」

「やくざ映画じゃないんだから。そもそも『まきた』って誰よ? 並び替えでないなら……そのまま『やまのけ、来た』と読むのが正解なのかしら?」

「そんなバカな」

「そうよね。梅畑なんて、普通に人が住んで、生活しているところに現れるはずがないわ。それも、こんな真っ昼間から」


 小豆はふん、と鼻で笑った。


「でも、前のは時間帯って関係なかったよな?」

「ああ、あれは土地神だったり、憑物つきものだったり、とにかく特殊な例なのよ」

「ほへぇ?」

「ヤマノケは山に潜む魔物の総称よ。当然、そういうやからは明るいうちは身を潜めていて、辺りが薄暗くなってからうごめきだすものなの」

「総称ってことは、映画に出たようなやつとは限らないのか?」

「もちろん、都市伝説でいるようなやつとも限らないわ」


 そんな話をしていると、雅紀のスマートフォンに新しいメッセージが着信した。やはり千佳からで、『たすけて やまのけ きた』と入力されていた。


「こう送ってくるってことは本当にヤマノケなのかしら? タイミングが良すぎていまいち信じられないけど、とりあえず元の都市伝説を調べてみましょうか」


 小豆は自分のスマートフォンを取り出すと、Webブラウザーを立ち上げた。

 そうやって都市伝説のあらましを調べた小豆は難しい顔であごに手を当てた。赤いオーバルフレームの向こうで、つり目がちの目が厳しく細められる。


「……なによ、これ。こんなの、どうすればいいのよ」

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