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霧雨市怪奇譚 霧雨の巫女  作者: 野崎昭彦
第二章 人形神
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其の七

   †7†


 家に帰ると、じゅんはすぐに部屋に駆け込んだ。

 クローゼットを開けると、箱に向かって手を合わせる。


「ありがとうございました、ひいな神さま。ついに、ついに朽木くつき先輩からプレゼントをもらっちゃいました」


 ひとしきり手を合わせて拝んだ後、純は制服から部屋着に着替えてリビングへ降りた。

 冷蔵庫からシュークリームを出してきてソファーに座り、エアコンとテレビのスイッチを入れる。

 テレビではちょうど、今夜放送される恋愛映画のコマーシャルが流れていた。東京大空襲の夜に出会った男女が様々な障壁を越えて結ばれる、戦後を代表する名作映画らしい。


「はうぅぅぅ……でも、どうしよう。もし朽木先輩がその、私のこと好きだったりしたら……」


 そんなコマーシャルをなんとなく観ながら、純は映画の主人公を自分と朽木に置き換えて妄想していた。


 どん!


 出し抜けに、二階から大きな音がした。

 何かを叩きつけたような、重い音だ。

 妄想から引き戻された純はソファーから驚いて立ち上がった。


「なに……今の?」


 ちょうど、リビングの上には純の部屋がある。

 だが、落とすようなものに心当たりはない。

 純は音の正体を確かめようと、リビングを出て階段に足をかけた。


 ぎし。


 天板てんばんきしむ。不気味な音がする。


 ぎしぎし。


 かまわず、純は足を進める。

 ふと、数日前に聞いた謎の足音の事を思い出した。

 とたんに足が止まる。

 あれ以来足音は聞いていなかったが、足音の主は今でも二階に潜んでいて、そして今の音はそいつの仕業なのかもしれない。

 そう思うと、純は足を動かせなくなった。


 ごとん。


 再び、何かを落とすような音。


「はうぅぅぅ……」


 朽木に連絡しようか、と思う。

 バスケット部のグループチャットで助けを求めれば、朽木ではなくとも誰かが来てくれるかもしれない。

 純は右手に握りしめていたスマートフォンを操作し、チャット画面を呼び出した。

 他愛のないやりとりが行われているだけのその画面にSOSを発信しようとしたその瞬間、スマートフォンの画面が暗転した。


『すぐにけせ』


 呆然とする純の目の前で、真っ暗な画面に短い文字列が表示される。


「……え?」


 一瞬、目の前で起きたことが理解できなかった。


『すぐにけせ』


 画面の別の場所に、まったく同じ文字列が表示される。


『すぐにけせ』


 また別の場所に。


『すぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせ……』


 色もフォントもサイズさえもバラバラな大量の文字列で画面が埋め尽くされていく。


「はわっ!? なにコレ?」


 半ばパニックになりながら、純はスマートフォンの画面を何度も叩いた。しかし、指がボタンに触れないのか、なんなのか、画面は変わらない。

 やがて、文字でびっしりと埋め尽くされると、画面は再び暗転した。


「と、止まった……?」


 純はほう、と息を吐いた。

 自分でも気づかぬうち、無意識に息を止めていたらしい。


「どうなるかと思った……」


 玄関で扉が開く音がした。


「あっ、おかーさん? ねぇ……」


 純はてっきり母親が帰ってきたものと思って玄関の方に顔を出したが、そこにいたのは見知らぬ少女だった。

 小学校三、四年生くらいだろう、おかっぱ頭で、白いブラウスに赤いスカートという昭和スタイルの少女が無言のまま廊下に突っ立っていた。


「はわわっ? 君、どこの子?」


 純が問いかけると、少女はにこりと笑い、駆け寄ってきた。


 ばたばたばたばたばたばたばたばたばたばたばた!


 あの足音だ。

 純は、数日前に聞いた足音が目の前の少女のものであると確信した。

 少女はそのまま純の目の前まで走ってくると、いたずらがばれた時のように小さく舌を出し、そのまま消えてしまった。


「えっ……?」


 純は何が起きたのかわからなかったが、あの少女に似たものには心当たりがあった。

 すぐに二階へ駆け上がり、自分の部屋に飛び込む。

 見れば、クローゼットが少しだけ、開いていた。

 純はそっとクローゼットに近づき、中の様子をうかがう。

 隙間から見えるクローゼットの中は真っ暗な闇が満ちていて、何かがいてもわからない。

 もっとよく見ようと顔を近づけた時。


 ぱたん。


 何の前触れもなく、クローゼットが閉まった。

 なんでもないことのように。

 純は慌ててクローゼットを開け放つ。

 しかし、そこに妖しいモノの姿はなく、いつも通りの空間があるだけだった。


「はう……どうして?」


 純はしばらく、その何でもない空間を見つめていたが、やがておそるおそる手を伸ばし、ひいな神の箱を手に取った。

 箱を持ち上げようとして、純ははっとなった。


 箱が、やけに重い。


 どうして、こんなに重いんだろう?

 純は箱を開けようとして……しかし、ついに開けることはできないまま、元の場所に戻した。

 怖かったのだ。恐ろしかったのだ。

 もし、箱を開けて恐ろしいものが現れたら?

 もし、箱を開けて朽木先輩に嫌われたら?

 そのどちらもが恐ろしくて、純は箱を開けることができなかった。

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