6話 死体農場
実際の死体農場とは、野ざらしの人体が朽ち果てていく過程を研究したものです。
この作品のようにホルマリン漬けにされ、挙句の果てに破棄されたような代物とは随分と差異が生じますので、悪しからず。
――死体農場とは、自分でも上手く例えたモノだ。
その実際、アプリロイドという人工生命体を研究していたダンジョンということになる。
恐らく、旧文明に何らかの異変が生じ、人工的に生命を自家発電しようと考えたのではないだろうか?
つまり――『複製品』だ。
「――イツカ!何か分かったのか!?」
「――師匠……」
「――どうしたのだ?その顔は?」
「このダンジョンはどうやら――」
一瞬――ギョロリ。と無数の瞳が蠢いたような、そんな気がした。
僕はまるで心臓を握られたかのような気分に陥った。
だって、死体農場だよ?
その総てがホルマリン漬けにされた――死体かも知れないんだよ?
生きている者など、僕たちを除いて誰もいない。
あるのは、緑の液体に漬けられた死骸の集いのみだった。
僕たちは――まさしく、旧文明の『負の遺産』に触れた瞬間であった。
「――師匠……。落ちついて、聞いてくださいね……?」
「――どうした?」
「あの試験管の中は――」
僕は無数の瞳に見つめられているような、背徳感に襲われた。
込み上げてくる吐き気。
そして、憎悪。
僕は文字通りのその総てをゴクリ。と飲み込んだ。
「――総て人間です」
彼女の顔が一瞬にして青ざめた。
「――ほ、本当なのか……?イツカ……?」
「えぇ……、恐らくは……」
「そ、その、何を言っていいか……」
「……僕たちは盛大な墓荒らしを行ってしまったようです」
彼女は意気消沈したかのように崩れてしまった。
だが、分かるよ?
その気持ちは痛いほど分かる。
まるで、悪夢を見ているような気分だろう?
「――立って下さい、師匠。
僕たちには、この負の遺産を世間に公表する義務があります。
如何に、旧文明が新文明よりも残酷だったのか、世間に思い知らせる必要があります。
のうのうと日々を過ごしている市民たちにはもってこいのニュースではないですか?」
「――ダメだ。イツカ……。それは、できない……」
「どうして……、ですか?」
「これ以上、死者を晒し上げる必要はどこにもない……」
「――で、でも……!」
「いいか?イツカ?このことについては――貴様と私との約束だ」
彼女は小指を僕に差し出した。
「――指切りだ。貴様の故郷の習わしなのであろう?」
僕は彼女と無言で小指を切った。
如何に胸糞が悪くても、彼女の言っていることは絶対だ。
それを、裏切ることはできない。
「――さて、こんな場所に長居は無用です。一刻も早くここから立ち去りましょう。
あぁ、勿論、資料は携えていますよ。って――師匠?」
彼女は――とある試験管の前に立ち尽くしていた。
「イツカ?仮に全員が――『生きている』とは、そう想えないか?」
「生きているとは?」
「そのままの意味だ。
割ってはいないから……、確証は得られんがな……」
「師匠――」
僕は途端に悲しみへと駆られた。
だって、生きていると仮定するならば、それこそ奇跡だ。
そんな夢のような希望が果たして、確率的にあり得るのだろうか?
「旧文明から一体、『何万年』経過していると想っているんですか?
それは、無茶ですよ」
「――分かっている。だが、私は希望を捨てられずにいる。
この箱の中に、一人でも良い、私たちの希望があることを……」
彼女はそう呟くと、試験管を剣の柄で勢いよく殴りつけた。
「――師匠」
「イツカ、すまない。
どうやら、私はまたもや、希望に縋ってしまったようだ」
彼女は花弁でも散らすかのように微笑んでみせた。
僕はそんな闇に咲く朧気な太陽に見惚れていた。
そんな彼女を差し置いて、試験管の中から緑の液体が噴出した。
彼女は「うわぁ!」と叫び、飛び退いた。
――全く仕方がない人だ。
僕はひび割れた試験管に近づくや否や、バタフライナイフでその破片を丁寧に切裂いた。
すると、どうだろうか?
ボトボト。と汚濁した粘液と共に、一人の亡骸が流出した。
燃えるような紅蓮の髪に、透き通るような月白の肌。
顔立ちはステージに立つアイドルのように可愛らしい。
「これが、アプリロイド」
「……あぁ、そうみたいだな」
彼女は亡骸に近づくと、謎の靄で覆われた胸に額を当てた。
彼女は心底嬉しそうに笑みを零すと、僕は見つめ返した。
「イツカ?……動いているやも知れぬ」
「――ほえ?」
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